タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 9

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った桃子の務め先の歯科医院での税務調査。トイレ電話にて、沖山税理士から税務調査の対応の手ほどきを受けた多田税理士は応接室に戻ってきた。)

 

「いやあ。随分お待たせして申し訳ありませんでした。急にお腹の具合がおかしくなってしまって。やはり、税務調査なんで緊張したんでしょうねえ。ハツハツハツ。」と、上機嫌の多田税理士。

 

「あら、多田先生大丈夫ですか。腹痛のお薬でも用意しましょうか。」と、心配する礼子。

 

「いやいや。大丈夫ですよ、奥さん。もう、すっかりおさまりましたから。それより、田代さんもお忙しいでしょうから、調査再開といきましょうか。ね、田代さん。」

 

「あっはい。よろしくお願いします。」と、急にニコニコする多田税理士に戸惑う田代上席調査官であった。

 

「では、まず個人の場合の青色申告の要件のことですが、確かに、所得税法でも法人税法と同様な帳簿類を作成する義務にはなっています。そして、ご指摘の仕訳日記帳も記録と保存の義務があります。しかし、所得税法の場合には簡易な記録方法が認められています。え〜と、所得税法施行規則の56条に、財務大臣の定める簡易な記録の方法及び記載事項によることができると規定されています。」と、歯切れの良い多田税理士。

 

「あっ、多田先生。うちは、簡易帳簿で記帳してますから、その青色申告の帳簿作成の要件は満足しているんですよね。そうですよね。あ〜ほっとした。」と、胸をなでおろす礼子。

 

「そうですよ、奥さん。今まで何年も青色申告をしてきた訳ですし、青色事業専従者給与の支給だって問題にならなかった訳ですから。私もその、簡易帳簿でも青色申告の要件を満たしているとは思ってたんですが、条文番号がはっきりと思い出さなかったから即答できなかったんですよ。第一、いきなり仕訳日記帳を作成していないと青色申告取り消しだ、なんて言われるとびっくりしちゃって頭が混乱しちゃいますよ。いい加減なことを言わないでほしいですよねえ。税務署員の言うことだから本当のことだと思ってしまうじゃあないですかねえ。」と、興奮気味の多田税理士。

 

「えっ。簡易帳簿でいいんですか、所得税は。てっきり法人税法と同じだろうと思いましてね。それで、多田先生にお聞きしただけじゃあないですか。あっそうですか。施行規則56条ですね。署に帰って確認してみます。いや〜、勉強になりました。ハハハ。」

 

「ハハハ、じゃないですよ。青色申告が取り消しになったら、過去何年分もの青色事業専従者給与がパアになるんですよ。そんな何百万円も必要経費が認められなくなったら大変なことになるって思って慌ててしまったんですよ。田代さん、いい加減なことを言わないで下さいよ。」と、田代上席調査官をたしなめる多田税理士であった。

 

「まあ、いいじゃないですか。何事も勉強ですよ。ね、先生。で、あの青色事業専従者給与についてなんですけどね。条文に給与の支払を受けた場合と規定してた件ですけど。」と、何食わぬ顔の田代上席調査官。

 

「ちょっと待って下さいよ。こっちは、もう少し言いたいことがあるんですよ。仕訳日記帳ですけどね。現在は、ほとんどパソコンの経理ソフトを使っているので、総勘定元帳も決算書もなんなく作成できますよね。昔は、手書きでまず仕訳日記帳を書いて、それを総勘定元帳に転記してたから、それが正しく転記されたかどうかを点検する為には、仕訳日記帳と総勘定元帳と照合する必要があったんで、仕訳日記帳も青色申告の帳簿類の作成保存の義務があったと思うんですね。でも、今のパソコン経理ソフトだと、仕訳日記帳の内容も総勘定元帳の内容もまったく同じじゃないですか。ね、そうでしょう。」

 

「まあ、そうですね。」と、頷く田代上席調査官。

 

「そうでしょう。ですから、パソコン経理ソフトで総勘定元帳を作成している場合でも仕訳日記帳を作成していないと青色申告取り消しだなんて言い方をするとしたら、それはちょっとひどいんじゃないかと思うんですよ。こちらは、簡易帳簿ですから関係ないんですけどね。どう思われますか。」と、ドキドキさせられたウップンを晴らしたい鬱憤を晴らしたい多田税理士。

 

「し、しかし。仕訳日記帳に関しても青色申告の要件ですので、しっかり作成しておいていただかないと、いけません。条文にはっきり規定されていますからね。しっかり整備されていなと、署としては、青色申告取り消しの可能性がありますよ、としか言いようがありませんね。」と、譲らない田代上席調査官。

 

「そんな。総勘定元帳があれば調査できるじゃないですか。そんな、いきなり青色申告取り消しだなんて言われたら誰だってびっくりするじゃないですか。精神的に動揺させるのが目的なんじゃないですか。それで、交換条件で修正申告を迫るんでしょう。」

 

「なっ、なんてことを言うんですか。こっ交換条件だなんて。私は、条文に規定してあるようにして下さいと言っているだけなんです。それに、こちらの調査と関係ないことについては別の場所でお願いします。それより、青色事業専従者給与の支払の件ですけど、先生のご意見を伺わせて頂けませんか。」と、話を切り替える田代上席調査官。

 

 現在のように、パソコン経理ソフトが安価な時代では、手書きでの記帳の方がむしろ珍しい。しかし、20年程前は手書きでの記帳も珍しくはなかった。なので、正確な記帳がなされているのか検証するためには、仕訳日記帳は必須であった。しかし、パソコンによって記帳されれば、データは同じなので、仕訳日記帳も総勘定元帳もその内容はまったく同じである。従って、総勘定元帳をプリントアウトしておけば、企業の経理内容は十分把握できるのに、杓子定規に条文(所得税法施行規則56条、58条。)に規定されている仕訳日記帳をプリントアウトしていないことで、青色申告取り消すと発言することは、現実を無視したことだとも考えられる。しかしながら、現状において仕訳日記帳は、青色申告の記帳要件のひとつであることに変わりはないのであるから、プリントアウトしておくことにこしたことはない。

 

「分かりました。仕訳日記帳の件は、また、どこかでお話することとしましょう。で、青色事業専従者給与の件ですが、12月分を翌年1月に支払った場合だったですよね。年内に支払っていないので、12月分を未払経理して年内の必要経費にするのは間違いではないのかというご指摘だったですよね。」

 

「はいそうです。所得税法57条の件ですけども、先生のご意見をお伺いしたいのですが。」と、薄ら笑いを浮かべる田代上席調査官は自信ありげであった。

 

「はい。青色事業専従者給与の場合の給与の支払を受けた場合というのは、文字通り給与の支払が条件だという意味ですが、当月分当月払いしか認めないという意味ではありません。こちらの場合、毎月青色事業専従者にも給与を支払っています。その支払った金額が労務の内容に相応しい金額の範囲内であり、実際に届け出た業務を行っているのであれば、給与の支払いがあったことは間違いありません。そして、その翌年1月に支払った給与の支給に係る年分は前年の12月ですから、その前年の必要経費になるように未払経理していたので、12月分の必要経費として認められると解釈できます。従って、こちらの場合のように、当月分翌月払いであっても、それは給与の支給形態としては一般的であって、未払いの経緯に相当の理由があると考えていいと思ってます。」と、一気に話す多田税理士。

 

「う〜ん。」腕組して考え込んだのは田代上席調査官。

 

「無給ではなくちゃんと、青色事業専従者の労務の対価として妥当な金額の給与を届出た範囲内で実際に支払ってますし、その給与の支給に係る年分の必要経費となるように未払経理していますし、その未払の期間も翌月10日と短期間であって、当月分翌月払いの給与体系は一般的な給与体系の一種であって、未払経理の相当な理由に該当すると解釈しています。ですので、ご指摘の12月分の青色事業専従者給与については、年内の必要経費であると認められるので、修正申告の必要はないもとの考えています。」と、これでもかと言わんばかりにしつこく解説する多田税理士であった。

 


8章へ戻る
10章へ