タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 第6章

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った桃子の務め先の歯科医院での税務調査。調査官より母親の青色事業専従者給与につき必要経費にできないのではないかと指摘される。)

 

「ちょちょっと待って下さいね。今から条文を確認しますので。え〜っと所得税はっと・・。もちょっと前ね。いや行き過ぎたねっと。」と、会計全書を手に取り、慣れぬ手つきで条文をめくる多田税理士。

 

「そうです。所得税法の57条です。」と、鋭い目つきの田代上席調査官は、自信満々の様子である。

 

「ああ、ありました。所得税法57条でしたよね。え〜っと、なになに。『青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む・・事業に従事するものが』ふんふん。『給与の支払を受けた場合には』ふんふん。『その労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与の支給に係る年分の・・・事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、・・』って書いてありますね。う〜ん。」と、何度か条文を読み直すが、税務署員の指摘が正しいのかどうか、即座に理解できていない多田税理士。

 

「多田先生。どういうことなんでしょうか。母の青色事業専従者給与は必要経費にならないんでしょうか。」と、不安そうな表情の礼子は、多田税理士の手にある会計全書を覗き込むのであった。

 

「ええ。つまりですね、ご主人と生計を一にするですね・・。つまり、同居している親族の財布は一つのようなもので、お互いに家族の扶養義務もある訳ですし、生活費を共同して負担しているような場合にですね。青色事業専従者給与に関する届出書に記載されている金額の範囲内の給与の支払い受けた場合にですね。その同居している親族の方の業務の給与として相当であると認められるものは、その給与の支給に係る年分のご主人の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入します。って書いてあると思うんですね。ですから・・・。そうか。やっぱり12月分は年内に支払ってないと、必要経費に算入できないのかなあ・・。」と、首をかしげる多田税理士。

 

「ねっ。そうでしょう。多田先生。私の指摘の通りの条文だったでしょう。先生の立派な条文にもちゃんと書いてありますよね。57条にね。」と、上機嫌の田代上席調査官。

 

「それじゃあ。母の青色事業専従者給与以外の給与についても、12月分は翌年の110日に払っているから必要経費にしちゃあダメだってことでしょうか。じゃあ、去年の給与は11ヶ月分しか必要経費にならないのかしら。あら困ったわ。」と、肩を落とす礼子。

 

「あっ。いえいえ。その支払ったってことが問題になっているのは青色事業専従者給与だけであって、従業員さんの給与は未払計上されていても必要経費になりますよ。」

 

「あら。そうですの。少しは救われますわ。でも、私の12月分の給与も未払計上ですので、去年の内に支払っていないから、去年の必要経費にはならないんでしょう。ねえ、多田先生。」と、落胆している礼子の目は多田税理士に向けられた。

 

「奥さんの専従者給与は、え〜っとですね。あっ、そうだ『ズラカシの法則』を使えばいいんですよ。」

 

「な、なんですかその『ズラカシ』の法則って。」キョトンとする礼子。

 

「あはは。いきなり、『ズラカシの法則』って言われても分かりませんよね。つまりですね、仮にですけど、青色事業専従者給与は支払うことが必要経費になる条件だとした場合にですね。お母さんの給与の専従者給与の場合は、去年の12月分の7万円が問題にされるんですけど、その支払が毎年継続している場合にですね、処理の修正は年末と年初の2回になるということなんです。つまり、12月分を翌年110日に支払ってますから、その12月分の給与の未払を否認されますね。これで、終わってはいけないんですね。じゃあ、去年の110日に支払った給与は、未払金の支払いで処理してますけど、これは、支払った時の必要経費にしなくちゃ正しい所得計算とは言えませんよね。」

 

「わかります。そうしますと、私の給与が10万円値上げして40万円ですから、12月分の40万円の未払給与は否認されて去年の主人の所得が40万円増加するけれども、去年の110日支払の30万円の給与は未払金の減少として経理してるので、支払時の必要経費が正しい税務判断だとすれば、この30万円については必要経費に加えなければならないから、結局、主人の所得の修正は、プラス40万円マイナス30万円になるので、結果、10万円の所得の増加だけでいいとゆうことなんですよね。多田先生。あっ、そうか1ヶ月分だけズレルだけだから『ズラカシの法則』なんですね。へ〜。知りませんでしたわ。」目を丸くする礼子。

 

「お奥さん。その通りなんです。いや〜すぐに理解されるとはスゴイですね。」と、感心する多田税理士。

 

「と、青色事業専従者給与が支払った時の必要経費だとすれば、奥さんの言われた通りの考え方でいいんですよね。」と、多田税理士。

 

「えっええ、まああ。奥さんの給与については、そういうことになりますね。でもですね、支払った時の必要経費だとすれば、ではなくて。その通りなんですから、支払った時に必要経費にすべきであって、お母さんの去年の12月分の青色事業専従者給与は翌年110日に支払われてますから、12月分の必要経費として未払計上は誤りでよろしいですよね。多田先生。」

 

「そう・・ですかねえ。なんかこう条文を読むと、支払った時に必要経費になると読める気もするんですが、なんかこうしっくりこないんですねえ。はあ〜。」と、考え込む多田税理士。そして、ハッっと気がついたように立ち上がった。

 

「奥さん。すみませんが、トイレをお借りできないでしょうか。ちょっと、体調が芳しくなくって・・・。」下腹をさする多田税理士。

 

「ええ、よろしいですよ。この部屋を出られて、奥の方にまっすぐ進んでもらいますと、ちょうど突き当たりがトイレですの。」両手で、行き先を案内する礼子。

 

 多田税理士は、沖山税理士に携帯電話で相談することにしたのだった。『うん、沖山先生に相談するしかないよな。よし、条文も手元にあるし、しっかり確認しながらお話が聞けるよな。』

 

「ちょちょっと。多田先生。」と、礼子の声。何も、気に留めていない多田税理士は振り返る。

 

「条文集をトイレに持っていかれるんですか。」

 

 怪訝そうに多田税理士を見つめる礼子の姿に、条文集をトイレに持参しそうになった自分に気がつく多田税理士。『う〜ん。そうか、やはり会計全書持参でトイレに行くのはちと変か。』

 

「あっ、そうですね。会計全書を持ってましたね。いやあ、考え事をしてましたんで、気がつきませんでした。あはは。じゃあ、ここに置かせていただきまして、では、ちょっとトイレに行ってきます。」

 

 トイレに行くのに条文集を手にする多田税理士。田代上席調査官もあきれた様子だ。

 

 トイレに入った多田税理士は、上着のポケットから携帯電話を取り出し、沖山税理士に電話を掛けるのであった。

 

「はい、沖山です。」

 

「あのう、坂の税理士の多田と申します。今、税務調査の最中なんですけれど、ちょっと不明点がありまして、お電話しました。今、お電話大丈夫でしょうか。」

 

「はい。多田さんね。今、調査ね。なんかあったとね。」

 

「はい、実は。個人の歯科医院の調査なんですけども。個人の場合の青色申告の記帳の要件なんですけど、やはり、法人税と同じ条件なんでしょうか。それと、青色事業専従者給与についてなんですが・・」と、多田の質問は続く。


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