タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 第4章

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った桃子の務め先の歯科医院の税務調査を引き受けた多田税理士。桃子らから歯科医院の状況を教えてもらう。)

 

 月曜日の朝。950分に山上歯科医院を訪問する多田税理士。重たそうにカバン持っている。会計全書という全3,802ページにも及ぶ条文集が中に入っているのだ。自由自在にめくって使えるのではないが、師匠と慕う沖山税理士のスタイルを真似てみたかったのだ。ピカピカの会計全書は、まったく使い古されてはいなかった。一方、沖山税理士の会計全書は、おなじものを3年は使うそうだ。通常使わない条文は削って製本し治してあるのだ。そして、重要な判例などは、該当のページに貼ってある。いかにも使い古された条文集は、見る者に説得力を与えるのだった。

 

 山上歯科医院の受付には、いつもの笑顔の花田桃子がいた。すぐに、応接室まで案内された。

 

「多田さん。今日の調査ガンバってね。あたし応援しちゃってるからね。税務署員なんかぎゃふ〜んって言わせちゃてね。ね、ね。」と、陽気な桃子。

 

「いや〜。そんな、ぎゃふんだなんて。攻められるのはこっちなんだよ。どこまで守れるか心配なんだよ。桃子ちゃんからこちらの状況を聞いたから少しは安心したけど、でもドキドキもんだよ。」と、いかにも年下の彼女と話す口ぶりの多田税理士は、笑いながらカバンから条文集を取り出し机の上に置くのだった。

 

「えっ、なんの本なんですか、その分厚い本は。」

 

「ああ、これは税法の条文なんだよ。まあ、いつでも確かめられるように、税務調査の時には持参することにしてるんだ。」

 

「へ〜、それみんな頭に入っているんですか。きゃあ〜、多田さんってすごいんですねえ〜。」と、目を輝かせる桃子。

 

「いえいえ、そんなみんな覚えている訳ないよ。覚えていないからこそ条文を手元に置いておくんだよ。すぐに確かめられるからね。僕は、まだまだ遅いけど、僕の先生はね電光石火の早業で条文をめくるんだよ。パパット、数秒で条文を開いてね、『はい、ここに書いてありますね』って言って教えてくれるんだ。」と、ふざけ条文をめくってみせる多田税理士。

 

「うわ〜すごお〜おい。」と、拍手をする桃子。

 

「あら、随分楽しそうね。ふふふ。」と、院長婦人の山上礼子が応接室に入ってきた。

 

 恥ずかしそうに微笑む桃子に心動かされる多田税理士であった。桃子は、夫人と多田税理士にそれぞれ軽いお辞儀をして応接室を出て行った。

 

「桃子ちゃんって本当に可愛らしいわね。素直だし、とってもいい子ですわ。ねっ、多田先生。若くって可愛らしい恋人だったら桃子ちゃんは最適よね。ふふ。でも、女医の磯子だって負けちゃあいないわよ。美人だし、しっかりものだしね。磯子は意外と料理もうまいのよ。どっちもって言いたいところですわね。ほほほ。」と、多田税理士が二人の女性と付き合っていることをからかう礼子であった。

 

「おほっほん。あの、その件についてはですねえ、いずれ時が来るといいますか、決断の時とでもいいますか。ええ。でも、まだそんなに付き合っているというほどの付き合いではないので・・・。」と、恥かしそうな多田税理士。

 

「余計なこと言っちゃったみたいですわ。ごめんなさい。ところで、多田先生、本日はよろしくお願いします。私、税務調査は今回で2回目ですけど慣れてはいませんので、多田先生が頼りですのよ。」と、膝に両手を重ねて深々と一礼する礼子であった。

 

「ははい。こちらこそよろしくお願いします。なにぶんこちらの経理処理とかがよく分からないものですから、色々と教えてもらわなくちゃならないこともあるかと思います。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします。」と、頭をさげる多田税理士。

 

コンコン。と、応接室のドアが軽くなった。桃子が入ってきた。税務署員が一人やってきたとのこと。礼子は、応接室に通すように桃子に伝える。程なく、30台後半の一人の税務署員が桃子に案内されて応接室に入ってきた。黒縁のメガネをかけた、中肉中背の地味な感じの男であった。さっそく挨拶だ。男は、身分証明書を二人に見せながら話すのであった。

 

「坂税務署の個人課税第一部門、上席調査官の田代と申します。」

 

「税理士の多田と申します。」と、税理士証票を見せながら田代上席調査官に一礼。

 

「山上の家内でございます。主人は、今診察中ですので私が代わりにお話をお伺いします。どうぞ、お掛け下さい。」と、ことの他落ち着いている礼子であった。

 

「さっそくですけど、ご主人は10年前にこの歯科医医を開業されているんですねえ。開業当初は色々とご苦労なことが多かったでしょうねえ。」と、やわらかい口調の田代上席調査官。

 

「はい。私達が結婚した翌年に開業しましたので、当初は不安ばかりで大変でした。患者さんはゼロでしたから。オープンしたはいいけれど、患者さんが来てくれないとどうしようかと心配ばかりしていました。」と、開業当初の頃の話をする礼子であった。多田税理士は、二人の会話をじっと聞いているだけであった。

 

「開業資金については、銀行借り入れですね。返済も大変だったでしょう。奥さんも気苦労が絶えなかったんでしょうねえ。」と、軽く微笑む田代上席調査官。

 

「えっええ。まあ。経理なんかまったく分かりませんでしたから大変でした。でも、税務署の記帳指導の方に指導していただきまして、なんとか経理らしいことが少しずつできるようになったんです。開業から税理士さんに見てもらった方が楽だったんですけど、主人がなんとか頑張ってみろと言いますので、日常の経理業務はなんとか私一人でできるようになりました。今では、確定申告の時に税理士さんにご指導いただいておりますの。それで、今まで頼んでいた税理士さんが今年亡くなってしまわれたので、今回は多田先生に税務調査の立会いをお願いしましたの。」と、田代上席調査官の優しい言動にすっかり気を良くしたのか、饒舌な礼子であった。

 

 一方、多田税理士はしかめっ面だ。『あ〜あ、税務調査は聞かれたことだけしゃべれば十分なのに。そんなにベラベラしゃべって余計なことまで話してしまわないか心配だなあ。』と、胸中穏やかではない。税務調査では、沈黙に耐えるのが上策なのだが。

 

「税務署の記帳指導を受けられたんですね。それじゃあ簡易簿記方式ですね。現預金出納長・売掛帳・買掛帳・経費明細書と固定資産台帳だったですねえ。」と、指折りしながら話す田代上席調査官。

 

「ええ。開業当初から、その簡易簿記ということで記帳しています。それで、開業3年目の白色申告の時に税務調査があって、その翌年から青色申告にしたんですのよ。少しは所得も出てきたので、私にも給料が出せるようにさせてもらったんです。青色専従者給与ですよね。」と、多田税理士に目線を送る礼子。

 

 ただ、だまって頷く多田税理士。

 

「多田先生。私、法人課税部門から配置転換で個人課税部門に移ってきたばかりなんですけど、法人では青色申告の要件で仕訳日記帳や総勘定元帳があるんですけど、こちらはその両方とも記録保存されてないようなので、青色申告の要件に該当しなくなるんじゃないですか。従って、遡って青色申告取り消しになって、奥さんの青色専従者給与も遡って全額否認ってことになるんじゃないですか。個人の場合も青色申告の要件も法人と同じでしょう。ね、多田先生。」と、鋭い眼光に変わった田代上席調査官。

 

「えっ、そうなんですか。私の青色専従者給与が遡って全額否認されるんですか。そんなことってあるんですか。」と、青ざめた表情に変わった礼子であった。

 


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