タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 16

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った花田桃子の務め先の歯科医院での税務調査。多田税理士は、沖山税理士から教えてもらったカルテ開示の要求に応じられない理由を述べるのであった。)

 

「ほう。」とだけ発し、後は、多田税理士の主張を黙って聞くだけの田代上席調査官であった。

 

「もちろん、税務署員の方にも質問検査権があって、納税者や納税者の従業員や取引関係者に対して、質問したり事業に関する帳簿書類やその他の物件を検査することはできます。それは、先刻承知のことでありますが、そもそも強制調査ではなく任意調査は、納税者の承諾を得て行われるものですから、カルテ開示を要求されたからと言って、税務署員の方に無条件にカルテ開示しなければならない訳ではありません。また、任意調査でのカルテ開示は、刑法の正当な理由になりませんし、歯科医師には、刑法において罰則付きの守秘義務が課せられていますので、任意調査でのカルテ開示はお断りします。」と、キッパリ話す多田税理士。

 

「そ、そうですか。で、でも我々も守秘義務はありますので、ですねえ。」と、口ごもる田代上席調査官。

 

「そもそも、ですね。守秘義務と言ってもですね、あなた方税務署員と歯科医師の守秘義務はまったく別物じゃあないですか。税務署員の守秘義務と歯科医師の守秘義務が同じものだなんてどこの条文に規定されているんですか。そんな規定があるんですか。」

 

「いや、その。規定と言われましても、守秘義務は同じ守秘義務でして・・・」

 

「あなた方の守秘義務は、国家公務員としての守秘義務であって、職務上知ることのできた納税者や反面調査対象者の秘密を漏らしてはならないということであって、歯科医師が正当な理由がなく患者さんの情報を他に漏らしてはいけないという刑法に規定された守秘義務とは違うことは歴然としているではないですか。」と、意気込む多田税理士。

 

「ははあ。」と、自信なく頷く田代上席調査官。

 

「それにですね。正当な理由もなく任意調査でのカルテ開示が院内の人に分かった場合にですね、その人ががですね院長を陥れようと思えば、刑事告発の恐れも発生しますからね。そんな恐ろしいことにでもなったら大変ですからねええ。それに、今回は収入金額についての不明点もなかった訳ですから、現状でのカルテ開示の要求には応じられないというのがこちらの主張であります。」

 

「わっ分かりました。では、今回の調査はこれまでということで、失礼したいと思います。では、院長先生によろしくお伝えください。どうも、お疲れ様でした。」

 

 田代上席調査官は、あっさりとカルテ開示の要求を取り止め税務調査を終了してしまった。やはり、歯科医師や医師の刑法に規定する守秘義務は重い。そして、税務署員である国家公務員の守秘義務違反も1年以下の懲役又は3万円以下の罰金という罰則がある。

 

 税務調査が無事終了し、山上礼子は大喜びだ。後日、税務調査の立会い報酬の請求書を送付することを約して多田税理士は山上歯科医院を後にした。

 

 税務調査が無事終了し、花田桃子も快く会ってくれるだろうと思う多田税理士。週末を前に、桃子の携帯に電話するのであった。

 

「あら、多田さん。奥さんから聞きました。税務調査頑張ってくれたんですね。ありがとう。」

 

「いやあ。桃子さんの応援があったからこそうまくいったんですよ。それで、今度の土曜日会いませんか。」

 

「それがねえ多田さん。私、山上歯科医院をやめちゃったの。それでね、やっぱり、年上の方って頼りになるけど好きになっちゃいけないと思うの。やっぱり、自分の年齢に近い方を好きになるようにしなくっちゃて思ったの。」

 

「そ、そうですか・・」

 

「ごめんなさい。私実は院長先生とお付き合いしてたんです。ごめんなさいね黙ってて。でね、結婚できない年上の方ともうこれ以上付き合っても苦しいだけだし、思い切って医院を辞めて、再出発をしようと決めたの。もう年上はコリゴリなの。院長の変わりに、多田さんとお付き合いできればいいかなって思ったこともあったけど、年上の方に頼っちゃダメだって思ったの。だから、もう会えません。ごめんなさい。プツ。」

 

『え〜。あんな可愛い顔して不倫してたのかよお。だったら、お見合いパーティーなんかくるなよ。いや、でもまだ女医の磯子さんがいる。よ〜し、架けてみるか』と、桃子に振られてもメゲナイ多田税理士。

 

「あらあ。多田さん。聞いたわよ、先輩の歯科医院の税務調査を手伝ったんだそうですわね。無事、調査終了ですって。大したものですわね。ホホホ。」

 

 多田税理士は、混乱した。なぜ、山上歯科医院の税務調査のことを知っているんだろうと。

 

「山上先輩の奥さんの礼子はね、私の同級生なのよ。それで、税務調査でカルテを出さなくてよかったことにえらく感動してね。それで、私が会ってる税理士さんが多田さんだって教えてくれたのよ。是非付き合いなさいってうるさいんですよ。ふふふ。」

 

「あっ。そうですか。ははは。照れますね。」

 

「あっ。それでね、私以前子供のこと好きかって聞いたでしょ。そしたら、多田さん他人の子供の面倒までは見切れないっておっしゃったわよね。」

 

「そうでしたっけ。ははは。やっぱり他人の子供の面倒まではちょっとですねえ。」と、口籠る多田税理士。

 

「うん。それはそれでいいんですよ。今まで言わなかったけど、私子供が一人いるんです。昔付き合ってた彼の子供なんです。別れた後で妊娠が分かってね。私彼のこと好きだったから、彼に内緒で産んじゃったのよ。両親が残してくれた財産があったから生活には困らなかったの。多田さんいい人だから、子供がいる私でも、いつか気に入ってくれないかなあって思ってたのよ。でもね、最近ちょっと事情が変わってきたの。」と、嬉しそうに話す磯子。

 

「ははあ。なにかいいことでもあったんですか。」

 

「そうなんですの。いいことがあったんですの。私の子供実は山上先輩との子供なんですの。いえ、礼子は知りませんわ。山上先輩にも言ってなかったんですの。それでね、礼子のことなんですけどね、どうも若い男と付き合っているみたいなんですのよ。」

 

「え〜そうなんですか。」

 

「歯科医院に出入りしている薬品メーカーの社員みたいですわ。どうも、礼子はお母さんの専従者給与をデート費用に使ってるみたい。本当かどうか知らないし、そんなことはどうでもいいんですけど、礼子の浮気がバレたら、当然離婚ということになるでしょう。そうなると、子供の父親である山上は独身になる訳だし、私も独身だし、山上夫婦には子供がいないし。山上も私との子供のことを知って大喜びなの。うふふ。だから、多田さんに父親になってもらう必要もなくなったんですのよ。ですので、もうお電話くださらなくて結構ですわ。さようなら。プツ。」と、磯子は電話を切った。

 

『はあ〜、なんだー。桃子ちゃんは山上さんと不倫かあ。磯子さんは子持ちだったのかあ。礼子さんも不倫してるのかあ。青色専従者給与が渡っていないのかあ。そんなんでいいんか。なんてこったい。真面目に税務調査に取り組んだ俺の誠意はどうなるんだ。みんな自分勝手だよなあ。』と、嘆く多田税理士。

 

 しかし、多田税理士も桃子と磯子を両天秤にかけていたのだから、二人の女性に振られたからと言っても自業自得ではなかろうか。母親への専従者給与が、母親に渡らなかった場合には問題があるが、母親がもらった専従者給与を自分の娘に贈与したとしても、年間110万円までの贈与であれば何の問題もない。

 

さて、誰しも「バレたら大変」なことの一つや二つは持って生きているのかも知れない。ドキッ。

 


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