タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 15

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った花田桃子の務め先の歯科医院での税務調査。カルテ開示に対する対応を沖山税理士から教えてもらった多田税理士は覚悟を固めたのだった。)

 

 多田税理士が「トイレ電話」を終えて、トイレから出て、応接室に入ったら誰もいなかった。テーブルの上にはサンドイッチ二つとメモが置いてあった。「多田先生へ 主人の昼食を用意しますので、失礼します。すぐに戻ってまいりますので、サンドイッチでも召し上がっていてください。 山上礼子」

 

『おっと、なかなか気が利く奥さんだなあ。さっきお腹の調子が悪いなんていっちゃってね、サンドイッチ食べちゃっていいかなあ。』と、悩む多田税理士。

 

 すると、応接室のドアをノックして受付の花田桃子が、一つのコーヒーカップを持って入って来た。

 

「多田さん。午前中はご苦労様でした。さあ、サンドイッチですみませんけど、どうそ召し上がってください。コーヒーもどうぞ。」と、にっこり微笑む桃子。

 

「いやあ、すみませんねえ。お腹の具合も調子良くなったみたいですので、遠慮なくいただきます。」と、サンドイッチを頬張りコーヒーを飲む多田税理士。桃子は、じっと多田税理士の顔を眺めていた。それに気付いた多田税理士は、口の中のものを急いで飲み込んでコーヒーを一口飲み込んだ。

 

「いや〜。そうじっと見つめられると恥ずかしくなってきますよね。」

 

「あら、ごめんなさい。年上の方ってやっぱりなんかこう優しい雰囲気があるっていうか。やっぱりいいなあって思ってたんです。」

 

「ははは。」と、照れる多田税理士。

 

 二人の時間はそこまでで、山上礼子が応接室に入って来た。礼子は、税務署員が来たら応接室に案内するように桃子に伝え、桃子は退席したのだった。程なく多田税理士の食事は終わった。

 

「いや〜。食事を用意していただいてすみませんでした。お腹の調子も戻ったようなので遠慮なくいただきました。ありがとうございました。」

 

「いえいえ。食事の好みも存じ上げなかったものですから。サンドイッチにしましたの。お口に合わなかったら申し訳ございませんね。」

 

「いえいえ。十分でした。」

 

「まあ、よかったですわ。それと、調査官の方のおっしゃったカルテの件ですけども、さっき主人が話しておりましたけれど、やっぱり患者さんのカルテ開示はできないから、多田先生によく話しておくようにと厳命されましたの。主人は、頭をスッキリさせるために、昼食の後昼寝をするようにしてますの。それで、そのまま午後の診察に入りますので、主人の考えを私がお伝えしたんです。それで、どうなんでしょうか。カルテ開示の件は。先生は、開示の可能性もあるようなお話をされていたように思うんですけれど。率直なところどうしたら良いんでしょうか。」

 

「そのカルテ開示の件ですが、結論から申しますと、任意調査ではカルテ開示の義務はありません。」と、キッパリ答える多田税理士。

 

「あらまっ。そうなんですの。午前中とは、打って変わってハッキリされてますわねえ。」と、目を丸くして驚く礼子であった。

 

「ははは。午前中は、色々と慎重に思考しておりましてね。もう大丈夫です。しっかりと、理論構築できましたので。ははは。」

 

「トイレ電話」で、沖山税理士に教えてもらったとは言えない多田税理士は、気恥ずかしさで一杯であった。すると、応接室のドアがコツコツと鳴り、桃子と税務署員が入ってきたのだった。

 

「それでは、午前中にお願いしておりました過去3年分のクレジットカードの利用控えを拝見できますか。ああそれと過去の予約簿もお願いします。」と、落ち着いた口調の田代上席調査官であった。

 

 桃子は、既にクレジットカードの利用控えを持参していたので調査官の前に差し出した。受け取った田代上席調査官は、予約簿とクレジットカードの利用控えを照合していった。枚数は少なかったので、照合はすぐに終了した。

 

「中田さんのカードの控えと予約簿の日付と金額は合っていますね。はい、確認できました。それでは、去年キャンセルされた田中さんですか。今年、矯正料が現金で入金されたということですので、今年の予約簿と現金収支日報で確認させて頂けますか。」

 

「はい、分かりました。花田さん、お願いできますか。」

 

「はい、分かりました。では、どうぞ。」

 

 桃子と田代上席調査官は一緒に応接室を出て行った。

 

「先生。ご一緒されなくていいんですか。」と、心配そうな礼子。

 

「いや、いいんです。該当のところだけ見せるようにと指示してますんで。まあ、進行中の年分の資料は見せなくてもいいんですけど、収入に関してハッキリしているところを印象付けたいと思いましたし、カルテ開示の件の方が重要だと思いましたんでね。」

 

「そうですの。いろいろと考えてくださって安心ですわ。」

 

 程なくして、田代上席調査官は応接室に戻ってきた。桃子はすぐに受付に帰って行った。

 

「田中さんの矯正料の入金は確認できました。それでなんですけれども。院長さんとはカルテの件はお話になられましたか。」

 

「はい。主人はカルテは税務署の方には見せられませんと申しておりました。」

 

「奥さん。我々は、調査にお伺いしているんですよ。売上金の確認が必要な場合にですね、カルテを見せてもうこともあるんですよ。たまたま、これまでは矯正料の入金などの確認はできましたけどもね。自由診療に関する収入については、カルテと密接に結びついていますからね。」と、自信ありげな田代上席調査官。

 

「ちょっと待ってくださいよ。任意調査でカルテ開示が当然だと言うのはおかしな話ですね。」

 

 多田税理士は、沖山税理士に教えてもらったことを思い浮かべ続けて話すのであった。

 

「そもそもですね。カルテ開示に関してはですね。法律に規定があって、情報の記録と開示が義務づけられている場合がありますね。こちらは、歯科医師ですから監督官庁から情報提供を要求された場合にはですね、法律的に正当な理由がありますから、患者さんの情報を開示しても守秘義務違反にはなりませんね。」

 

 午前中と打って変わって饒舌になった多田税理士に驚く田代上席調査官。

 

「そうそう。また、そもそもですがね。歯科医師は、刑法に厳格に守秘義務が課せられていますからね。正当な理由がないのに患者さんの情報を他人に漏らしたら懲役やら罰金刑がありますからね。正当な理由には厳格になる訳です。」

 

「では次にですね。法律には歯科医師が業務上知りえた情報の開示を求める規定はあるけれども、その開示は任意であって義務ではないものがあります。それは、司法警察官などが求める『照会』がありますが、あくまで任意であって法律上の義務ではありませんので、情報を開示する正当な理由が非常に問題です。先ほども言いましたように、歯科医師には刑法で守秘義務が課せられていますから、正当な理由に厳格にならざるを得ないんです。」と、一気に話す多田税理士であった。


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