タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 14

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った花田桃子の務め先の歯科医院での税務調査。カルテ開示を要求された場合の対応を沖山税理士に尋ねる多田税理士であった。)

 

「なるほど。監督官庁が医療機関に対して、国民の安全を守るなどの業務上の必要性から、患者の病状などの情報を把握するために、法律で患者の情報開示を強制されるような場合には、カルテを見せても刑法の守秘義務違反にはならないんですね。公共の利益が優先されるような状況では、患者の情報開示の方が守秘義務より優先される訳ですね。う〜ん、医療業の場合には考えられますねえ。う〜ん、深いですねえ、法律は。」と、多田税理士はうなる。

 

「はは。まあ深いちゃあ深いかも知れんねえ。でね、カルテ開示が法律で規定されていない場合にはね、当然なんら法律上の義務はない訳だから、カルテ開示に応じないでいいんよ。」

 

「じゃあ、税務調査の場合はどうなんでしょうか。法律に規定されているんでしょうか。先生。」と、解答をあせる多田税理士。

 

「まあ、待たんね。でね、あくまで任意調査を前提に検討せんといけないことは分かるよね。それでね、法律に規定しても、即、カルテ開示を義務づけているとは限らないんよ。たとえばね、検察官や捜査機関から捜査上『照会』を求められることがあるんよね。」

 

「なるほど。事件捜査では、患者さんの情報も必要な場合もある訳ですよね。よくテレビなんかで、『被害者の歯型が一致した』とか、言ってますよねえ。」

 

「そうやね。でね、裁判所や弁護士会もこの『照会』のような情報提供を求めることができるように法律に規定しているのだけれども、この『照会』に対しては、回答はあくまで任意なんよ。つまり、『照会』されたことに対して、医師や歯科医師の立場で十分検討して、回答することになるんやけど、刑法の守秘義務違反と『照会』に対する回答の必要性をしっかり考えないといかんと思うんよね。だから、通常は、守秘義務違反にならないようにすることが医師や歯科医師にとっては重要なことだと思うんよ。そしてね、税務署員の質問検査権はね、あくまで納税者の承諾を前提としている訳だから、任意調査でのカルテ開示の要求も、『照会』による法律の規定はあるが対応は任意のものと同じと考えて構わないと思うんよ。」

 

「はあ〜。なるほどですねえ。任意調査の場合、質問や検査ができると法律に規定してあるけれども、絶対強制されるものではなくて、あくまで納税者の承諾を前提にしている訳なんですね。じゃあ、カルテ開示を要求されても承諾できないと断ることもできる訳なんですね。私物だと、『プライバシーを侵害されたくない』と、言って私物を見せないことは可能であって、カルテ開示の場合、歯科医師は刑法の守秘義務があるのでカルテ開示は承諾できないと言える訳なんですね。ね、そう考えていいんですよね。先生。」

 

「うん。まあ、そんなところやね。随分と理解が進んだようじゃねえ。多田さん。」

 

「でも、先生。彼ら税務署員も国家公務員ですから、守秘義務はありますよね。それで・・・・」

 

「うん。税務職員も守秘義務はあるよねえ。それで、『我々も守秘義務がありあすから、カルテ開示されても他に情報が漏れることはありませんので安心して見せてください』って、言われたらどうしようかって話なんやろ。」

 

 質問の先を越された多田税理士。「そっ、そうなんです。よく分かられますね。」

 

「はは、この手の調査の場合にね、よく彼らも主張してくるもんでね。『我々も守秘義務がありますからねって』。彼ら税務署員の守秘義務は、納税申告や税務調査で知り得た納税者のあらゆる情報の守秘義務と、税務署内部の情報の守秘義務であってね、歯科医師の守秘義務を守るものではないんよ。だから、仮に税務署員が知り得た患者情報が他の者に漏れて、そのことがその患者にバレた場合にね、その患者情報を漏らした歯科医師の守秘義務違反が免除されることではないんよ。患者さんから刑法の守秘義務違反があったと警察に告訴さた場合にね、『守秘義務のある税務署員に漏れた情報だから歯科医師の刑法による守秘義務違反になりません』なんてことは有り得ないことなんよ。」

 

「なるほど。税務署員に同じ守秘義務があるから安心だなんて言われても、それは、歯科医師の守秘義務と同じことではないんですね。同じ、秘密を守る義務でも、立場が違えば、その守る秘密も違うんですね。歯科医師の場合、法律で強制される場合以外には、カルテ開示なんかとんでもない話なんですね。バレたら大変なことになると思った方がいいんですね。」

 

「うん。そうやね。慎重にならんといかんよね。それにね、守秘義務違反の場合は、被害者以外の者が捜査機関に訴えることができるんよ。この場合を、告発というんよ。刑事訴訟法239条やね。」

 

「へ〜。そうなんですか。」と、多田税理士は、税法以外の法律用語に戸惑うばかりであった。

 

「それでね。これから、想像力をたくましくして考えてみるとね。もしね、その歯科医師がね、任意調査である税務調査でね、気軽にカルテ開示に応じていたことをね、院内の誰かに知られてしまった場合にね、その院長をイジメようと考えた場合にね、格好の材料にされることも考えられないことはないよね。例えば、院内の若い女の子にちょっかいを出した歯科医師がいてね、そして、別れ話がこじれてしまったような場合にね、その院内の若い女の子にね、法的必要性のないカルテ開示があったことを警察に告発されたりしたらやっかいなことになるよねえ。」

 

「ええ。それって、なんか恐い話ですね。」

 

「うん。恐い話になる可能性があるんよ。守秘義務違反のような事件はね、親告罪と言ってね、犯罪が行われたことを捜査機関に告訴することが訴訟の条件なんよ。そして、その告訴を受けた捜査機関はね、一応、犯罪が行われたかどうか捜査を尽くす義務があるんよ。この告訴は、被害者でなくても可能なのだから、さっき言ったような状況で、歯科医師をイジメようと思って捜査機関、つまり、警察に『院長さんは、正当な理由もないのに患者さんのカルテを税務署員の方に見せました。歯科医師の守秘義務違反がありました。捜査してください』ってなことになれば、警察が動くかも知れないよね。もちろん、警察に捜査義務があるからと言って、なんでもかんでも告発を受け入れて、すぐに捜査に入ることもないんだと思うけど。でも、法律的には、刑事告発が第三者でも可能なことと、捜査機関は原則として、告訴されたら捜査する義務があるのでね、警察沙汰にできる可能性はあるんよね。ちょっと恐い話しやけど、知っておかないとね。」

 

「は〜。わっ分かりました。守秘義務違反ってなんか奥が深いですね。でも、院内に特殊な人間関係があれば、往々にして起こりうることかも知れませんよね。人間の感情はコントロールできないこともありますからねえ〜。ええ。」

 

「うん。歯科医師の場合にはね、守秘義務違反については、まあ細心の注意が必要な訳やね。ここまで、その院長さんに話してあげたらどうやろね。多田さん、あんたもう大体理解できたじゃろうからね。ははは。」

 

「ははは。はい、しっかりと理解できたと思います。税務的なことばかりでなく、刑法的な知識も税理士に必要だと言うことがよく分かりました。さっそく、院長さんにも説明しようと思います。いや〜、長々ありがとうございました。食事中にすみませんでした。」

 

「はいはい。またなんかあったらすぐ電話してきんさいよ。食事時間も気にせんでいいよ。わたしゃあ、延びたうどんも好きやからね。ははは。」

 

食事を中断してまでも「トイレ電話」で、税務調査のアドバイスをする沖山税理士。風呂場まで携帯電話を持ち込んで、迷える税理士からの質問に答える姿勢を知っている者は少なかった。多田税理士は、食事を中断してまでも自分の質問に丁寧に答えてくれた沖山税理士に報いるためにも、これからの山上歯科医院の税務調査に臨む覚悟を固めた多田税理士であった。


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