タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 13

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った花田桃子の務め先の歯科医院での税務調査。予約簿の記録と入金記録の違いについて説明を求める調査官。)

 

 田代上席調査官が出て行った応接室。多田税理士が花田に資料提示を指示するところであった。

 

「花田さん。緊張したでしょう。十分な対応でしたよ。ご苦労様でした。では、過去3年間のクレジットカードの利用控えを用意しておいてくださいね。それと、田中さんの今年の予約簿を確認に午後受付に税務署の人が行くと思いますのでね、その時は見せてあげてくださいね。」と、やさしく微笑む多田税理士。

 

「はい。わかりました。」と、静かにうなづく花田桃子。

 

「多田先生。大丈夫かしら。予約のキャンセルなんてめずらしくもないでしょう。キャンセルの記録も残しておいた方が良かったのかしら。それと、カルテの件は先生から主人に話していただけないかしら。」

 

「あっ、はい。カルテ開示の問題は難しい問題ですからねえ。私の方から院長先生にお話しましょう。でも・・・カルテ開示ですよねえ・・」と、カルテ開示せねばならないのかどうなのか、理解していない多田税理士の生返事。

 

「あっ、院長。お疲れ様です。」と、明るい花田桃子の声が応接室で響いた。「うん、お疲れ」と、山上院長。

 

「いやあ。みんなもご苦労さんでしたね。ん、税務署の方はどうされたんだい。」

 

「今、昼食に行かれてますの。」と、礼子。

 

「あっ、あのお。院長先生に午前中の調査の報告なのですが、2件ほど矯正料の現金入金に関して質問がありまして、カード利用の方とキャンセルの方の件で、2件ともすぐに確認できるものばかりですので、問題はないと思います。ですが・・。カルテの開示を要求されるかも知れないのですが・・・。」と、口ごもる多田税理士。

 

 カルテ開示という言葉が多田税理士の口から出て来た瞬間、こわばった表情に変化した山上院長。

 

「カルテ開示はできません。それは、歯科医師としては困ります。患者さんの個人情報を漏らす訳にはいきません。確か、刑法に規定があったと思います。」

 

「はあ。そうですよねえ。やはり、私達税理士同様、先生の場合も守秘義務がありますからねえ・・・・。」と、後が続かない多田税理士。

 

「私達歯科医師が、簡単に、患者さんの情報を他人に見せられる訳がありません。こればっかりは、認めるわけにはいかないのですよ。何か、明確に拒否できる条文とかないですか、その税法とかに。ねえ、多田先生。なんかありませんか。」

 

「いやあ〜。なんともですねえ。売上漏れとかがあってですね、そのカルテに矯正装置を装着した記録があってですね、その入金の記録と照合すると矯正料の入金の確認ができる場合なんかはですね、その・・。可能性が出てくるかも知れない訳で・・」

 

 

「いやあ。うちは、売上なんかごまかしてなんかいませんよ。なあ花田くん。」

 

「はい。売上はキチンと記録していますっ。」と、目をパチパチさせて必死に訴える花田。

 

「いやいや。こちらで売上漏れがあるなどど申した訳ではなくて、例えばの話でして・・。あっ、そうだもうお昼ですし、みなさん食事されてください。私は、どうもお腹の調子が悪く、昼食は食べないことにしますのでお気遣いなく。ちょと、トイレをお借りしてよろしいでしょうか。すみません。」と、下腹を片手で押さえ、トイレを拝借する多田税理士であった。

 

『う〜ん。カルテ開示は拒否できるのかなあ。できないのかなあ。困った。そうだ、沖山先生にお尋ねしよう。』と、沖山税理士にトイレ電話する多田税理士。

 

「トゥルルル。はい。沖山です。ああ、多田さんね。どうかしたね。ん、じゃあこのままちょっと待ってね。」と、会話をしばらく中断した沖山税理であった。

 

「あっ、沖山先生。今、ご都合が悪ければかけなおしますけど・・。」

 

「いやあ、いいんよ。今、食堂でうどんを食べててね。外に出たところだから構いませんよ。で、なんかあったんね。」

 

「あっ、お食事の途中だったですか。それはすみません。すぐ終わりますから。今、調査先からなんですが。実は、カルテ開示の可能性もあると税務調査官に言われまして。それで、見せていいものかどうか回答を持ち合わせておりませんで。院長もカルテ開示は困ると言っておりまして。どうしたもんでしょうか先生。」

 

「そうね。こないだの歯科医院の調査はまだ続いているんかね。」

 

「はい続いています。前回お尋ねした個人経営の歯科医院の調査です。歯科矯正料の件で2件ほど予約簿の記録と入金状況の食い違いが出ましたけれど、1件は現金入金ではなくカード入金が判明し、もう1件はただのキャンセルで今年に入って矯正装置を着けた日に現金入金になってますので、今のところ売上に関しての不備はないんですけども。上席調査官は、カルテを拝見する場合もあると自信満々なんですね。それで・・」

 

「うん。そういうことね。じゃあ、売上に関してカルテと入金記録を照合せねばならない客観的な必要性は生じていないってことだよね。当然、任意調査なんだろうから、基本的に、納税者の承諾を得て行われなければならない税務調査ということは変わりない訳なんよ。まあ、だから普通の任意調査と思えばいいんよ。それに、医師にしろ歯科医師にしろ、刑法で守秘義務が課せられているからねえ。任意調査でカルテを税務署員に開示してしまったら、逆に、刑法の守秘義務違反に問われかねないよね。」

 

「ええ。やっぱり刑法にひっかかるんですか。」

 

「うんまあそうやね。ちなみに刑法134条にはね、『医師、薬剤師、医薬品販売者、助産婦、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職に在った者が、正当な理由がないのに、その業務上取扱ったことにより知り得た人の秘密を漏らした時は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。』って規定されているんよ。ここではね、医師としか表現されていないけど、歯科医師も当然含まれるよね。」

 

「はあ、懲役ですか。物騒ですねえ刑法は。」

 

「はは。まあそうやねえ。それでね、正当な理由があれば、患者さんの情報を本人の承諾なしに他者に漏らしても、守秘義務違反にはならないんだけれどもね。この正当な理由の定義が複数考えられるんよ。」

 

 税務調査において、税務署員には質問検査権が許されている。つまり、個人事業の場合、所得税に関する調査について、必要があるときは、該当税務署の所得税担当の税務署員(法人税担当の税務署員は、別途、許可がなければ所得税の調査を行えない)は、納税者や反面調査対象者に質問したり、その納税者や反面調査対象者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができるのである。そして、検査とは、納税者の承諾を得て、帳簿書類その他の物件について、その存在及び性質、形状、現象その他の作用を五官の作用によって知覚実験し、認識を得ることとなっているのだ。確かに、カルテは調査対象物ではあるが、無条件に税務署員に見せねばならないものではない。

 

「先生、では、税務調査の場合には、正当な理由があることになるんでしょうか。」

 

「まあ、待たんね。これから順番に説明するからね。それでね、まず、法律の規定があってね、情報の記録と開示が義務づけられている場合でね、監督官庁から診療記録などの検査や提示を求められた場合、正当な理由があるので患者さんの情報を開示しても守秘義務違反にはならないんよ。まあ、麻薬関係とか感染症に関することで、監督官庁が医療機関に情報提供を求めることは、当然と言えば当然なことだよね。」


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