タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 12

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った花田桃子の務め先の歯科医院での税務調査。売上に関する調査がスタートし、受付での調査官の質問が続く。)

 

「はあ〜。そうしますと、その歯列矯正の患者さんがいらしてですね。その、矯正装置を装着した場合にですね。その装着した日に矯正料の入金があってですね。その日の予約簿には患者さんの名前と矯正料の金額があらかじめ書いてあってですね。必ず、その日の現金収支日報に記録される訳ですね。」と、花田桃子の説明を確認する田代上席調査官であった。

 

「はい、そうです。いつもそうやってます。」と、コクンと頷く花子。

 

「じゃあ、今の予約簿は今日も使用されるでしょうから、去年から過去3年間の予約簿はここにありますか。あっ、それと現金収支日報も3年分出していただけませんか。」

 

「はい、予約簿は、ここに3年分ありますが、現金収支日報はここにはありません。」

 

「あっ、現金収支日報なら応接室に用意してあります。」と、緊張気味の礼子。

 

「あっそうですか。じゃあ、予約簿を預からせて頂いて、応接室で拝見させて頂いてよろしいでしょうか。現金収支日報も一緒に拝見させてください。」

 

 歯列矯正の患者の場合、次回の矯正装置の装着時に矯正料の事前通知の記録として、予約簿に金額を記録しているので、予約簿の矯正料の金額の記録が現金収支日報の入金記録と合致するのかを調べるのであろう。まずは、初歩的な調査手法である。応接室に戻った田代上席調査官は、さっそく予約簿と現金収支日報との照合を始めた。

 

「奥さん。受付ではどうでした。何かトラブルとかはありませんでしたか。」と、多田税理士。

 

「あっ、いえいえ。何も不都合はありませんでした。予約の流れや現金の流れなんかを説明して、去年も含めて3年間の予約簿をお渡しして、戻ってきましたの。それで、見ての通りここに用意しておりました、現金収支日報をお渡ししただけですの。」と、チラリと調査官に目を向けたあとは、多田税理士に目線を戻す礼子。

 

「はあ。そうですか。まあ、予約簿と現金収支日報をチェックすることは当然あることですからね。」と、話すと腕組をし目をつぶり今後の調査の問題点に思いを巡らせる多田税理士であった。

 

 田代上席調査官は、黙々と予約簿と現金収支日報との照合をしていた。しばらくすると、一枚づつ付箋を貼ったのだった。何か気になるところがあったのだろう。様子を見ていた多田税理士も気になるものの、調査官からの質問を待つほかはなかった。正午まで20分を残す頃には、2枚づつの付箋が貼られていた。

 

「すみません。まずは、去年の確認をしたんですけども、受付の方の説明ですと、予約簿に矯正料の金額が記入されている日には、現金収支日報にもその入金の記録があることになっていますが。このお二方ですが、予約簿にしか金額の記録がないんですよ。」

 

 ドキリとする多田税理士。売上漏れの可能性を指摘されたのだった。

 

「はあ。そうですね。奥さん分かりますか。」

 

「いえ。私は、矯正料の入金があったら、現金収支日報にその通りに記録するだけですから。その、予約簿に矯正料の記録があって、その日の現金収支日報に記録がないとすると。もしかして・・・・」と、考え込む礼子。礼子の考え込む表情を見た田代上席調査官の目が鋭く光った。

 

「私では分かりませんので、受付の花田を呼んできますので、よろしいでしょうか。」

 

「はい、よろしくお願いします。」と、田代上席調査官は余裕の表情であった。一方、多田税理士は平静を装うが、内心は売上洩れではないのかと不安でならなかった。間もなく、受付の花田桃子が不安そうな表情で礼子と一緒に応接室に入って来た。

 

「ああ。お忙しい時にすみませんね。あなたが説明してくださったことを確認していたんですけれど、去年の予約簿ですがね、田中さんと中田さんのお二人なんですが、予約簿に金額の記載があるんですが、現金収支日報には矯正料の入金の記録がないんですよ。ご説明してもらえませんか。」と、優しく語りかけるが眼光鋭い田代上席調査官であった。

 

「え〜、そんなはずはないんですけどお〜。矯正料についてはご説明したとおりなんですけどお・・・。ちょっと予約簿を見せてください。」と、予約簿を見て考え込む花田。3人の目線が花田の口元に集中し、その発言を待っていた。そして、何かに気がついたように頭を上げてから話し出す花田であった。

 

「ああ、この田中さんですけど、この予約の日には急な用事が出来て来られないって連絡があったんです。それで、その電話で再予約をされて今年に入ってから矯正装置を装着されて、その日に入金したんです。ですから、今年の予約簿と現金収支日報を見ていただければ、すぐ分かります。」

 

「あっ、そうですか。田中さんの件につきましては後で、確認を取らせて頂きます。では、この中田さんのことですが、確かに去年の予約簿には20万円と書いてあるんですが、その日の現金収支日報には入金の記録がないんですけど。どうしてなんでしょうか。」と、キツイ口調の田代上席調査官。

 

「そんな、女の子に対して、キツイ口調で言わなくてもいいでしょう。もっと、優しく質問してくださいよ。」と、今にも泣き出しそうな花田桃子をかばう多田税理士。自分を売り込む絶好のチャンスを見逃さない発言であった。

 

「あっ、すいません。別にそんな。キツク言ったつもりはないんです。はい。」

 

「あっ、思い出しました。中田さんですよね。この方は予約通りに装着されたので、その日にクレジットカードでお支払いして頂きました。プラチナカードだったので覚えていたんです。カードの利用控えを見ればはっきりしますので、受付に戻って持ってきましょうか。どうしましょう。」

 

「え〜、カードですか。先ほどはカードの利用があるなんて一言も言ってなかったじゃないですか。それならそうと始めから言っていただきたかったですね。じゃあカードの利用控えも過去3年分を見せて下さいね。午後からでいいですから。」

 

「カードの利用があるかって聞かなかったじゃないですか。そんなあ・・・・」と、涙目の花田。

 

「先ほどから言っているじゃないですか。若い女の子には優しく話して下さいよって。仕事熱心なのは分かりますが、もっとゆっくり柔らかく話してもらえませんかねえ。」と、又も花田をかばう多田税理士。そんなに厳しい口調だったとは感じていない田代上席調査官は、苛立ちを覚えたのだった。

 

「多田先生。私は普通にお話しているだけです。そんなに乱暴な口をきいたようにおっしゃらないでいただきたいですね。それより、売上に関する記録に不備があるようですね。場合によっては、カルテを拝見する場合もありますので、その点を院長さんによく説明しておいてくださいね。多田先生。」

 

「えっ、いきなりカルテ開示になるんですか。そんなあ。先ほど、花田さんから説明があったじゃないですか。それに、午後一番でその2名の患者さんの入金記録を確かめてくださいよ。そんな簡単にカルテ開示と言われてもですねええ。」と、今後どう対応してよいのか判断のつかない多田税理士であった。

 

「まあ、午後からその田中さんと中田さんの入金記録の確認をさせてもらいますからね。カルテの件は一応院長さんの耳に入れておいてくださいね、多田先生。」と、田代上席調査官は言い残し、昼食に出て行った。


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