タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

9話『歯科医院の秘密』

 (バレたら大変!) 11

 

(お見合いパーティー会社の紹介で知り合った桃子の務め先の歯科医院での税務調査。青色事業専従者給与についてしっかり主張できた多田税理士は週末のデートを楽しむのであった。)

 

「歯医者さんて、歯科大学を卒業したらちょっと修行して、即開業って方も多いんですよね。」と、多田税理士は海田磯子に優しく語りかけた。

 

「そうですわねえ。歯科の大きな病院なんかあまりありませんし、やはり開業医を選択するドクターの方が多いですわ。特に男性の場合は開業思考が強いですわねえ。」

 

「そうですか。開業は大変ですよねえ。また、歯科医の先生は最新の技術の取得も又大変ですよねえ。インプラントとか歯列矯正とかありますよねえ。」

 

「あら、多田さんよくご存知ですわね。私も歯列矯正を学んでいるところなんですよ。やはり、開業医も多いですから特色を持たないと経営的に厳しいんじゃないかと思いますの。いかがかしら、多田さん。」

 

「いやいや、磯子さん。さすがですね。経営をよく考えられてますね。そうなんですよ。やはり、どんな業種でも、同業他者との差別化戦略をいかに考えるかにかかっていると思いますよ。そうですか、歯列矯正ですか。良いと思いますよ。最近は、歯の噛み合わせの不具合が原因の体調不良もあるようですからね。」

 

「あら、多田さんこそ歯科のことに詳しいんですね。ますます、頼もしく感じますわ。ホホホ。私の先輩の歯科医も歯列矯正で人気らしいんですのよ。私も開業したらあやかりたいものですわ。ところで多田さん。患者さんのカルテって、税務署が調査に来た時には見せなきゃいけないものかしら。いえね、先輩の開業医のところに今税務署が調査に来ているそうでね。先輩が『カルテは見せたくないな』って電話で言ってたので気になったんですけど、どうなのかしら。」と、微笑む磯子。

 

「はあ。カルテですか。う〜ん。患者さんの治療の記録とか書いてあるんですよね。どうなんでしょうねえ。やはり、売上に関わる記録があれば見せなきゃならないかもしれませんねえ。」と、考え込む多田税理士。

 

「あら、そうですの。それは困りましたわね。患者さんの個人情報を記録しているのですから、歯科医としては無暗に関係者以外の方には見せたくないのですけど、税務調査の場合は国が相手だから、カルテも無条件で見せなきゃならないとしたら困りますわ。はあ。」

 

「そうですね。無条件でということもないでしょうけれど、やはり、売上に関する情報なんかがあれば見せることになるかも知れませんねえ。すみません。今はこれくらいしかお返事できませんで。」と、頭をペコリと下げる多田税理士であった。

 

「あら、いいんですよ。私達って、仕事の話ばかりしてますね。ホホホ。多田さんのお勧めのレストランのこともっと詳しく教えてくださらないかしら。」

 

 二人の週末のデートは和やかなうちに終わった。そして、月曜日の朝。山上歯科医院の2回目の税務調査の日だ。多田税理士は、山上歯科医院に向かった。

 

「多田先生。本日もご苦労様です。今日は、主人がご挨拶したいということでしたのでお待ちしておりました。挨拶だけで失礼しますけれども、よろしくお願いします。」と、恐縮する礼子であった。

 

「多田先生。おはようございます。先日から私共の税務調査に立ち会って頂きありがとうございます。何分、不勉強ですので、よろしくご指導の程お願い申し上げます。」と、院長の山上岩雄の声が応接室に響く。

 

「あっはい。おはようございます、多田でございます。こちらこそ、よろしくお願いします。早速ですけども、院長はまだ税務署員と会っておられないので、今日よろしければ挨拶だけでもして頂けないでしょうか。彼らも、一度も面会せずに帰ることもできないようですから。ほんのちょっと、時間を作って頂ければ、後は、私が対処しますので、よろしくお願いします。」と、税務調査の流れを説明する多田税理士であった。

 

「はい。分かりました。今も、患者さんを待たせていますので、そう長くはお話できませんが、挨拶くらいなら大丈夫です。また、何かありましたら、昼休み時間なら対応できますので。」

 

 応接室で、山上夫妻を多田税理士が挨拶している頃、田代上席調査官も到着した。受付の花田桃子が応対し、調査官が訪問してきたことを応接室に伝えにきた。

 

「先生。税務署の方が来られましたけれども、こちらにお通ししてよろしいでしょうか。」と、微笑みを浮かべて山上院長の目をしっかり見つめる桃子であった。

 

「うん。いいよ。こちらにお通しして。」と、微笑み返す山上院長。なんとも、優しい表情に変化したのだった。多田税理士と挨拶した時の緊張感が一瞬消えた。

 

「田代さん。こちらが院長の山上さんです。まだ、面会されてなかったので待っててもらったんですよ。」と、多田税理士が山上院長を調査官に紹介した。

 

「それはそれは、多田先生。気を遣って頂いて恐縮です。我々も、ご病気とかでない限り、院長先生と一度も面会せずに調査を終了する訳にもいきませんので助かります。」

「私、坂税務署の個人課税第一部門、上席調査官の田代です。よろしくお願いします。」

 

「山上です。よろしくお願いします。」と、憮然とした表情の山上院長であった。

 

「院長、患者さんを待たせているんですよね。もう診察に戻られてください。何か、質問等がありましたら、昼休みにでも声をかけますので。」と、多田税理士は院長に仕事に戻るように勧めた。田代上席調査官も了解。

 

「本日は、売上関係について教えて頂きたいのですが、担当の方はいらっしゃいますか。」

 

「窓口現金と保険請求の担当は、受付の花田ですけど、今は受付で仕事をしておりますので、長時間こちらに張り付かせることはできないんですけれど・・」と、困った表情の礼子。

 

「いえいえ。お仕事中なのは重々承知しておりますので、私の方から受付に方に寄らせて頂いて、時間の空いた時にでも、事務員さんに受付事務の流れや現金の流れなんかをお伺いできれば結構なんですが、よろしいでしょうか。」

 

「先生、どうしましょうか。」と、不安げな礼子は、多田税理士に尋ねるのであった。

 

「そりゃあ、いいんじゃないでしょうか。経理関係の書類はここにありますし、窓口現金の資料は受付に置いてあるようですからね。奥さんも着いていって様子を見られたらいいんじゃないですか。私まで着いていくとものものしくなりますので、私はここで待っていますので。」

 

 田代上席調査官と山上礼子は、応接室を出て行った。受付では、花田桃子が調査官に当日の受付の流れや予約の状況の説明をしたのであった。

 

「うちでは、初診以外は完全予約ですので、必ず次回診察日の日時をこの予約簿に書いているんです。そして、本日の窓口現金は、この現金収支日報に書いて現金と一緒に奥様にお渡ししているんです。」と、緊張した様子の桃子であった。

 

「ああそうですか。では、この予約簿に『装着20万円』と書いてあるのはどういう意味ですか。」と、予約簿の該当場所を指差して質問する田代上席調査官。

 

「はい。うちは、歯列矯正も行っておりまして。んで、うちは、矯正装置を装着した時に矯正料を頂くことにしていますので、次回の診察では矯正料がいくらかかるのか患者さんにお話しているんですね。そして、予約簿の次回の診察日のページに『○○さん装着20万』とか書いておくんです。」と、予約簿の説明をする桃子であった。そして、この予約簿から問題が勃発することを誰も予想はしていなかったのだ。

 


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