タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?)  第9章

 

(多田税理士は、沖山税理士との「トイレ電話」により税務調査の対応を伝授され元気を取り戻したのであった。)

 

 山崎調査官から修正申告に応ずるのか迫られていた多田税理士は、大きく息を吸ってゆっくり吐き出し、気持ちを落ち着けてから話し出すのであった。

 

「はい。では、修正申告の慫慂に関しまして、お返事します。時価取引違反とやらで、お互いに契約をした地代が時価に比べて安すぎるというご指摘の件につきましては修正申告することはありません。そして、今後も契約書どおりの地代をもらいますし、契約書どおりの地代収入として不動産所得の申告をします。」と、きっぱり結論から話す多田税理士。

 

「あれ〜。多田先生。以前と様子が変わられたようですね。いいんですか、そんなにはっきり言っちゃって。あんなに口ごもっていたじゃあないですか。」と、あまりの豹変ぶりに驚く隆であった。

 

「えっ。いやあ、ふ普通ですよ・・。いつも、こんな感じなんですけど・・。トイレで、考えを整理していたら頭がスッキリしたんですよ。そのお・・説明する道筋がはっきりしたといいますか・・。」と、何事もなかったかのように装う多田税理士。

 

 修正申告の慫慂をキッパリと断られた山崎調査官は、憮然とした顔で多田税理士を見ていた。

 

「どういう理由で、修正申告しないとおっしゃるんですか。理屈はどうであれ、我々の指摘に従った方がいいんじゃないですか。後々、困ることになっても知りませんよ。まあ、金額については、ご相談に乗っても良いと思っているんですけどねえ。」と、山崎調査官。

 

「いやいや。まずは、法律なんですから、理屈が第一ではないですか。そんな、理由のない修正申告なんてできませんよ。まずですね、時価取引違反とやらの件ですがね、確かに法人は時価取引が強制されることは分かりますよ。価値の移動があれば、無償であっても、益金と損金を認識するのが法人税の立場ですが、それは、法人に適用されるのであって、取引の相手方が個人の場合に、その個人にも時価取引が強制されると法人税に書いてあるのではありませんよね。個人の課税は、所得税が適用されるべきですよね。」と、山崎調査官の目をしっかりと見て話す多田税理士。

 

「それで、個人の不動産所得の申告の場合には、総収入金額から必要経費を差し引いた金額が不動産所得ですが、その総収入金額は、その年において収入すべき金額だと規定されています。所得税法36条ですね。その、収入すべきとはですね、時価で収入すべきという意味ではなくて、当事者間の契約で決めた金額のことなんです。時価よりも安かろうと、相手と契約した金額を総収入金額とすればよく、契約金額以上の地代収入で申告する義務はありません。」

 

「またですね。法人が時価より安い地代であろうと、無償の地代であろうと、賃貸借契約があるものとして取り扱われてしまいますよね。それで、地代の金額が時価まで引き揚げられて損金が拡大したとしても、その引き揚げられた金額は支払っていないのだから、債務免除益と同じことになって益金となって、結果、プラスマイナスゼロで法人の所得は増加しません。」

 

「つまり、あなたが言う時価取引違反であっても法人も所得が増加することはありません。あっ、今回は法人の調査ではないので法人の取り扱いは関係ありませんが・・」と、勢いがつく多田税理士。

 

「また、地代の時価は年率6%で計算される、イワユル相当の地代は高すぎると考えます。これは、借地権を無償で返還する契約をした場合に、相当に高い地代を払うことで底地の価値が借地人に移転していないので、借地権の贈与があったとは取り扱わないという場合の地代年率であって、今回のように無償返還の届出も何も税務署に提出していない場合には適用されるべきではないんですね。つまり、借地権が法人に無償で移転したのだけど、その法人への借地権の贈与の課税が行われたものとして、その後の税務の取扱をすべきであって、地代年率も底地に対する年率であるべきで、仮に年率6%が地代の時価としても、借地権割合が30%とした場合の、その土地の賃料は6%に底地割合の70%をかけて4.2%と計算されます。でもこれも、地代率としてみれば、高いですね。我々の調べた1千件程度のデータでは、年率2〜3%程度の地代率で十分となっています。ちゃんとした資料にまとまっていますから、必要であれば、後日文献のコピーを差し上げても結構です。ここまではいいですか。」

 

「・・・」両手をそれぞれ左右の膝の上に乗せ、黙って聞いている山崎調査官。混乱しているようだ。

 

「わ、分かりました。私共の指摘で修正申告された税理士さんもいらっしゃるので、今回の先生のご意見は署に持ち帰って検討させてください。特に、借地権は複雑な税務ですので気をつけねばなりませんので若干お時間を頂かねばなりませんかもしれませんがよろしいでしょうか。」と、山崎調査官は、多田税理士と隆の双方の顔を見比べながら話すのであった。

 

「ああ、いいですよ。じっくり検討されてください。当方は、修正申告しないだけですから。時間は関係ありませんからね。ね、戸田さん。」

 

「はい、もうわたしゃあ何の文句もありません。何もしなくていいんですからね。」と、笑顔の隆。

 

 山崎調査官は、次回訪問日は多田税理士に連絡すると言い残し帰っていった。

 

「いやあ、多田先生。立て板に水のごとき解説、大変感心いたしました。なんか、トイレから出られてから人が変わったようになられましたね。うちのトイレってそんなにリフレッシュできるんすかねえ。いや〜。大したもんだったですよ。」

 

「いやあ。当初は、いきなりの話だったんで頭を整理するのに時間がかかったんですよ。しっかり、整理すればちゃんと説明できるんですよ。」と、トイレ電話のことは話さない多田税理士であった。

 

税務調査後の雑談中に隆の携帯電話が鳴った。

 

「ああ、姉さん。今丁度、税務署の人が帰ったんだよ。多田先生がすごかったんだよ、姉さん。ホントだよ。やっぱり姉さんが紹介してくれた税理士さんだね。ありがとう。」と、喜ぶ隆。

 

「あ、そうそう。今日はもう仕事は終わりでしょう。今から、お店に来ない。多田先生もいらっしゃるんで、食事に来ない。お礼も兼ねてだからさあ。そうしてよね、姉さん。うんうん。あっ、良いんだね。良かった〜。多田先生にもこのまま居てもらうように言っとくからね。」と、携帯電話を切って多田税理士に向かって深々と頭を下げる隆であった。

 

 

「多田先生。本日は、大変ご苦労様でした。お仕事の支払いはキチンとしますから、今日は僕のお礼の気持ちですので食事をしていってください。もうすぐ姉さんもきますので。」

 

「お礼だなんて、いいんですけど・・。」と、言いつつキヨに会えると思うとウキウキする多田税理士であった。

 

しばらくしてから、キヨが隆の店に現れた。

 

「あら〜、多田先生。随分とご活躍していただいたようで、弟も喜んでいましたわ〜。」と、キヨのねぎらいの言葉に喜びを噛み締める多田税理士であった。

 

「いやあ。まあ、キチンと順序立てて考えれば分かることですよ。ははは。」

 

 キヨの声を聞きつけて隆が店内に現れた。隆は、税務署員が多田税理士の話を持ち帰ったことを嬉しそうに話すのであった。そして、キヨの耳元に何かをささやいた。

 

 キヨも隆の話を笑顔で聞いていたのだが、耳元での隆のささやきに一瞬顔を曇らせた。が、すぐに、笑顔に戻ったのであった。

 

 当日、思いがけずキヨとの食事が叶った多田税理士は、至福の時間を過ごせたのだった。がしかし、山崎調査官は再度現れることになるのであった。


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