タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?)  第8章

 

(多田税理士は、長時間「トイレ電話」で沖山税理士から地代の説明を受けていた。詳しい調査事例の話であった。)

 

 多田税理士がトイレに消えて20分は経過した。店内では、店主の戸田隆と山崎調査官がテーブルに向かい合って座っていた。両名とも、多田税理士がトイレからなかなか戻ってこないのでイライラしている。

 

「遅いですねえ〜。多田先生は・・」と、山崎調査官。

 

「そうですねえ。ホントにいつまでトイレに行ってるんだか。私ら、小さい時から、男はメシとトイレは早くしろってうるさく言われましたんでね。なんか、男の長いのはイライラしますねえ。」と、隆。

 

 二人のイライラなど、何も知らない多田税理士は、沖山税理士のレクチャーを興味津々で聞いていたのであった。時間の経過などまったく頭にないのだ。

 

「沖山先生。慣行がない、という証明は不可能だと思うんですが・・。ある、ということの証明は、実際の事例があるでしょうから、簡単に証明できるんでしょうけれど・・。」と、多田税理士。

 

「うん。普通は、多田さんのように考えるよね。でもね。逆もまた真なり、でね。それじゃあ逆にね、慣行があるということの証明ができない、となるとどうなると思うね。」と、沖山税理士。

 

「はあ。慣行があるということが証明できないとなれば、少なくとも慣行があるとまでは言えないということでしょうか。」

 

「そう。その通り。少なくともね、土地の賃貸借が行われる事例は存在するよね。そこでね、権利金の認定課税が行われる条件は、借地権が設定された時に、つまり、今回のように個人地主が法人に法人所有の建物を建てさせて地代をもらう契約をした場合にね、権利金をもらうという慣行があることだよね。だとすれば、土地の賃貸事例を調べて、その土地賃貸の事例の中に権利金をもらった事例がどれだけあるかが問題だよね。権利金をもらう事例が相当数あれば、権利金をもらう慣行があると言えるし、事例がほとんどなければ、慣行があるなどとは言えないよね。だって、慣行って、『前からあるならわしとしておこなわれていること』でしょう。事例があることよりもっと頻度が高いよね。」と、よどみなく解説する沖山税理士であった。

 

「あっ。そうですね。慣行がないということの証明と言うよりも、権利金をもらう慣行があるとまではとても言えない、ということが示せれば十分な訳ですね。権利金をもらう慣行があるって証明できなければ、権利金の認定課税の大前提が無くなってしまいますよね。そうですよね。」

 

「そういうこと。土地取引の事例を調べてみれば、そんなに権利金をやり取りする事例は、この九州には少ないと思うよ。事例はあっても、慣行があると言えるほどの数はないと思うよ。それで、実際に調査してみることにしたんよ。」

 

「へえ〜。慣行というものを調べるやり方は理解できたような気がするんですけど、でも、どうやってそんな九州中の土地の賃貸事例を調べるんですか。」

 

「うん。それで我々税理士の登場となる訳よ。」

 

「えっ、我々税理士の登場ですか。税理士で何かできるんですか。私じゃ皆目検討もつきませんよ。」

 

「我々税理士のお客さんのほとんどが中小企業だよね。それも、法人に至っては、ほとんど顧問税理士が関わっているよね。それでね、我々税理士は、顧客企業の土地の賃貸取引などは必ず把握してるよね。少なくとも、自分のお客さんの土地の賃貸借の状況は分かっているよね。でないと、税務申告できないならねえ。だとすれば、我々税理士が、権利金をやり取りする事例を沢山知っていれば慣行があるということに近づくことになるし、事例がすくなければ慣行があるとは言えないということに近づくことになるよね。だって、企業の経済活動に精通している訳だからね。権利金のやり取りの慣行も当然精通しているはずだよね。」

 

「はあ。まあ、企業の経済活動については、少なくとも自分のお客さんについては知ってますよね。」なるほど、と頷く多田税理士。

 

「うん。それでね、福岡・坂・中崎の税理士全員に土地の賃貸借についてアンケート調査をすることにしたんよ。土地だけを賃貸している事例を聞いてみることにしたんよ。そして、土地を貸した相手が親族や同族関係者か特殊関係者でない者かも聞いたんよ。それと、土地のみの賃貸で権利金や敷金や地代の有無と地代年率も合わせて聞いてみることにしたんよ。そして、そのアンケートの結果を『借地権を巡る実務問題』の資料集に掲載したんよ。」

 

「で、その結果はどんな風になったんでしょうか。今、お話を聞くことができますでしょうか。」と、結果が気になる多田税理士であった。

 

「うん、分かった。えーっとね、ああ、あった。ここ。あのね、九州北部税理士会の会員は約2,000名位いてね、全体の平均のアンケート回答率は約24.4%でね、回答数は603人だね。この回答をくれた税理士の内418人は土地のみの賃貸事例はないと答えたね。回答数の約7割程になるよね。土地のみの賃貸事例がある税理士は185人で、その事例数は1,241件だね。で、この取引事例のあった中で、権利金等の一時金を授受した取引総数は、わずか10件だったんよ。少ないよね。事例のわずか0.8%しかなかったんよね。権利金等の授受はね。」

 

「へー、1,241件の内たったの0.8%の10件しか権利金のやり取りがなかったんですか。それじゃあ、権利金のやり取りをする事例も少ないし、ましてや慣行があるなどとはとても、いや、かなり、いや、ほとんど言えないことになりますよね。沖山先生。」

 

「そうね。この調査からはね、九州の北部地方において、権利金の授受の慣行は有るという結論は導き出せないと判断していいと思うんよね。」

 

「いや〜、先生為になる話をありがとうございました。長々とお話していただき助かりました。」

 

「うん。でもあんた、調査の最中じゃなかったとね。随分話したけど大丈夫、調査の方は。」

 

「あっ、もうこんなに時間が経っていたんですね。うわー30分も経っている。先生、今から調査の現場に戻ります。急な電話ですみません。色々ありがとうございました。」と、あわてる多田税理士。

 

「はい。はい。」と、軽く返事をして携帯電話を切る沖山税理士であった。

 

 急いで、店内に戻ると、テーブルに山崎調査官と隆が向かい合わせで座っていた。二人とも憮然とした表情をしていた。

 

「いや〜、大変申し訳ありません。お腹の調子が絶不調で。終わったかなーと思ったら、またすぐ、もよおしてきまして。いや〜、すみませんね。こんなことは初めてなんです。」と、ニッコリ笑顔の多田税理士。

 

「多田先生。お腹の調子が悪い割には、なんか顔色いいですよ。先ほどとは別人のようになさってますね。落ち着いていらっしゃるような感じもしますけど。」と、怪訝な表情の隆であった。

 

「多田先生。私の方は、もうそろそろ署に戻らなきゃいけない時間なので、話を早くしたいんですけどねえ。」と、イラついた表情の山崎調査官であった。

 

「いや〜。ホントすみませんね。携帯電話で話がはずんじゃって。あっ、いや。その。携帯電話って便利ですよね。トイレにも持っていくんですよ私は。いつ電話がかかってくるか分かりませんからねえ。ハハハ。」と、多田税理士は話をはぐらかしながら、山崎調査官からの修正申告の慫慂について、どのように反論するのか頭の整理をしていた。

 

「修正申告はどうするんですか。するんですか、しないんですか。」と、迫る山崎調査官。

 

 多田税理士は、自信に満ち溢れた表情になっていた。


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