タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?)  第7章

 

(多田税理士は、沖山税理士から「収入すべき金額」の意味などをトイレの中で携帯電話を通じて教えてもらっていた。)

 

「地代率だね、つまり、地代の収益率のことだけどね、地代の年額をその土地の時価で割って計算することは分かるよね。」と、分かりやすく説明する沖山税理士であった。

 

「あっ、はい。分かります。分かります。」

 

「でね、私達が調べた地代率なんだけどね、年率2〜3%程度が妥当な地代率だと分かったんだよ。つまりね、貸しビルの家賃収入から地代率を推計するやり方やね、月極め有料駐車場151件の駐車料金から地代率を推計するやり方をしたんだよ。簡単に説明するとね、貸しビルの場合はね、家賃収入から経費を差し引いた利益を建物の利益と土地の利益に区分することにしてね、建物の利益率を建物の取得価額の年率6%を仮定して、残りの利益が土地の利益と仮定して土地の地代年率を計算したんだけどね、それでだいたい3%前後の地代率になったんだよ。」と、沖山税理士は自身らの地代率の調査事例を話すのであった。

 

「それでね。私達が調べた福岡市内の月極め有料駐車場の駐車料金の場合はね、件数で151件でね、中には数件かなり低い率のものもあったけど、地代率はね平均で2.32%になったんだよ。十分な調査事例数だから説得力はあるでしょう。ね、多田さん。」

 

「151件とはかなりの数ですね。ちなみに、貸しビルの場合は、我々税理士は顧客のデータを持っているんで調べられるでしょうが、月極め有料駐車場の駐車料金からどうやって調べるんでしょうか。」と、首をかしげる多田税理士であった。

 

「うん。それはね、暮しの友社の《‘93家賃調べ》という本に月極め駐車場の住所と駐車料金が掲載されててね、それで、その土地の路線価もわかるでしょう。そしてね、車両1台当りの駐車スペースと最低の道路幅で面積を21.25uと想定すると、その月極め駐車場の土地の相続税評価額が分かるでしょう。そうすれば、地代率も計算できるでしょう。分かるよね。」

 

「あ、はい。よく分かります。そういう手があるんですねえ。スゴイですね。でも、どうして、そんな難しくて面倒なことをされたんですか。」と、沖山税理士達の地代率の調査の理由が分からなかった。

 

「うん、それはね。日本税理士会連合会の主催でね『日税連公開研究討論会』というのが開催されているんだけどね、平成6年は九州北部税理士会で担当することになってね、それで、私達は『借地権を巡る実務問題』というタイトルで研究発表することになったんよ。それで、研究チームを作ってねみんなで勉強したんよ。今ね、その時配った参考資料を見ながら話しているんよ。製本されててね221ページもあってね、なかなか立派なもんだよ。」

 

「せっ先生。その資料手に入りますか。」

 

「ああ、うんいいよ。私が余分に持っているから、今度研究会の時にでも持ってきてあげるよ。」

 

「あ、わざわざありがとうございます。」

 

「うん、分かった。それで、私達の調査では、地代の年率はせいぜい2〜3%程度で十分なことが分かったんよ。相当の地代6%なんて税務署は言うけれどなんの根拠もないんだし、年率にたってべらぼうに高いとしか言いようがない、というのが私達の結論なんよ。」

 

「あ、ありがとうございます。地代年率のことは分かりましたけど、賃貸借の偽装の件なんですけど、どう考えればいいんでしょうか。」

 

「うん、今回のすし屋さんのように、建物を所有している法人が借地人で地主が個人の場合でね、借地権を無償で返還する届出書を税務署に出していない場合はね、例え地代が無償だったとしても、使用貸借は認めずに賃貸借の偽装だと法人税では捉えてる訳ね。それで、地代の支払いはあったので通常の地代分については損金となるけれど、その支払いを免除したことになるので、同額の債務免除益、つまり、企業会計で言う雑収入という益金が発生するので、結果、法人サイドは所得金額は0円となって、なんの課税もない訳よ。」

 

「あっ、やはりそうですか。これは、税務署員が言ってたことと同じですね。つまり、底地の地代相当の通常の地代であっても、土地全体の地代である相当の地代であっても、地代が発生して免除される訳だから法人サイドの課税の問題は発生しないんですね。」と、少しは理解が進んだ多田税理士であった。

 

「じゃあ、沖山先生。今回の税務署員の言うように、地代が少なかったとして、相当の地代までの地代の収入不足ということで修正申告した場合にですね、地主の個人は所得税・住民税が増えるんだけども、借地人である法人サイドは法人税が戻る訳ではないんですね。それってなんか不合理ですよね。あっ、そうかだから修正申告しちゃあいけないんだ。ね、先生。」

 

 

「そう、そんな不合理な理由での修正申告なんかしちゃあいけないよ。不動産所得の収入すべき金額とは、契約した地代のことであって、相当の地代でも通常の地代でもないんだからね。個人地主には、所得税法36条の適用があるべきなんだよ。そして、相当の地代の年率6%とはなんの根拠もない数字だし、土地の地代率としても高すぎるってこと。いいね、多田さん。」

 

「はい、よく分かりました。先生ありがとうございます。これから、調査の現場に戻って話すことにします。でも、先生、先ほどの『借地権を巡る実務問題』という資料集は貴重な存在ですね。だって、借地権の問題って条文や通達に書かれてることが問答集にもそのまま書いてあるだけで、分かりにくいことこの上ないですね。」と、ぼやく多田税理士。

 

「そうなんよ。福岡市内なんかでもまとまった土地だと数千万円もざらだし、場合によっちゃあ数億円にもなるでしょう。借地権割合が30%40%だとしても、数千万円の財産になるのだけれど、その取扱について明快に記載してある図書はないんだよね。それで、借地権を私達の研究テーマにしたんよ。だってさあ、借地権が設定された土地が、権利金をやりとりする慣行のある地域に存在するかどうかなんて、分かる資料はないからねえ。」

 

 つまり、今回の法人借地人で個人地主の場合、法人に建物を建てさせた場合、土地を借り続けられる権利としての借地権が借地借家法で保護されることになるので、その借地権という財産が借地人に移転してしまうことになる。そして、その土地が東京23区内のように借地権が設定される際には、借地権相当額の権利金という一時金をもらう慣行のある地域であるのに、その権利金をもらわないと、借地人である法人は借地権を地主から贈与されたことと認定されるのだ。

 

 権利金の認定課税ということなのだ。法人税法施行令137条のことである。では、「慣行」とはいったいどういうことかと言えば「前からならわしとしておこなわれること。」(旺文社・国語辞典)である。東京のどこまでが権利金の取引慣行があるのだろうか。九州の天神だったら慣行があると言えるのだろうか。

 

「そうですね。地代が安すぎるなどという不合理な修正申告に応じてきた納税者や税理士が存在していただろうことも、複雑な借地権のことを考えたくない、という思考停止状態を作ってしまったのかも知れませんね。今回の税務調査官もその複雑さを利用して修正申告を迫って成功した体験を持っているんでしょうねえ。」と、ため息を洩らす多田税理士であった。

 

「そうだね。慣行っていうやっかいなものの証明は難しいからね。あるという証明は簡単だよね。だって、昔からの慣わしだから当たり前に存在してる訳だからね。これが、慣行がないという証明は難しいよね。だって無いことを証明することになるんだからね。」

 

「そうですよね。どだい慣行がないなんて証明できる訳がないですよね。」

 

「うん。でも、その慣行がないことの証明にチャレンジしたんだよ、今回の公開研究討論会の研究ではね。」

 

「えっ、そんな慣行がないことの証明なんてできるんですか・・・」と、唖然とする多田税理士であった。


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