タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?) 第15章

 

(多田税理士は、トイレ電話に夢中になっていた。沖山税理士の地代の事例の話を理解しようと必死であったので、トイレを空けることを遅らせていた。)

 

 トイレから戻ってきたのはキヨであった。トイレを空けるよう催促していたのはキヨだったのだ。しかし、中から一向に出てこないので、隆の店のトイレを借りることを諦めたのだった。厳しい表情で、早足で出口に向かうキヨ。

 

「あっ、姉さん・・どうしたの・・」

 

「あたし、帰る。」と、言い残しキヨは隆の店を出て行った。山崎調査官も、キヨの急な様子に驚いた様子だ。

 

「あ〜あ、姉さん。確実に怒ってたね。『早飯、早便』に妙にこだわっている人だからなあ。小さい頃なんか『男がいつまでもトイレに入ってんじゃないよ』ってドアを叩いてたっけ。」と、ブツブツとキヨが出て行った出口を眺める隆であった。

 

 キヨが、店を出た頃、多田税理士と沖山税理士の会話は終わりに近づいていた。

 

「先生。地代年率2.5%程度とは、経済の実態として合理的な地代だということが、先生の説明でよく分かりました。先生達がまとめられらた『借地権を巡る実務問題』という資料集に先ほどの福岡の不動産賃貸の事例も掲載されているんですね。」と、多田税理士。

 

「うん、そういうことだよ。だから、口頭で説明しても調査官が納得しないなら後日その資料のコピーを提出することも可能だってことなんよ。だから多田さんも安心してしっかり調査立会いに頑張りなさいね。」

 

「はい、先生。ありがとうございます。」と、多田税理士の長時間のトイレ電話は終了した。

 

「あっ、そういえば。ドアを叩かれていたんだったよなあ。ありゃああ。早くでなくっちゃ。あたた、足がしびれてしまった。あたた、あたた。」と、ふくらはぎをさすったり、屈伸したりと脂汗の多田税理士、やっとのことでトイレのドアを開けて近くを見ると誰もいなかった。

 

「あれえ、どおしたんだろう。トイレが空くのを待ってる人がいたはずなんだがなあ。」と、つぶやきながら店内に戻ってきた多田税理士。

 

「多田先生、随分長いトイレでしたねえ。姉さん、随分と待ってたんですけど、先程怒って帰っちゃいましたよ。姉さんね、男の『遅飯・遅便』」大嫌いなんですよ。それに、税務署の人もいて恥ずかしかったんじゃないかなあ。」と、隆。

 

「えっ、そうなんですか。キヨさんだったんですか。言ってくれればすぐにでも出れたのに・・。電話してただけですから・・。あっ、いやその電話はしてないんですけど・・・」と、申し訳なさで頭がいっぱいになった多田税理士であった。

 

「そうそう、なんかこうキツク思いつめた表情で出て行かれましたよ。」と、山崎調査官。

 

「へ、そうなんですか。」と、意気消沈の多田税理士。

 

「それはそうと、多田先生。地代の時価である年率6%の相当の地代での収入金額で、不動産所得の修正申告をお願いしたいのですけど、よろしいですか。なんとかいい返事を聞きたいのですけどねえ。」と、多田税理士の狼狽もなんのその、強気の態度の山崎調査官。

 

「え〜っ、ちょっとちょっと待って下さいよ。今、トイレから出たばなかりなんでね。」と、キヨを怒らせてしまったことに動揺してしまった多田税理士であった。

 

「多田先生もご存知ののうに、所得税法157条の同族会社の行為計算の否認規定がありますからね。」との、山崎調査官の発言に、調査立会い中であること気付いた多田税理士は、沖山税理士からのレクチャーを思い出し反論に取り掛かるのだった。

 

「キヨさんのことは少し置いといて・・。あそうそう、所得税法157条の件でしたよね。そもそもがですよ、同族会社の行為又は計算の否認規定は、税務署長が行うものであって、納税者の修正申告の根拠条文ではないという点を忘れてはいけません。ですから、税務署から同族会社の行為計算の否認規定で否認しますよ、と言われれば、どうぞ、課税処分をするのは税務署のお仕事でしょうから、お好きにどうぞっていうことになります。」と、調査立会いに集中してきた多田税理士である。

 

「そもそも、同族会社の行為計算の否認規定は、同族会社と株主との取引をそのまま認めたら、株主の所得税の負担を不当に減少させる結果になると認められる場合に、税務署長が更正処分することになっているのだから、今回の戸田さんの地代に関して、所得税の負担を不当に減少させる結果にはなっていないのに同族会社の行為計算の否認規定を持ち出すこと自体間違った解釈だと思います。」

 

「つまり、株主が世間相場より高額な不動産管理料を同族会社に支払って、株主自身の所得税の負担を大幅に引き下げていたのだったら、同族会社の行為計算の否認規定で、税務署長から更正処分を受けても仕方のないことだと思いますよ。でも、今回の場合は、必要経費の過大計上ではないですね。不動産所得の収入金額のことですから、所得税法36条では収入すべき金額とは、相手方と契約をした金額のことですから、戸田さんと会社との間で取り交わした契約書の通りの地代を受け取り、また、収入金額としていることに何の間違いも、法律の適用誤りもありません。」と、冷静さを取り戻す多田税理士であった。

 

「それに、現状の地代率は年2.5%程になるのですが、これが年率6%の相当の地代率より低いから、その分収入金額が少なくなって、結果、不動産所得が不当に減少する結果になったと主張されるのだったら、その論拠を示してください。どうして、年率2.5%の地代率ならば、所得税の負担を不当に減少させる結果になると言えるのでしょうか。論理的に説明して下さい。当方は、地代年率2.5%程度の場合、経済の実態として適当だと考えています。福岡市で、駐車場の料金を調べた事例もありますし、実際の貸しビルの地代年率も調べた事例があります。論文として製本してありますから、その事例を後日コピーすることは可能です。その研究では、2〜3%程度の地代年率で賃貸されていたんです。ですから、相当の地代年率の年6%より少ない地代年率だからといって、不当に所得税の負担を減少したとは言えないと解釈します。」

 

「逆に、どうして年率6%の地代年率が所得税の負担を不当に減少させない妥当な地代年率と言えるんでしょうか。その論拠を示してください。どうして、地代年率6%までの収入金額の不足があったとして、修正申告しなければならないんでしょうか。」

 

「仮にですが、税務署が同族会社の行為計算の否認規定で否認することを理由に納税者に修正申告させたら、税理士である私は、修正申告する正当な理由がないのに納税者に修正申告をさせて納税させてしまったことになって、そりゃあ損害賠償ものですよ。理由のない修正申告をさせたことになる訳ですからね。」と、勢いに乗って話す多田税理士。じっと、話を聞く山崎調査官であった。

 

「今までにね。あなたの指摘したとおりにね、同族会社に払う地代が安すぎると、それは、地主である株主の所得税の負担を不当に減少させているので、同族会社の行為計算の否認規定で、更正処分をすると言ったことを根拠に修正申告をした税理士や納税者がいたからといってもね、それは間違った修正申告を慫慂したことになりますよ。公務員が納税者に間違った修正申告をさせていいんでしょうかねえ。職権乱用のような気もしますが、いかがなものでしょか。」

 

「では、所得税法157条の同族会社の行為計算の否認規定を使うことになってもいいんですか。」と、やや力のない目の山崎調査官。

 

「はいどうぞ。できることであるならば、どうぞ。青色申告ですから、しっかりと、更正処分の理由を書いて下さいね。年率6%まで課税されねばならない理由とやらを教えてもらいたいものです。どうして、修正申告せねばならないのか、当方ではさっぱりその理由がわかりませんからね。」


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