タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?) 第13

 

(多田税理士は、沖山税理士から同族会社の行為計算の否認規定を根拠に修正申告をしてはいけないと教えられ絶句してしまった。)

 

『ああ、山崎調査官の指摘に従って修正申告させなくてよかった〜』と、安堵する多田税理士であった。

 

「先生。貴重なお話ありがとうございました。同族会社の行為計算の否認規定にひっかかるから修正申告しましょうなどと言ってしまって、本当に修正申告させてしまっていたらとんでもないことになってましたね。いや〜助かりました。でも、先生。なんで税務署員は、税務署長がする課税処分の条文なんかを修正申告の根拠条文と言うんでしょうか。本末転倒だと思うんですが。」と、沖山税理士に質問する多田税理士であった。

 

「そうだね。ちょっと考えれば分かるんだけどね。同族会社の行為計算規定に引っかかるから更正処分をします、と課税庁の見解を説明するんなら分かるけど、修正申告の根拠条文だと主張するとはねえ。多分、税務署としては、更正処分することになるから、その前に修正申告したらどうね、と迫られた税理士が深く考えずに、修正申告書を書いてしまった事例があったんだろうね。そうでなきゃあ、同族会社の行為計算の否認規定を修正申告の根拠条文だとはとても考えられないからねえ。そう思うやろう、多田さん。」

 

「はい。今はそう素直に思えます。課税処分されるのがいやなら修正申告しろと言うことなんですね。」

 

「うんまあそういうことだったのかも知れんねえ。それにしても、そんな理屈にもならない無茶なことを言ってまで修正申告させたいのかねえ。情けない話だねえ。」と、嘆く沖山税理士であった。

 

 多田税理士が長時間のトイレ電話の最中、すし店の店内は気まずい雰囲気が漂っていた。山崎調査官は、誰の目にも分かるような不機嫌な顔をし、机の一点を見つめていた。ひそひそ声で、隆がキヨに話す。

 

「姉さんところで、午前中にお店に来るなんて珍しいよねえ。なんか、あったの。こないだお裾分けしてくれた時も夕方だったじゃない。」

 

「うん。今日も夕方来ようかなって思ってたんだけど、今日は、ちょっと体調がすぐれなくってねえ。それでねえ・・・・。」と言って黙り込むキヨであった。

 

「ん。どうしたさ姉さん。どこか具合でも悪いのかい。うつむいちゃってさあ。」と、心配そうにキヨの顔を覗き込む隆であった。

 

隆の耳元に手を当てて小声で話すキヨ。

 

「実はねえ。今朝からお腹の調子が悪くってさあ。かなりキツイ下痢だったんだけど、すぐに治まったから外出したんだけどねえ。さっきまた急に下腹が痛くなってねえ。丁度、隆のお店の近くだから、おトイレ貸してもらおうと思って寄ったのよお。なによ。恥ずかしいこと言わせないでよお。」

 

「なんだ、そんなことかあ。どうぞどうぞ、お気軽にどうぞ。あっ、そうか。今は多田税理士さんがトイレ使っているんだ。それにしても長いよなあ多田先生のトイレは。こないだも長かったもんなあ。」

 

「まだ、大丈夫だけどさあ。でも、男のトイレが長いのってなんかいやよねえ。隆。昔とおさんがよくいってたじゃない。ねえ。」

 

「ああ、『早飯、早便、芸の内』ってよく言ってたねえ。よく覚えているね姉さん。おかげで俺は、どっちも早いんだ。へへ。」と、人差し指で鼻の下をこすっておどけてみせる隆。

 

「そうよねえ。仕事ができる男ってテキパキとしてなくちゃねえ。そんな、トイレなんかで人を待たせるなんて家族だって嫌だよねえ。ところで、隆。多田先生こないだもトイレ長かったんだよねえ。」

 

「うん、この前の調査の時もトイレに入っちゃって、なかなか出てこなかったんだよ。でも、なんか、トイレから出てくるとすっきりしたのか、なんかこう逞しくなっちゃってねえ、立て板に水とばかりに調査官に話していたねえ。」と、前回の税務調査での多田税理士の様子を振り返る隆であった。

 

「・・・」再び無言でうつむくキヨであった。

 

 沖山税理士の話を夢中で聞いている多田税理士にとって、長時間トイレを占拠してしまっているなどといことは気付いてもいなかった。もっと、沖山税理士の解説を聞きたいと思う多田税理士であった。

 

「じゃあ、先生。所得税の負担を不当に減少させると税務署長が判断した場合に、税務署長は所得税を増額させる更正処分ができるんでしょうけれど、そもそも、『不当に減少』させるとはいったいどのような基準があるんでしょうか。」と、多田税理士。

 

「明確なこれといった基準はないとしか言えないよ。」

 

「えっ、そうなんですか。じゃあどんな状況でも税務署長が不当に所得税を減少させていると思ったら、同族会社の行為計算の否認規定で更正処分を受けることになるんですか。そうだとすれば、なんかへんですよねえ。」

 

「どんな状況でもということはないよ。だって、同族会社の行った行為や計算で、これを容認した場合に、その株主等の所得税の負担を不当に減少させる結果となってしまう場合に更正処分をするという条文だから、少なくとも不当な減少については、客観的な証拠も必要になってくるし、更正処分するにしても、青色申告の場合には、理由を書かなければならいから、なんでも自由に、同族会社の行為計算の否認規定で更正処分できる訳ではないんだよ。」

 

「じゃあ、先生。例えば、個人が自分が株主である会社に不動産管理料を支払う場合、第三者だと年間100万円が時価相場だけれど、自分が株主の会社には年間1,000万円支払っていた場合などは、同族会社だからこそ世間相場以上の不動産管理料を支払って株主である個人の所得税の負担を不当に減少させる結果になると思うので、同族会社の行為又は計算を否認する規定を適用されて更正処分を受けることがあるという訳ですね。」

 

「うん。その通りだよ。多田さん分かってきたね。」

 

「はい、ありがとうございます。では、この場合、不動産管理料は世間相場では年間100万円程度が相当であることが納税者の情報収集でも理解できた場合にですね、年間900万円部分は必要経費ではなかったものとして、必要経費を減少させて、つまり、所得を増額させ、そして、所得税額を増額させる修正申告を行うことは可能なのでしょうか。」

 

「うん、可能だと思うよ。よほど通常より高額の不動産管理料を支払うべき状況がない限りではね。所得税法37条の適用に誤りがあって、必要経費でないものを必要経費に加えていたと認めて修正申告することはあり得ることだろうね。これは、所得税法157条の同族会社の行為計算の否認規定を適用して修正申告したことではないんだよ。分かるね、多田さん。」

 

「はい、過大な不動産管理料については、必要経費に関して規定している所得税法37条の適用に誤りがあったので修正申告することができるのであって、仮に、納税者が修正申告しない場合には、税務署長が所得税法157条の同族会社の行為計算の否認規定で更正処分をすることになる訳ですね。」

 

「うん。それで、今回のすし屋さんの地代の件は、不動産所得の収入金額に関して規定している所得税法36条の適用に誤りがある訳ではないんだよねえ。つまり、不動産所得において、総収入金額に算入すべき金額は、別途特別に規定する場合を除いては、その年において収入すべき金額と規定されているであって、このすし屋さんの場合は、きちんと自分の会社との契約によって約束した金額を総収入金額に算入しているのであって、それは所得税法36条の適用に誤りはないことになるよね。」と、沖山税理士の解説は続く。

 

 キヨの表情がまったく冴えない。椅子に座りうつむいたままじっとしている。多田税理士がトイレから出てくるのを待っているのだ。


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