タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?) 11

 

(多田税理士は、山崎調査官から同族会社の行為計算の否認規定の適用があると指摘されて困惑したのであった。)

 

 多田税理士は、所得税法157条などという条文など読んだこともなかったのである。税理士なのに不勉強なのではあるが、税理士試験の税法はほとんど計算に関することばかりが問われるので、にわかに同族会社の行為計算の否認だなどと言われても、どう反応してよいのやら皆目検討がつかないのであった。

 

多田税理士は、『う〜ん。そうかあ、同族会社の行為計算の否認とは、こんな時に適用されるのかあ。税務署員が言うから間違いないんだろうなあ。困ったなあ。やっぱり、地代が安すぎるからかなあ。同族会社だからなあ。他人の会社だったら今の地代より高い地代をもらいたいもんなあ。やっぱ修正申告ということになるのかなあ。はあ〜、面目まるつぶれだなあ。キヨさんもがっかりするだろうなあ。はあ〜』と、落胆しきりであった。

 

「多田先生。地代の時価である年率6%の相当の地代での収入金額で、戸田さんの不動産所得の修正申告をお願いすることになるのですが、よろしいですね。」と、修正申告を慫慂する山崎調査官。

 

無言で、目をつぶり左手で額をさすり考えている振りをしている多田税理士に、しかめっ面になった隆が話しかけようとしたその時、店のドアが開いた。

 

「隆。いる。」と、キヨがレジ袋を肘にかけて隆の店に入って来た。

 

「あっ、姉さん。どうしたんだい急に。」

 

「あら、忘れたの。お客さんから玉葱を沢山頂いちゃったからお裾分けするって言ってたじゃない。ちょっと時間が空いたんで持ってきたんじゃない。」

 

「ああ。そうだったね。ありがとう。今ちょっと税務署員が来ててねえ。調査の真っ最中なんよ。多田先生に来てもらってるんだけどねえ・・」と渋い顔の隆。

 

「あら、多田先生。いつも弟がお世話になっております。」と、店の奥にいる多田税理士に気付いたキヨはニッコリ笑顔であいさつするのであった。

 

急に名を呼ばれた多田税理士はびっくりして顔を上げたのだが、軽く会釈をする程度しかキヨの挨拶に応えることが出来なかったのだ。『あ〜、キヨさんだ。なんで今頃来たんだろう。う〜ん、キヨさんの目の前で修正申告に応じることになるなんて。情けないなあ。せっかく沖山先生から伝授された税務調査の対応も無駄になってしまったのかあ。』

 

「多田先生元気がないわよねえ。なんかあったの。税務調査はスムーズにいってるんでしょう。ねえ、隆。」

 

「それがさあ、今朝はまるで元気がなくてさあ、税務署員が同族会社の行為だの計算だのの否認とか言ってから、多田先生考え込んじゃってさあ。うんうん唸って、何もしゃべらなくなっちゃたんだよ。困ってるんだけど、どうしようもないんだ。」と、奥のテーブル席で向き合って座っている多田税理士と山崎調査官に目をやる隆であった。

 

『あっ、そうだ。ダメもとで沖山先生に聞いてみよう。そうだ。そうしよう。税務署員の言うことを100%鵜呑みにしちゃあいかんよな。確かめなくっちゃな。ここじゃあ携帯電話もかけられないなあ。やっぱ、トイレを借りるしかないか。』と、沖山税理士に電話をかけることを思いついた多田税理士であった。

 

「ちょちょっと待ってくださいね。山崎さん。」

「あのう、ちょっとトイレを貸して頂けませんかねえ。戸田さん。」と、多田税理士。

 

「はい、いいですよ。どうぞ。」と、隆。

 

 急いでトイレに入った多田税理士は、さっそく携帯電話を取り出し沖山税理士に電話をかけるのであった。

 

「はい、沖山です。」

 

「あ、もしもし。坂市の多田税理士です。前回もお尋ねした不動産所得の収入金額についての調査なのですが、先生に確認したいことがありましてお電話したんですけれども、今よろしかったでしょうか。」

 

「ああ、いいよ、でどうなっとるの。」

 

「はい、実は、先日からお尋ねしてました、個人地主が、自分が株主で社長をしている会社に建物を建てさせて地代をもらっているんですけれど、先生からは、不動産所得の収入すべき金額とは、相手方と契約をして決めた金額であって、一種の時価とも言える相当の地代年率6%で修正申告などすることないと教えて頂いて、その旨税務署員に主張したところ、その日は帰っていったんですね。それで、今日再度調査になりまして、今度は所得税法157条の同族会社の行為計算の否認規定で修正申告をするように言われたんですね。」

 

「それで、私も勉強不足でして、同族会社では地主である株主の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、その同族会社の行為や計算を税務署が否認することになるので、それで、今回の税務調査では、安い地代を否認するということになって修正申告することになると考えていいんでしょうか。どうも、所得税法157条って難しいですよね。」と、山崎調査官が指摘する内容を自分なりの解釈で説明する多田税理士であった。

 

「多田さん。あんたの所得税法157条の解釈は間違っとるよ。」と、沖山税理士がポツリ。

 

「へ。でも先程調査官は、はっきり同族会社の行為計算の否認規定が適用されるって言ってましたよ。条文のコピーももらったんです。今、ここにありますので、しっかり見てるんですが、やっぱり、株主や株主と特殊関係のある居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより計算することができる、って書いてありますよ。」

 

「こんなことになることが分かっていたら、前回の調査の時に今回の否認のことも話してもらっていたら、もう前回ですんなり修正申告してたと思います。収入すべき金額について、それが、時価ではなくて、相手と契約した金額だと主張しても、その契約金額では地主の所得税の負担を不当に減少させると税務署に判断されれば、やっぱり、契約した金額より高い年率6%の相当の地代で計算した収入金額で修正申告をしなければならなかったんですね。同族会社の行為計算の否認規定って怖いですね。キヨさんにも期待させちゃって、なんか格好つかないです。」と、一気に沖山税理士に対する不満ともとれる発言をする多田税理士であった。キヨへの思いが暴走発言を誘ったのか。

 

 

「キヨさんちゃなんね」

 

「あっ、いえいえい。調査とはまったく関係のないことです。すみません。」

 

「多田さんね、少し混乱しているようやね。所得税法157条のあんたの解釈は聞いたけど、条文の文言で途中抜け取るのがあるやんね。」と、冷静な沖山税理士。

 

「えっ、いえ分かってますよ。だから、居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果になるような同族会社の行為があれば、その居住者の所得税に係る更正又は決定に際し、その法人の行為にかかわらず税務署長の認めるところによって所得計算できる訳ですよね。それで、確定申告書を提出した後の行政処分が更正で、確定申告書を提出していない場合の行政処分が決定ですので、今回は、更正処分を受けることがわかっているので、自主的に修正申告をしなさいと言ってきているのでしょう。」と、条文のコピーに目を落とし、税務署員の言わんとすることを念頭において所得税法157条の解釈を話す多田税理士であった。

 

「うん。条文の抜けた文言はあんたの言うとおりやけど、解釈が違うんよね。」

 

「はっ、解釈が違うって言われましても、税務署員が言ってる訳ですから、その・・・」

 

 沖山税理士とのトイレ電話の時間は、刻々と延びるのであった。


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