タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第8話『すし屋の地代』

 (〜時価?それとも定価?) 10

 

(多田税理士は、山崎調査官の修正申告の慫慂を沖山税理士に教わった通りの反論で断った。キヨとの思いがけない会食の時間を楽しんだ多田税理士であった。)

 

 戸田キヨの弟である多田隆の所得税の税務調査に立ち会った多田税理士は、一人事務所でニヤニヤしていた。調査立会いの二日後のことであった。

 

「いやあ。キヨさんとの食事会は楽しかったなあ。沖山先生のおかげで、隆さんの税務調査の対応も分かったし、キヨさんもニコニコしてお酌してくれたし、時々俺の肩なんかに手をかけたりしてくれたもんなあ。『ねっ、多田せんせっ』なんて言ってたよなあ〜。へへ。次回会う時は、大人の時間が持てるかも知れないよな。ってなことになったりしたらどうしよおん。」と、顔の神経が緩みっぱなしの多田税理士であった。

 

「いやあ。沖山先生の応援は協力だったなあ。何度も地代収入を上げたところで修正申告を慫慂していた調査官も、まともな反論もせずに署に持ち帰ったからなあ。不動産所得の収入すべき金額は、所得税法36条にあるとおり、相手方と契約した金額が収入すべき金額であって、時価で収入すべきという意味ではないからねえ。いやあ、ごもっともごもっとも。あっ、そうそう、収入すべき金額については、不動産所得に限らず、所得税の各種所得の金額の計算全てに当てはまる事だったよなあ。でも、普段は入金した金額をそのまま収入金額にして申告してたから、改めて収入すべき金額の意味までは知らなかったなあ。」

 

 多田税理士は、沖山税理士からの所得税法36条の解釈を思い出し、税務調査の反省にも余念がなかった。がしかし、キヨとの仲の進展を思案することにも余念がなかったのである。

 

 一人ニヤニヤしている多田税理士事務所の電話が鳴った。山崎調査官からの電話であった。

 

「あっ。多田先生ですか。坂税務署の所得税担当の山崎ですけれども。今、お電話よろしいでしょうか。実は、戸田隆さんの次回の調査の日程なんですけれども、来週の月曜日の朝一でいかかでしょう。できましたら、午前10時でお願いしたいのですけれど。」と、事務的に話す山崎調査官であった。

 

「あっ、そうですねえ。来週の月曜日ですか。ちょっと待ってください。」と、手帳をめくる多田税理士。

 

「ああ、はいはい。来週の月曜日は、私は空いてますけれど、戸田さんには聞いてみないと分かりませんよ。」

 

「じゃあ、戸田さんへの連絡は、多田先生にお願いしてよろしいでしょうか。」

 

「分かりました。当方から戸田さんの方には連絡してみます。もし、先方が来週の月曜日がダメでしたら、ここ一日二日の間に戸田さんの都合のよい日程を連絡することにします。で、来週の月曜日でOKであれば、当方からは連絡はしませんので。それで、よろしいですか。でも、まだなんかあるんですか。」と、多田税理士は聞くが・・。

 

「分かりました。では、そのようにお願いします。」と、山崎調査官からの電話はそっけなく切れたのであった。

 

「う〜ん。何なんだろう。まだ何かつっつくところがあるのかなあ。それとも、収入すべき金額の解釈が違ったのかなあ。でも、そんなはずはないよなあ。俺も所得税法36条はしっかり復習したしなああ。まあ、悩んでも仕方ないか。では、隆さんに連絡をとってみるか。」と、税務調査の日程調整について電話をかける多田税理士であった。

 

「もしもし。多田税理士事務所の多田と申しますけど、社長の戸田隆さんはいらっしゃいますか。」しばらく、受話器を耳に当てて待つ多田税理士。

 

「お待たせしました、多田先生。何かありましたでしょうか。」と、隆。

 

「え〜っとですね、再度の税務調査の連絡があったんですよ。来週の月曜日の午前10時からなんですけど、隆さんの都合はいかがですか。」

 

「ああ、いいですよ。」と、即答する隆であった。

 

「じゃあ、日程の件につきましては、当方から税務署に連絡しますので。で、当然ですが、当日は105分前にはそちらにお伺いしますので。」

 

「ああもう、こちらこそよろしくお願いします。それはそれとしてですね。いや〜、姉貴は随分多田先生のことを気に入っちゃいましてねえ〜。もう大変なんすよ。多田先生いいでしょ、いいでしょ。ってうるさいんですよ。」と、姉のはしゃぎぶりを笑いながらはなす隆であった。

 

 受話器の向こうの多田税理士もニタニタしていた。キヨの気持ちが素直に嬉しいのだ。もしかしたら、遅い春が来るのかも知れないと思っていたのだった。

 

「多田先生、喜んじゃってるんですか。あはは。そんな波動が伝わってきますよ、受話器の向こうからね。でも、姉貴、笑って先生のこと話してたかと思うと、『でもねええ・・』って考えこんでる風でもあるんですけどね。でもまあ、気に入っているってことは間違いないと思いますよ。あっ、すいませんね余計なことくっちゃべったりしました。あはは。」

 

「いえいえ。嫌われるより気に入られる方がましってもんですよ。あはは。では、来週月曜日ということで。」と、言い電話を切る多田税理士であった。

 

 直後、指をパチンとならし、「ビンゴー」などと叫ぶ無邪気な多田税理士ではあった。難関が待っているのか、平穏なる終結が待っているのか・・。

 

 キヨとは、隆の税務調査が終了したらゆっくり食事をする約束をしていた多田税理士だが、様々な妄想が頭をよぎるのであった。

 

 再びの税務調査についても気になるだが、思い当たるふしもない多田税理士には事前に何か用意をするなどということはなかった。山崎調査官の出方を見なければ、今後の対応も考えることはできないのだ。税務調査は、攻めてくるのが税務署で、納税者サイドは防戦一方になるのが常である。

 

 再びの税務調査の月曜日到来。午前955分、多田税理士は隆の店に到着。午前10時きっかりに山崎調査官が到着。

 

 時候の挨拶もそこそこに、税務調査の攻防は始まったのであった。

 

「うふん。」と、喉をならし話し出す山崎調査官。

 

「当方の言いますところの、収入すべき金額は、やはり時価のことです。しかし。適用条文が違います。先生のおっしゃる所得税法36条ではなく、所得税法157条を適用しての話です。統括官と検討しました結論です。はい。」

 

 いきなり思いがけない条文番号を適用すると言われ、呆然とする多田税理士であった。頭が真っ白になってしまったようだ。ぽか〜んと口を空けて、目は見開いて山崎調査官を虚ろに見つめるだけの多田税理士。

 

「聞いてますか、多田先生。いいですか、法人は時価取引を強制されるのは分かりますよね。それで、戸田さんところのような同族会社についてですね、時価を無視して勝手に適当な金額で法人と取引した場合にですね、その株主である戸田さんの所得税を不当に減少させる結果になると認められる場合には、その時価を無視した取引は否認されるんですよ。それが、所得税

157条の同族会社等の行為又は計算の否認規定と言われているんですよ。」と、条文のコピーを多田税理士に手渡す山崎調査官であった。

 

 心配そうに顔を覗き込む隆であったが、山崎調査官から手渡されたコピー用紙を力なく持っている多田税理士の目は宙に浮いていた。多田税理士の返答を待つ山崎調査官と隆は無言である。思考停止状態なのか、多田税理士の口は開く気配すらなかった。

 

「うう・・だ、だめか・・。」多田税理士の心の声だ。

 


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