タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』第6章

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

(多田税理士は、小石川商店の女性事務員に税務署での面会の様子を聞き「トウカツ」に怒鳴られたことを聞いた。そして、小石川彩子に税務署での面会の様子を書いておくように依頼していたのだが、たった1枚の書類しか書いていなかったので、多田税理士は小石川夫妻にインタビューし、当日の発言内容を思い出してもらうことにしたのだった。)

 

「じゃあ、これから面会日のことを聞きますね。11月25日の当日は、誰かを尋ねて行ったのですか」と、多田税理士。

 

「はい、午後2時頃に初永さんを尋ねて税務署に行ったんですが、すぐに、初永さんの方が私達を見つけて、それから机一つと椅子が4つ置いてある部屋に通されたんです。会議室か応接室か分かりませんが」と、彩子が説明する。

 

「じゃあ、会議室ということにしましょう。それで、会議室の中では、税務署員は何人でしたか」

 

「はい、初永さんが一人でしょう。それに、一緒に調査に来ていた若い人と『トウカツ』と呼ばれていた年配の方の三人です。」と、彩子。

 

「じゃあ、みなさん方と全部で5人が会議室の中にいたんですね。その若い人とか年配の人の名前は分かりますか。」と、多田税理士。

 

「いやー名前は言われたかも知れませんが、憶えていませんね。ビックリしたのと恐かったので、忘れたかも知れません。あなたは、憶えていないの。」と、夫の昭夫に話しかけた。

 

「いやー、俺も憶えていないね。何しろ恐かったからねー。」と、昭夫は腕組をして天井を見上げたのだった。

 

「そうですか、名前が分からないのは困りましたね〜。何とか、部屋の中にいた税務署員の名前を聞き出さんとイカンですね。分かりました、名前は私の方で何とか考えます。それで、どんな話しから始まったんですか。」と、メモを取りながら小石川夫妻の顔を見上げた。

 

すると、昭夫は「初永さんが平成13年分の私の申告所得について話を始められたんです。そこで、税務署に行く前に、女房と話していたんですが、売上をゴマカシていたことはちゃんと認めて、払うものは払おうね、と言っていたんですよ。」

 

「うんうん、それで」ゆっくり何度も頷きながら話しを聞きメモを取る多田税理士。

 

「はい、それで・・。それで、私は本当のことを言わなければいけないと思い、『平成13年分については、私が事務員に書き直しをさせました、深く反省しております。どうもすみません。』と、160万円くらいの売上を除外していたことを話して、税務署の方に頭を下げて謝ったんですよー。」と、昭夫は素直に自分の非を認めたことを強調したい様子であった。

 

 税務署に呼び出された小石川夫婦は、神妙になっていた。それは、そうであろう。一般の人間は、初めて税務署に呼び出されて、不安に思っているに違いないのだ。まして、税理士の同席もないのだから。

 

 尾戸巣税務署では、小石川昭夫の所得税の調査について、次のような会話が行われていただろう。

 

初永上席は、個人課税部門第二部門に所属しているのだが、個人課税部門でも一部門の「トウカツ」に小石川の調査について相談していたのだ。

 

「イットウ。小石川は、やはり売上除外をしていますね。間違いありません。売上日計表は書き替えられているフシがありますし、振替伝票はハッキリ書き替えた跡が残っていますよ。」と、初永上席調査官。

 

税務署では、第一部門の統括調査官のことを『イットウ』と読んでいるのだ。『イットウ』は、今年国税局の査察部から転勤してきたばかりの元査察官だったのである。つまり、元マルサの男なのであった。

 

そして、税務署では各統括調査官の中でも、第一部門の統括調査官は、第二部門以下の統括調査官より職責のクラスが上なのである。つまり、署長・副署長・特別国税調査官はAランク、総務課長・と各部門ごとの第一部門統括調査官がBランク、第二部門以下の統括調査官がCランクとランキングされているので、初永上席調査官は、直接第一部門の統括官と税務調査の打ち合せをしていたのだった。

 

「おい、初永。こりゃあ、親父もけっこうやってたんじゃないか。息子が、これだけ明らさまにゴマカシているんだからな。」と『イットウ』は、初永上席を鋭い視線で眺めて言ったのだった。

 

「おい、初永。こいつら取調室だな。俺が、事情聴取してやるから、署に出頭させろ。」と、イットウが初永に指示を下した後、ニヤリと笑ったのだった。そして、初永上席もニヤリと笑い返したのだった。

 

 

 普通の税務署員にとって、国税局査察部出身者は、一種のあこがれ的存在である。巨悪を暴く正義の味方と捉えられているのであろう。

 

 国税局の査察部が行う強制調査(いわゆる査察)は、国税犯則取締法(こくぜいはんそくとりしまりほう)に基づいて、脱税の現行犯以外の場合は、裁判署から許可状をもらって犯則嫌疑者(脱税の疑いのある者)の承諾の有無に拘わらず強制的に臨検・捜索・差押ができるのである。

 

 つまり、強制調査は、犯罪捜査と同じなのである。

 

刑法とまったく同じではないが、刑事事件の犯人を捕まえることと似ているのだ。

 

 しかし、税務署の行う任意調査には、強制調査のような、犯人逮捕・家宅捜索の様な強制力は認められていないのだが、現実には、強制調査の手法が任意調査に取り入れられて行われることもあるのだ。この事実を知っておくべきである。決して、税務署員の言うことが100%正しいということはないのである。

 

 強制調査のやり方を、任意調査で真似ることは違法なのだが、現実には非常に「効果」が上げるので、査察部出身の調査官は、税務署勤務になってもマルサ時代と同じ手法を任意調査でも行ってしまう訳だ。

 

査察部出身の調査官は、徴税マシーンとしては優秀なのだが、一般の国民を対象にした任意調査では、頭を切り替えねばならないのだ。税務署に赴任して間もないと、マルサの習慣を引きずってしまうこともある。

 

今回は、小石川夫妻が、元査察官のエジキになったのだった。そして、役人の本性は、強いものには弱く、弱いものには強くなってしまうのだ。

 

いつの世にも変わらない原則である。

 

「はい『イットウ』分かりました。電話で連絡しておきます。税理士の立会いがないですから、比較的簡単に落ちるでしょうね。『イットウ』の取調べで落ちない納税者はいないでしょうね。ハハハ。」と、初永上席。

 

「まあ、見てろ。お前達に見本を見せてやるからな。ハッツハッツハ」と、『イットウ』は高笑いであった。

 

 元査察官に、特別調査並の扱い、つまり、犯人扱いされるとは思ってもいない小石川夫妻は、税理士に同行してもらうことなど考えず、二人きりで税務署に出向いていったのだった。そして、元査察官の恫喝を受けたのであった。

 

 多田税理士は、メモを整理しながら小石川夫妻の話しを聞いていた。そして質問を続けた。

 

「では、平成13年分の売上除外は認めるんですね。」

 

「はい認めます。」と昭夫は返答したが・・。

 

 直後、昭夫は、こぶしを握り締めた両腕が小刻みに震え出したのだった。何か必死に感情を抑えこもうとあがいているようだった。昭夫は、どうしたのか。

 

 次回をお楽しみに。


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