タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』第55章

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(小石川夫妻は、すっかり気分が変わってしまっていた。もう、異議申立てをする気力はなくなっていたのだ。多田税理士も、納得するしかなかった。

 

多田税理士は、事務所にいた。小石川氏の相続税の申告書類を整理しながら、今までのことを振り返っていたのだった。

 

「しかしまあ。税務署に呼び出されて怒鳴られて、机を叩いて脅されるなんてことが実際あるなんて驚きだったよなあ〜。やっぱり、密室になると誰も聞いちゃあいないし、脅かす気分にもなりやすいんだろうなあ。しかし、小石川さんは所得税も相続税もごまかしてたから、強く反論する気分にもならなかったんだろうなあ。でも奥さんは、すぐに言い返してたっけ。やはり、いざとなると女性の方が強いのかもしれないなあ。」

 

 多田税理士は、小石川昭夫から税務署の会議室で怒鳴られ机を叩いて脅かされたことを携帯電話で聞いた時のことを思い出していた。そして、その後の対処法を沖山税理士に尋ねたこと思い出した。

 

「そうそう。こっちもどういう態度にでたらいいもんか分からなかった時に、沖山先生に相談したんだよな。ん、それで、まだまだ踏ん切りがつかなかったけど、尾戸巣税務署に抗議に行ったんだよな。結構緊張してたよな俺って。でも、所得税の怒鳴られた調査報告書と質問書を書いてたからちゃんと抗議できたと思うなあ。口頭だけでは、伝わらないしなあ。」

 

 多田税理士は、税務署員の国民を脅かす調査に対して不満や抗議の気持ちはあるものの、具体的には何をどうしてよいのやら途方に暮れていたのだった。そんな、多田税理士にとって沖山税理士のアドバイスは心強いものがあったのだ。

 

「よし、沖山先生のおっしゃるようにやろう。うん、それしかない。こんな、密室で脅かすような税務調査はあっちゃならんし、誰かがこの事を知らせないといけないし、俺がその役目なんだと思おう。」

 

 そして、たまたま自分のホームページを作っていた多田税理士は、税務調査の抗議を実況中継し、税務署員の実名報道に踏み切ったのであった。多田税理士本人にとっても、非常に勇気のいることではあったが、沖山税理士の強い後押しに思い切ったのであった。言わば、やけくそであったのだ。「え〜い、どうにでもなれ〜。」と、言った気分なのだ。

 

「しかし、怒鳴ったことを認めて『遺憾である』とは言ったが謝罪はなかったなあ〜。今思うと、もっと突っ込めば良かったよな。『謝ってください。怒鳴った本人からの謝罪がなければ調査には応じられません。』くらい言っとけばよかったなあ。謝罪しない姿勢にあっけにとられてしまったもんなあ〜。」

 

 また、相続税の調査の場合、納税義務がある者や納税義務があると認められる者の預貯金しか相続税担当の調査官は調べることはできないのだが、今回は小石川昭夫の奥さんの預金を調べていたのだった。そして、その預金情報を本人の了解もなしに、第三者である税理士に見せたのだった。この一連の行為は、明らかに、違法調査であるし、公務員の守秘義務違反なのだ。しかし、統括官は被相続人のものかどうか確かめるために嫁の個人預金も調べることができると言っていた。

 

「そんな、納税義務もない者や納税義務があると認められない者の預金情報を本人の了解もなしに勝手に調べられるなどとはとんでもない発言だったなあ。税務調査の前には、個人のプライバシーを無視すると宣言したようなもんだよなあ。許せないよなあ。質問検査権を逸脱した違法な調査だし、公務員の職件乱用罪になるんだけどなあ。今後も、納税義務のない者の預金情報を調べるんだろうなあ。やっぱり、誰かが、『刑事告発』するしかないのかなあ。個人情報保護の時代に逆行してるよなあ。」

 

「でも、ホームページ持ってたから良かったのか悪かったのか、結果として、税務署員の実名報道などということをやってしまったよなあ。まあ、今回は密室で脅されてしまったんだから仕方ないんだよ。なんでもかんでも実名報道する訳じゃあないしね。そう言えば、内部告発をしてくれた税務署員の人がいたっけね。その人はやはり実名報道されるのは嫌だと言ってたなあ。まあ、俺みたいな弱小税理士がすることだから、当局としては完全無視というところなんだろうなあ。未だになんのアプローチもないよなあ。」

 

 後日の沖山税理士の話だが、当時の尾戸巣税務署に勤務していた人から聞いたそうだが、「税務署への抗議電話」は、大変な反響だったそうだ。署内大騒ぎであったそうだ。それは、そうである。税金を誤魔化すことは決して良いことではない。だからと言って、税務署員が机を叩いて納税者を怒鳴って良いと言うことではないのだ。税務署員は、質問し検査することができるのであって、犯罪捜査を行う警察ではないのである。本当に、税務署員が納税者を密室で怒鳴ったのか知る権利が国民にはあるのだ。

 

「電話作戦も沖山先生のアドバイスだったよなあ。よく考え付くもんだよなあ。」

 

「あっ。そう言えば、沖山先生に異議申立てしないことになったことを報告しとかなきゃ。」

 

 気付いたらさっそく沖山税理士の携帯電話に電話する多田税理士であった。

 

「はい、沖山です。」と、いつもの沖山税理士の渋い声が返ってきた。

 

「あっ、沖山先生。税理士の多田です。あのう、小石川さんの税務調査では大変お世話になりました。それでですね、今回、税務署から更正処分を受けたんですが、当初の主張のとおり異議申立てするように小石川夫妻に話したんですけど。どうも、気持ちの変化があったらしく、また再調査を受けることが苦痛に感じるらしくてですね。それで、異議申立てはしないことになりましたので、先生にご報告をと思いましてお電話しました。」と、多田税理士。

 

「うん。そうね。異議申立てはしないのね。本人がする気がなかったら仕方ないね。はいはい分かりました。」と、気さくでこだわらない沖山税理士であった。

 

「沖山先生。今回の小石川さんの調査に関しましては、どうもありがとうございました。税務調査の立会いまでしていただいて、本当にもう恐縮ですし、感謝です。」

 

「いや、いいんです。こちらも色々と勉強になりましたからね。はいはい、じゃあ。」

 

「ツーツーツー」

 

 まったく偉ぶらない沖山税理士であった。しかし、税法・民法・商法・判例等々にめっぽう詳しく、そして、実務対応能力は恐らく日本一であろう。

 

 そんな、沖山税理士と一緒に小石川夫妻の税務調査に臨めたことは、多田税理士の誇りでもあったのだ。

 

「沖山先生には、随分と色んなことを教えてもらったなあ〜。特に、本に載っていない事案なんかでも、ほぼ即答されるからスゴイもんだよなあ。俺なんて一生勉強しても沖山先生の足元にも及ばないなあ。こんな人は二度と出てこないだろうなあ。いや〜、そんな沖山先生と一緒に調査立会いが出来たなんて、名誉なことだよなあ。こんなことも、税務署員が小石川さんを怒鳴らなかったらあり得なかったことになるのか。なんか不思議な感じだなあ。」

 

「まあ、それにしても、小石川さんって税額の面でも損したんだよなあ。所得税も相続税も誤魔化して、両方とも本税以外に重加算税や延滞税を課税されてしまって、特に、相続税はちゃんと申告してれば配偶者の税額軽減を全額適用できて納税額もほんの少ししか増えなかったのになあ。かわいそうにとしか言えないよなあ。」

 

 多田税理士は、今回の税務調査のことを振り返りながら沖山税理士の偉大さを噛み締めていたのだった。そして、もしかしたら、多田税理士自身も一回り税理士として成長できたのかも知れないのだ。

 

「長期間の連載終了です。お疲れ様でした。次回から税務調査最前線第8話が始まります。期待はしないで下さい。」


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