タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』第51章

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(修正申告の方針は決まった。やはり、当初からの主張の通り、郵便局の定額貯金は修正申告の対象には入れないことになった。

 

 多田税理士は、事務所で小石川家の相続税の修正申告書の作成に取り掛かっていた。

 

「え〜っと。修正申告の対象にする財産は、親戚名義の定額貯金分で2,600万円で、後は、郵便局の郵便振替口座が50万円分で、昭夫さん名義の定期預金分が34万円分と、この三つでいいな。残高証明書と利息計算書もコピーして添付しとこうかなっと。」

 

 多田税理士は、頭の中で一つ一つ確認しながら慎重に作業を進めていたのだった。

 

「じゃあ、相続税のソフトにこの数字を入力してっと。で、今回の場合は、親戚名義の定額貯金分については仮装・隠蔽があったから、配偶者の税額軽減の対象にならないから、第5表の付表で計算するんだったよなあ。」

 

「じゃあ。相続税額はどれくらい増えるのかなっと。」パチパチとパソコンのキーボードを軽やかに叩き画面に見入る多田税理士であった。

 

「ほお、おやっ。配偶者の税額軽減額が増えているじゃん。どおしてなのかなあ。じゃあ、プリントアウトしてじっくり見てみようか。」

 

「おっと、図解 相続税も用意しとかなくっちゃね。」

 

 プリントアウトされた申告書を点検し、参考テキストを開き配偶者の税額軽減制度について、確認を取る多田税理士であった。

 

「あっ、そうか。配偶者の税額軽減は、相続税の総額に、遺産の純額から配偶者が相続した財産の割合を掛けた金額が対象になるんだな。つまり、今回は、仮装・隠蔽があったから、配偶者が相続した財産の金額には加えられないが、相続税の総額自体が増加しているんで、結果として、当初の760万円の軽減額より208万円増加した966万円になったんだな。」と、ブツブツ声に出す多田税理士であった。

 

「ふんふん。つまり、今回の配偶者の財産の取得割合は、46.8%と当初の55.5%と低下したけれど、相続税の総額が680万円増加して2,065万円になって、それに46.8%を掛けると966万円になるのか。おーやっぱり増加するんだ。」と、納得顔の多田税理士であった。

 

「ちなみに、今回の修正申告で配偶者の相続財産の金額は、いくらになったのかなあ。うん1億850万円か。すると何か、配偶者の税額軽減は、1億6千万円か取得財産の2分の1までは相続税を割引する制度だから、ちゃんと最初から母親の相続財産に加えて申告してれば、配偶者の税額軽減を全額受けれたことになって、母親の納税は0円でよかったことになるじゃん。つまり、今回の修正申告での母親の納税310万円はまったく無駄な税金ってことになる訳だな。ちゃんと、最初から親戚名義の定額預金も申告財産に加えておけば良かったのになあ。まあ、若干でも配偶者の税額軽減額が増加したことが救いなのかな。」と、小石川家の不運を嘆く多田税理士であった。

 

「えーっと、この配偶者の税額軽減制度は、通常の申告書の他、申告期限に間に合わなかったけど期限後に提出する申告書と修正申告書を提出した場合に限り適用するって条文には書いてあるなあ。すると、申告書を提出しない場合には、適用がないことになってしまうんだ。ガーン。」と、眉間に深いシワを作り考え込んでしまった多田税理士であった。

 

「う〜ん。そうか。じゃあ、修正申告しないで更正処分を受けた場合には、配偶者の税額軽減は一切適用されないことになるんだ。つまり、親戚名義の仮装・隠蔽の分を修正申告しないで更正処分を受けた場合には、配偶者の税額軽減額は当初申告の760万円のまま、増加することはないんだ。ハア。」

 

「う〜ん。修正申告するのと更正処分を受けるのと納税額に差がでてしまうことになるんだ。こういうこともあるんだな〜。こういう特例の適用に当っては、修正申告する方が有利になるんだ。難しいなあ税法は。ア〜アたまらん。」

 

「小石川さんに違うことを言ってしまったことになるなあ。ちゃんと説明し直さないといけないなあ。まあ、今回の修正申告書はこのまま書いて、印鑑をもらう時に、税務署が父親名義の郵便局の定額貯金分について、更正処分してきたら、今回のような相続税の総額に割合を掛ける計算さえも行われることはなく、今回の修正申告の配偶者の税額軽減額に留まってしまうことになるけれど、それでもOKかどうか聞いてみないといかんだろうなあ。しっかし、分かってくれるかなあ。」

 

 通常、申告漏れの状況があっても、基本的には、修正申告する場合の税額と税務署に更正処分される場合の税額に変わりはないのだが、今回のような税法上の特例の適用に当っては注意が必要なのだ。

 

 平成15527日、多田税理士は、小石川家のダイニングルームに居た。豪華な革張りの応接セットが置いてある。

 

「多田先生、修正申告書作成ご苦労様です。」と、1人用ソファーに深々と腰を落とし、ゆっくりとタバコを吸っている昭夫であった。

 

「いえいえ。仕事ですから。」と、カバンから修正申告書と納付書を取り出す多田税理士であった。

 

「今回の修正申告での税額は、前回お話した金額になりました。前回は、申告ソフトに取り合えず何パターンか入力した資料を見てお話してたのですが、今回、しっかりと確認をとりました。それで、確認作業の結果、前回お話した内容と違うことが分かったので、ご報告したいと思うのですが、よろしいでしょうか。」

 

「はい、いいですよ。」と、キョトンとした表情の昭夫と彩子であった。

 

「つまりですね。前回、修正申告した場合と更正処分を受けた場合の税額についてなんですが、基本的には変わらないとお伝えしてたんですが、特例の適用に違いが出る場合があることが分かったんです。申し訳ありませんでした。」と、ソファーに座ったまま一礼する多田税理士。

 

「え、と言いますと、どういったことなんでしょうか。」と、不思議そうに質問する昭夫であった。

 

「つまりですね。配偶者の税額軽減という相続税の割引制度がありまして、その適用に違いが出てきて、結果、納税額にも変化が生じてしまうんです。あの、修正申告と更正の場合でですね。」

 

「結局ですね、仮装・隠蔽行為があったとしても、修正申告の場合、配偶者の税額軽減の全額は適用できなくとも、幾分かの割合で軽減額が計算されるのですが、税務署より更正処分を受けた場合にはですね、配偶者の税額軽減制度は、一切適用されず、今回の修正申告書に記載した金額しか適用されないんですね。」

 

「つまり、前回の調査の時の税務署の方針の通り、お父さん名義の郵便局の定額貯金について、相続財産に加えて更正処分をされた場合にですね、配偶者の税額軽減制度は考慮されることはないんです。あくまで、申告書に記載した場合に適用があるということなんです。始めっから説明できれば良かったですけど。遅れてしまって申し訳ありません。」

 

「そうですか。何か分かったようで分からない話ですね。で、どうお返事したらいいんでしょうか。」と、昭夫も困った様子であった。

 

「つまり、配偶者の税額軽減制度を少しでも増やしたい場合には、お父さん名義の郵便局の定額貯金についても修正申告に加えておかないといけないんですが、それですと、当初の主張と違った内容の修正申告になってしまうんですね。それで、今回の修正申告書をこのまま出すか、それとも、お父さん名義の定額貯金まで加えた修正申告書を出すのか、どっちを選択するのかということなんです。」と、多田税理士。

 

 目を瞑って腕組して、考え込む昭夫であった。


50章へ戻る
52章へ