タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』第49

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(母親の普通預金の通帳に書いてあるメモが相続財産であることを物語っているのではないか、との疑念を持たれてしまった。しかし、多田税理士は見たこともない通帳のことで訳が分からないでいた。

 

 多田税理士は、母親の普通預金の通帳など見たこともなく、いったい何がどうなっているのかが分からないでいた。

 

「お母さんの定額貯金なら、別にお父さん名義を使っていたとしても、わざわざ解約しなくてもよかったでしょうし、メモ書きだって、小石川明 相続分なんて書く必要もないんじゃないですか。」と、唐巻調査官。

 

山口調査官は、残りの2冊の普通預金の通帳をペラペラめくっていた。いったい何の目的で母親の預金通用を確認しているのだろうか。多田税理士も小石川夫妻もまったく思い当たることはなかったのだ。

 

 たしかに、「小石川明 定額貯金 相続分」というメモ書きは、亡くなった父親の相続財産と認識していたかのような内容とも取れる。果たして、昭夫は又もや相続財産であったと打ち明けるのであろうか。

 

「そんな、メモ書きにそんな意味なんてありませんよ。ただ、忘れないように書いておいただけなんですよ。たまたま父親の相続が、預金の整理のきっかけになったから相続って書いたんでしょう。名義は父親名義だったからそうか書いたんですよ。」と、昭夫。

 

「あっ、そういえば昭夫さんはペイオフのことを気にされていたから、それで預金の整理をしたんですね。何をきっかけで預金したのか分からなくなると困るから相続って書いてたのかも知れませんね。それに、お母さんの預金だから数字だけだと後々分からなくなりますからねえ。」と、多田税理士が昭夫に話す。

 

「ええ。そうですよ。多分・・」と、昭夫。

 

「だったら、吉野ヶ里銀行に1,500万円も預金することはないじゃないですか。1,000万円までですよね預金が保護されるのは。パイオフを気にされていたんじゃ不合理な行動ではないですか。」と、唐巻調査官が指摘した。

 

「うううん。人間はそんな合理的にばかり行動するとは限りませんよ。慌てて勘違いもするし、間違えることだってありますからね。」と、多田税理士の反論。

 

「あれ、おかしいなあ。この吉野ヶ里銀行の通帳には小石川明 相続分 ていうメモ書きがないですね。どうしたんですか。確かに、一番最初に調査でお伺いした時にも見せてもらったんですよね。その時には確かに、郵便局の通帳と吉野ヶ里銀行の通帳の両方に同じメモ書きがあったんですよ。ねえ、多田先生あの時先生も見ましたよね。」と、山口調査官。

 

「えっ。そうですか・・。記憶にないなあ・・。」

 

 多田税理士は、まったく記憶になかったのだった。しかし、いくら小石川明 相続分というメモ書きがあったところで、郵便局の家族名義の定額貯金がすべて相続財産であったことの証明にはならないのだ。単なるメモ書きなのだし、その内容もどうとでも取れるものなのだから。

 

と、その時、思いもよらない言葉が山口調査官の口から発せられたのだ。

 

「これは、証拠隠滅だな。」

 

「なにが、証拠隠滅だ。別に相続財産じゃない預金を預け替えただけじゃないか。それに、調査に来た初日に見てるんだったら、ちゃんと確認できている訳だし、メモがあることは分かってしまった後に消したとしても、証拠隠滅なんかにならんでしょう。調査の前に事前に隠しておくことが証拠隠滅じゃないですか。おかしなことは言わんでもらいたい。」と、語気を荒げて山口調査官を指差して声高に話す多田税理士であった。

 

 すると、山口調査官は黙ってしまった。

 

「しかし、どうしてメモ書きが消してあるんですか。」と、唐巻調査官。

 

「さあ・・」と、昭夫。

「さあ・・」と、多田税理士。

 

 しばし沈黙の時間が流れた。そして、これまで目線を下に落とし、自分から一言も話さなかった野中統括官が口を開いた。

 

「郵便局の定額貯金の件ですが、一般論として、誰のものかは名義・印鑑・預金の移動などで所有者を確定するところですが、今回の場合その特定ができません。お父さんである相続人のものかも知れませんし、母親の預金かもしれません。特に、昭夫さんご夫婦名義の定額貯金はご自身のものであると主張されています。そして、父親名義も母親名義も郵便局の定額貯金はすべて母親が預金したものであるということを立証できる資料もありません。」

 

「やはり、父親名義の定額貯金については、相続発生によって名義変更の必要性がでてきた。そして、解約後の二つの普通預金の通帳に相続分とメモ書きがあり、ひとつは抹消されている。証拠隠滅を図ったことになる。しかし、家族4人の名義の定額貯金を被相続人一人のものとする確証はありません。」

 

「父親である被相続人以外の3名分については本人名義のものでるということをお互い証明できないので、3名分については課税困難であると考えます。従って、被相続人名義の定額貯金については、名義どおり被相続人の相続財産とみて課税します。」

 

 一気に話す野中統括官であった。そして、心中複雑な思いが巡っている多田税理士は今後の対応を思案中であった。

 

「では、親族名義の定期預金と昭夫さん名義の郵便局の振替口座の残金についても被相続人の相続財産となりますので、よろしくお願いします。以上が結論です。それでは、これで失礼します。」と、唐巻調査官。

 

 そして、3人はソファーから腰をあげ一礼し部屋から出て行った。

 

 部屋に残された3人の周りには安堵の空気が漂っていた。一応は、調査終了なのだ。税務署の結論は出たのだった。

 

「いや〜、今回は緊張しましたね。なあ、お前。」と昭夫は胸を軽く手の平で叩いて彩子におどけてみせた。

 

「う〜ん。やはりと言いますか、お父さん名義については母親のものとは認めませんでしたねえ。う〜ん、でもねえ・・そうかなあ。」と、唸る多田税理士。

 

「で、どうしましょうか。多田先生。」と、昭夫。

 

「そうですね。尾戸巣税務署の方針は今日分かりましたので、その方針通りに修正申告するか、それとも、あくまで郵便局のお母さんとお父さん名義の定額貯金はお母さんのものであって相続財産ではないとして、親戚名義の定期預金分と昭夫さん名義の郵便局の振替口座の分だけで修正申告をするか、どちらかになると思います。」

 

「で、多田先生はどう思われますか。」と、昭夫。

 

「はい、そうですねえ・・。私としてはやはり、郵便局の定額貯金については相続財産ではないと主張してきましたので、今更、これまでの主張と違う内容の修正申告をするのはおかしいと思いますし、税務署が本当にお父さん名義の定額貯金を相続財産に含めて課税処分してくるかどうかは、実際に課税されるまでは分かりませんし、仮に、お父さん名義も含めて課税処分されたとしても、支払うことになる相続税や重加算税や延滞税は基本的に変わりありませんから、ここは、一旦親戚名義の定期預金と昭夫さん名義の振替口座だけで修正申告する方向で行きたいと思いますがいかがでしょうか。」と、多田税理士。

 

「そうですねえ・・・」腕組して考え込む昭夫。そして、心配そうな表情で昭夫を見守る彩子であった。そして、昭夫が下した結論とは・・。


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