タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』32章

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(税務調査が始まった。一人の調査官が質問し、残りの3人は一斉にメモをとるのであった。異様な光景だ。沖山税理士らは、メモの連携で小石川昭夫に情報伝達していた。)

 

多田税理士は、不安であった。もし、遺産分割が成立していなかったとしたら配偶者の税額の割引が一旦はなくなってしまうことになり、過少申告加算税や延滞税の問題が発生してしまうのだ。

 

 多田税理士は、メモを書いた。そして、昭夫の左膝のそばに置いた。昭夫の膝をつっつく。

 

「お母さんは、分割協議の時は意識はありましたよね。分割協議は成立してましたよね。」とのメモ。

 

 昭夫はゆっくりうなずき、多田税理士の目を見て少しだけうなずいた。多田税理士の言わんとする意図が分かったようだった。

 

「で、お母さんはどのような状態なのでしょうか。ご質問してお答えを頂けるような状態なのでしょうか。我々も勝手にお母さんの施設に行って、いきなりお尋ねするようなことは出来ませんのでお聞きするんですけれども。」と、初永調査官が引き続き質問した。

 

「ああ、母ですか。母は、今はもう何も分からんと思いますよ。でも・・・」と、天井を見上げる昭夫。

 

「遺産分割の時くらいまでは、割合はっきりしてたんですけどね。遺産分割協議書のことも説明して、これで良いねって言ったら、しっかり頷いたんで私が母親の印鑑を目の前で押印したんです。」と、さらりと答える昭夫であった。

 

「代わりに押印されたんですか。」と、初永調査官。

 

「ええ、母は、字が書ける状態じゃあありませんでしたから。」と、いけないことだったのかと考え込むような表情の昭夫であった。

 

「はい、私が、お母さんは字がちゃんと書ける状態ではないと聞いていたんで、遺産分割協議書をつくる時にお二人の住所と名前を記入しておいて、後は、押印すだけで済むようにしてたんです。」と、多田税理士。

 

「遺産分割協議は、正式に成立していたとおっしゃりたいんですね。」と、冷静な口ぶりの相続税担当の唐巻調査官は口を挟んだ。

 

「そういうことです。」と、多田税理士。

 

「分かりました。」と、唐巻調査官。

 

 多田税理士は、心の中でホットしていた。やはり、分割協議の時までは母親の意識はハッキリしていた事が改めて確認できたのだ。つまり、遺産分割協議は法律的に正式に成立していたのだった。

 

 続いて、初永調査官の質問が再開された。

 

「お父さんは亡くなる直前には入退院を繰り返しておられたそうですが、お父さんが最後まで経営していたんですか。昭夫さんの仕事内容を教えて下さい。」

 

「はい、私は営業と配送の担当で、父が入院していた時なんかは今月の売上とかを報告に行ってましたよ。ですから、最後まで父が経営者です。」と、昭夫。

 

「そうですか。では、昭夫さんは30才を過ぎてから自分で経営をしたいなとか思われなかったですか。」と、初永調査官。

 

「いえ、父はワンマンでしてね。私も自分でやろうなんて考えてませんでしたね。高校出てからずーっと親の仕事を手伝ってきましたからね。特別、自分で経営したいなんて考えませんでしたね。」と、昭夫。

 

 多田税理士は、昭夫に対して質問した内容について考えていた。そして思い当たった。つまり、父親が亡くなる以前から、実質的な経営者は昭夫ではなかったのか。もしそうなら、家業の米屋の所得は昭夫の所得として申告しなければならない。実質所得者課税の原則である。そうなれば、父親の所得計算では、昭夫や彩子の青色事業専従者給与が必要経費と認められていたのだが、昭夫の所得になれば、青色専従者給与は届出もしていないので一切認められないので、二人の青色事業専従者給与の分だけ所得金額が増額することになるのだ。税務署も多方面からの追徴課税の可能性を追求しているのだ。

 

 また、昭夫の所得としないまでも、影の経営者としての立場であれば、日々の売上金額を自分の懐に入れることも可能ではなかったのかと疑いたいのであろう。

 

 しかし、昭夫は最後まで使用人であることを証言したので、昭夫の所得洩れの可能性はなくなった。

 

 昭夫の返事を聞いて、少々がっかりしたような表情になった初永調査官であった。しかし・・。

 

 「では、彩子さんにお尋ねしますが、結婚されてからお父さんの専従者になられたんですか。」

 

「いいえ、結婚する2年くらい前からここで働いていましたよ。製造や一般事務の仕事をしていましたよ。」と、彩子。

 

多田税理士は、「よしよし」と内心思っていた。つまり、昭夫にしろ彩子にしろ、郵便局の定額貯金の財源となる資金的な裏付け証言となっていたからだった。

 

今度は、相続税担当の山口が質問してきた。

 

「では、お尋ねしますけど。被相続人のお父さんは、預貯金なども申告財産とされていますけれども、それらの保管状況を教えていただけませんか。確か、金庫をお持ちでしたよね。」

 

「はい、家庭用の金庫もありますし、銀行の貸金庫もありますよ。銀行の貸金庫は父親が使っていましたね。」と、昭夫。

 

「では、昭夫さんも貸金庫に何が入っていたかご存知だったんですか。」と、山口調査官。

 

「いえ、私は貸金庫の中身なんで知りませんよ。銀行まで車で送って行ったことはありますけど、まあたまには、入ったことはありますけど、中身までは知りませんよ。」と、昭夫。

 

「ご商売の現金の管理は、どなたがされていたんですか。」と、初永調査官が質問してくる。

 

「現金は、父が管理してましたよ。亡くなってからは妻の彩子が管理してます。」と、昭夫。

 

 矢継ぎ早に、二人の調査官から質問されて戸惑い気味の昭夫であった。

 

「では、私達が最初に多田先生のご同席のもとに、相続税の調査にお伺いした時にお尋ねしたことなんですが。つまり、ご家族全員の名義の郵便局の定額貯金についてお尋ねしたんですが、そのご回答を頂きたいのですが。」と、山口調査官。表情だけは、厳しいものとなっていたが、重厚感をほとんど感じさせない、むしろ軽薄さを感じさせる人物であった。

 

「えーっと。それはですね。ちゃんと思い出したんですが。えーっと、どこから話せばいいんやろうね。」と、少々落ち付かない表情になった昭夫は、彩子の顔を見たのだった。

 

 一方、彩子は、「私は知りませんよ。チャンと整理したじゃないですか。自分でしゃべって下さいよ。」とでも言いたい表情で昭夫から目を背けるのだった。

 

「ああ、そうそう。あれは、母親が入院する時に話してくれたんだよな。そうそう、実はですね、あの郵便局の定額貯金のことなんですけどね、母親は父親の事業の共同経営者だったんですね。それで・・」と、昭夫の説明は続くのだが・・・。

 

次回に続く。


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