タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』23

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(多田税理士は、公務員の実名報道は名誉毀損の罪になるのかどうかを調べていたが、気持ちが滅入ってきたので、いつも元気な沖山税理士の声を聞いて元気を出そうと思って携帯電話を手に取った。)

 

「プルルルルー。プルルルルー。」

「はい、沖山です。」

 

「あ、モシモシ。多田です。今、お電話よろしかったでしょうか。」

 

「ああ、多田さんね。ああ、う〜ん。・・・・・」

 

 沖山税理士の声が弱々しいのだ。多田税理士は、驚いてしまった。今まで聞いたことのない程の小さい沖山税理士の声だったのだ。

 

「せ、先生。大丈夫ですか・・・。」と、問いかけながら申し訳ない気持ちになった多田税理士であった。

 

「今ね、大分に来ているんだけど、気持ちが悪くてね。ホテルまでたどり着けんと思ったよ。やっと着いたけど、気分が悪くてね。食べ物が不味くてね。それでも、ガマンして食べても、すぐに全部戻してしまうんよ。」

 

 沖山税理士の不調極まりない言葉に、多田税理士は一瞬言葉を失ってしまった。しばし、沈黙の時が流れ、沖山税理士が、かすれそうな声で話し出した。

 

「今日は、なんね。なんか話しがあるんやろ。」

 

「はっはい、公務員の実名報道は、名誉毀損にあたらないと思うんですが、条文を見ると、名誉毀損になりそうなんですが・・・・」うまく説明できない多田税理士であった。

 

「刑法230条やね。う〜ん。はぁはぁ。う〜ん。それはね・・・・・。確か・・・・もう少し後の条文にね・・・・、例外規定があると思うんよ・・。後の方のね・・。」

 

 沖山税理士は、途中何度も途絶えながらであるが、必死に多田税理士の質問に答えようとしていた。

 

「あっ、はい。後の方ですね。分かりました。あとは自分で探します・・・。」と返事をしたものの、次の言葉が出てこない多田税理士であった。

 

「先生、大丈夫ですか。おかげんの悪い時に電話してすみませんでした。」

 

「いやいや、いいんよ。まあ、何とか帰れるやろう。今は出先やから、あとは悪いけど自分でなんとか探してみてよ。」

 

「はい、ありがとうございました。では失礼します。」

 

 沖山税理士は、税法の研修会を主催しており、福岡、佐賀、長崎、大分、熊本、鹿児島の各県で、定期的に研修会を開いており、明日の大分での研修の為に出向いていたのだった。

 

 沖山税理士は、体調が悪かろうとも研修会は絶対に休まないつもりなのであった。

 

 多田税理士は、いつも元気な姿とハリのある声の沖山税理士しか知らなかったので、今にも消えそうな声を聞いて心配でならなかった。

 

「先生大丈夫かな・・。ご飯が食べれないと、体力は衰えるばかりだし。あんなに衰弱していたら・・もしものことがあるかも知れないなあ。」

 

 多田税理士は、沖山税理士の体調も心配であったが、今後の税務調査の対応についても心配なのであった。

 

インターネットでの公務員の実名報道も、沖山税理士の助言と協力があったからこそ実行できたのだし、今後の対応にも応援と協力を大きく期待していたので、もし、沖山税理士が体調不良で動けないとしたら、多田税理士一人で対応しなければならないのだ。

 

「あ〜、もし先生が入院でもされたら、どうにもならんなぁ〜。俺一人でこれから対処せんといかんようになったらどうしたらいいんだ。これから、税務調査も始まるし、あいつら完全に開き直っていたからなぁ。俺を潰しにかかるかも知れないしなぁ。」

 

「く〜、怒鳴り合いになったら、怒鳴って返してやる。相手は二人かなー。いや、四人かも知れないな。小石川さん達は、なんも分からんし、第一、郵便局の貯金のことを俺に話してなかったし、信用できない部分もあるしなぁー。急に、余計なこと言わないとも限らないしなぁ〜。」

 

 多田税理士は、沖山税理士の支援がなくなると思うと、不安で不安で仕方なかったのだ。心配事がドンドン頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え、弱気一辺倒になってしまい、悲観の海に一人取り残された多田税理士であった。

 

「もし、名誉毀損の罪にでもなったら、逮捕されるんだろうか。いや、疑いがあるだけでも逮捕されるかも知れないなぁ〜。そうなのかなぁ。いやいや、いくら何でもそんなことはないだろう。」

 

「でもなぁ〜。逮捕・手錠・検察・拘置所かぁ〜。いやいや、有り得ん話しだ。名誉毀損にはならないはずだから、早く条文で確かめてみよう。」

 

 気を取り直して、刑法の条文に目を向ける多田税理士であった。

 

「後の方の条文だったよね。とすると、230条の後か。ああ、230条の2という条文かな。不処罰と書いてあるなぁ。ああ、これかぁ。」

 

 刑法230条の2第三項には、「前条1条の行為公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係るときは事実の真実の真否を判断し真実なることの証明ありたるときは之を罰せず」とある。

 

「ああ、これだ。つまり、公務員に関する事実の摘示の場合、事実が本当かどうか判断して、真実であるという証明ができるときはこれを罰しない、ということかぁ〜。」

 

 大きく溜め息をつき、ゆっくりと肩を落とし、「よかったぁ、あった。」と、つぶやく多田税理士。

 

 この230条の2第三項は、公務員に対する自由な批判を保障し、それによって、公務員に国民全体の奉仕者であるにふさわしい資質を備えさせようという意味が込められているのだ。しかし、公務とはなんら関係のない、身体の不具などの事実を摘示することは、許されてはいない。当然のことである。

 

 多田税理士は、早速、自分のホームページに今回の税務署員の実名報道は、名誉毀損にあたらない旨の書き込みを開始したのだった。

 

 しかし、多田税理士は、自分が刑事事件になるかも知れないことをしていることについて、改めて、確認したことによって、自分一人で対応することの不安感は増大していたのだった。

 

「もしかしたら・・・。何かの間違いで・・。国家権力だからなんでも有りだろうし・・・。」と、多田税理士の頭には、不安な心を裏付けるように、自分で自分を恐怖に落とし入れる言葉しか思い浮かばなかったのだった。

 

 しかし、人間は精神的にある所まで落ちると、かえって開き直るものらしい。悲観の海に沈みきってしまうと、その気分に飽きてしまって、心は浮上するものなのかも知れない。ただ、多田税理士は、何度も沈み何度も浮上する気分を繰り返していたのだった。

 

 多田税理士は、ホームページの読者を世論と考え、出来るだけ税務調査に関する情報を広めようと考えていた。

 

「よし、次は、税務調査を拒否した場合の罰則規定について書こう。」と、多田税理士はパソコンに向かう。


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