タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』22

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(多田税理士は、山上総務課長と野中統括官の権力者のメンツをかけた開き直りに、ただ唖然とするばかりであった。数日後、多田税理士は、HPを見た読者からのメールの返事をHPに掲載しようとしきりに考え込んでいた。)

 

「そりゃあ、普通はそう思う人もいるだろうなぁ」と、多田税理士はHPの読者から送られてきたメールを読んでつぶやいていた。メールの内容は、次のような内容であった。

 

「家族名義の預金を調べないと、不正をした人が財産の全部を家族名義にしていた場合に、正しく申告した人と比べて不公平だし、課税を免れてしまうことになって申告納税制度が成立しなくなってしまう。申告納税制度の役割を考えると、税務署が家族名義の預金を調べられないのはおかしい。」

 

確かに、一見正しい意見のようにも受け取れる。しかし、税務調査をひとまとめにした考え方に問題があることも事実であった。

 

つまり、通常の税務調査は、任意調査であって納税者の同意と協力を前提とするものであるのに対し、捜査令状を裁判所からとって納税者の同意も必要としない強制調査とは、法律の規定が異なっているのだ。この決定的な違いを念頭に置かねばならないのだが、メールの主は、これを理解していないのであった。

 

つまり、巨額で悪質な(どこからが悪質かは、難しいところですが)脱税には、国税局の査察部が法的強制力をもって、強制的に調査し、検察庁に脱税の罪で告発することを前提としているので、納税者の合意も協力も必要ない調査という訳だ。

 

これに対し、任意調査については、納税者は調査を受けねば成らない義務があるのだが、その調査の対象者は限定されているのである。納税者である国民全員の財産調べを自由にできる訳ではないのだ。個人のプライバシーは、まずもって守られることが前提で、プライバシーを侵害してもやむを得ない状況は、法律によって限定されねばならないのだ。

 

相続税の場合、相続税の納税義務者と納税義務があると認められる者が、調査の対象者なので、この方々以外の者は、相続税の調査の対象者にはなり得ないことになるのだ。

 

納税義務があると認められる者とは、確定申告書を提出していないけれども客観的・実質的に納税義務が成立しているものと推認され、確定申告書を提出すべきであると認められる者とされている。

 

今回の相続の場合、遺言書ななかったので、調査の対象者は、母親と息子になる訳で、息子の嫁はまったく相続税の調査対象者ではないのだ。

 

確かに、相続税の課税をのがれようと、今回の場合、全て息子の嫁名義に財産の名義を変更していた場合に、嫁名義の財産を調べられないと、完全に相続税の課税洩れが発生してしまうのも事実だ。そして、息子の嫁名義ではあっても、息子の嫁のものと確定している訳ではないので、調査しないと判断できないという考え方も出てくるだろう。

 

しかし、息子の嫁名義の財産が、全て被相続人の財産だと確定している訳でもないのだ。名義の段階では、真実の所有者が確定していないこともあるのだ。

 

確かに、結果として息子の嫁名義の財産が、被相続人の財産であると確定した場合には、その確定した財産については、その財産を相続した人のものだから、調査対象者の財産を調べたことになるのだが、息子の嫁の財産であった場合には、調査対象者でない者の財産を本人の了解もなしに調べたことになるのだ。

 

これは、明かにプライバシーの侵害行為だし、公務員の職権乱用となるのだ。

 

財産隠しを狙う人は、何も同居の家族の名義にするだけでなく、親戚友人知人の名義や架空名義にしている場合もあるはずである。

 

そして、課税の公平を盾にとって、被相続人の財産かもしれないものについては、誰の名義の財産でも調査してよいという理屈がまかり通れば、日本の国民全員の財産全て調査できることになってしまい、個人のプライバシーもへったくれも存在しないことになってしまうのだ。

 

だから、任意調査は、調査対象者の承諾と協力の元に、プライバシーに配慮しながら事に対処するように法律で規制しているのだ。隠した財産を見つけることは、税務署の仕事であっても、納税者のプライバシーをまったく無視してよいということではないのである。

 

「なんかないかなー」という見込調査を認めたら、任意調査においても、強制調査と同じように個人のプライバシーは存在しなくなるのだが、そんなことを法律が許しているのではなく、むしろ、法律で行き過ぎたプライバシーの侵害を規制しているのである。

 

 しかし、尾戸巣税務署では、見込調査を実施しているし合法的だと言っているのだ。もはや、プライバシーの侵害や職権乱用罪で刑事告発するしかないのかもしれないのだ。

 

 多田税理士は、見込み調査の不合理さを分かってもらおうとHPの書き込みに熱中していた。そして、もう一つのメールが気になっていたのだ。

 

 それは、税務署員の実名を報道したことは、名誉毀損になるのではないのか、とのメールであった。

 

「うーん、沖山先生に応援してもらって、実名報道したのはまあいいけれど、公務員の実名報道は名誉毀損にはならないと思うけど、法的根拠をハッキリ示しておかないと、後に続く人は、実名報道に迷いがでてくるよな。」

 

「よし、じゃあ刑法の条文をしっかり検討してみようか。でも、税理士が、刑法の条文なんか開くかナー。なんか、ちょっと恐い感じもするなー。」

 

 やはり、税理士は弁護士ではないので、刑法などというぶっそうな条文にはなじみがないのである。刑法と聞いただけで、刑務所や裁判所・取り調べや尋問などを連想してしまうものだ。多田税理士も少々不安感を感じて条文を開いていた。

 

「確か、刑法230条だったよな。あ〜、これこれ。」

 

「公然事実を適示し人の名誉を毀損したる者はその事実の有無を問わず3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処す。かあ〜。」

 

「なに、懲役。禁錮。なんか気持ちいいもんじゃないなぁ。でも、条文だけじゃ分からんな。あ、そうだ。」

 

「学生時代の法律学辞典があったな。ちょっと見てみるか。」といいながら、書棚から古い法律学小辞典を引っ張り出して読み始めたのだった。

 

「ん〜。そうか、つまり、不特定多数の者が知ることができるように、具体的に特定できる人の事実について、真実か虚偽かを問わず、開示したことが、その人の社会的評価を害する場合に、名誉毀損になるのか。」

 

「え〜。これじゃあ、そのまんま当てはまっちゃうじゃないのかなあ〜。でもなー、そんなことはないよな。でも、もしそうだったら懲役ってことか。いや〜、すぐそんなことにはならんだろう。」

 

 多田税理士は、大丈夫だと思ってはいても、懲役とか禁錮という言葉に少々ゆさぶられてしまったようだった。無理もない。全く前例のない実名報道を実行したのだし、税務調査もこれから再開されるところなので、何かと不安に思ってしまうのだった。

 

 多田税理士は、悲観的に考え楽観的に行動するタイプなのだが、今は悲観論に心を支配されてしまっていたのだった。

 

「そうだ、こんな時は、元気な沖山先生に電話で質問してみよう。」と、携帯電話で沖山税理士と話しをするのだが、沖山税理士の声が普段とは全く違っていることに多田税理士はすかり驚いてしまった。どうして・・


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