タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』21

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(多田税理士からの質問書について回答にやってきた山上総務課長は、黒石統括官が怒鳴って机を叩いた事実を認めたが謝罪せず、敵意の眼差しに豹変した。野中統括官も質問書の回答を話し出したが、本人の承諾なしに財産を調べるのは当然、との回答に多田税理士は、また、呆れてしまった。)

 

 反面調査とは、本人調査でどうしても判明しない場合にのみ認められるのが判例や学説の立場であるが、野中統括官は、本人調査の前にでも家族名義の貯金も事前に調査すると公言したのだった。

 

 このような事前の反面調査は、判例違反であるし、判例とは法律と同じことなので、法律違反であるとも言えるのだ。しかし、彼らは、そのような事前の反面調査を日常的に行っているのであった。

 

 このような、事前の反面調査は大きな問題を含んでいるのだ。つまり、今回の場合、嫁の彩子は法定相続人でもなければ遺言で財産を取得した訳でもないので、相続税法上の調査の対象者とはならない。

 

 しかし、彩子名義の定額貯金を税務署員は調べた。結果として、父親の財産であれば相続財産となるので、事前反面調査は判例に背くものであっても、彩子名義の貯金が現実に相続財産であれば、相続人の財産を調べたことになるので何ら問題は残らない。

 

 ところが、彩子名義の貯金が、彩子本人のものであるならば、明かに調査対象者でない者の財産を本人の承諾もなしに調べたことになり、職権乱用の疑いも出てくるのだ。

 

「今回の場合、法定相続人である妻と息子が調査対象者であって、息子の嫁は調査対象者じゃないでしょう。いったい、相続税法60条の質問検査権の第何号に該当する調査なんですか。」呆れ顔の多田税理士。

 

「それは、相続税法60条を総合的に判断しています。」と、野中統括官。

 

「それは、おかしいでしょう。相続税法60条は総合勘案する条文ではなくて、調査対象者が限定列挙されているではないですか。」と、多田税理士。

 

多田税理士は、唖然とするばかりであった。相続税法60条には、調査対象者とは『納税義務者又は納税義務があると認められる者』と規定してあり、相続人として財産を相続し相続税を納税する義務のある者や財産を相続したが特例などで納税する相続税がなかった者などを指すのである。つまり、今回の場合には、妻と息子しか調査対象者になりえないのである。

 

条文には、はっきりと限定されているのに「総合的に判断」してなどと有りもしない条文解釈を勝手に作っている税務署の言い分には法律的な論拠はない。

 

 多田税理士が、返答を待っていると、野中統括官は、「総合的に判断する」ことについての回答はせず、守秘義務違反についての回答を話し出した。

 

「息子の嫁名義の貯金の出所を税理士に聞くことは、公務員の守秘義務違反にはなりません。」

 

「正当な質問検査権の行使です。質問には答えましたので調査に協力して下さい。」

 

また、「職員の権限で、反面調査に行きます。必ずしも本人の承諾はいりません。」とも、野中統括官は話した。

 

 もともと税務調査とは、本人の承諾を前提に行われるものであり、客観的な必要性のある場合に、社会通念上の相当な範囲内で、質問し検査することができるものであることが判例で確認されているのである。

 

 それを、本人調査をする前に反面調査に着手することは、客観的な必要性を考える前に、「何かないかな〜」という思いで行っている「見込み調査」を事前にしていることになるのである。

 

 これは、法律的な裏付けなしに、国民の財産を調べることであり、プライバシーの侵害にもなるし、公務員の職権乱用罪にも該当することにもなる。そして、今回の場合、息子の嫁の名義の貯金が、名義人通り息子の嫁の彩子のものであれば、職権乱用罪に加えて守秘義務違反の罪にもなるのである。

 

 このような、結果オーライの見込み調査が、堂々とかつ平然と行われているのが相続税の調査の実態と考えると、この見込み調査を止めさせるには、刑事告発しかないようである。

 

 今回の場合を例にとると、本人調査の前に反面調査により彩子名義の郵便局の定額貯金が出てきた。そして、他の家族についても全員の名義の定額貯金が出てきた。これらの定額貯金のことについては、多田税理士は聞かされていなかったし、相続税の調査の後、小石川夫妻からは「もらった」と聞かされていたが、詳細は詰めていなかった。

 

 なので、彩子名義の定額貯金が、本当に彩子のものなのか現段階では、はっきりしていない。この段階では、まだ、疑いの域を出ないので刑事告発はできない。

 

 しかし、本当に彩子の貯金であることが確定すれば、全くの調査対象者でない者の財産を勝手に調べて、その個人情報を彩子とは法律的な関係の全くない第三者の多田税理士に開示したことは、公務員の守秘義務違反に該当することになる。この段階まで来れば、税務署員を刑事告発できることになる。

 

 刑法239条1項には、『何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。』と、規定してあり、告発状は、警察署でも検察庁でも構わないのである。

 

 多田税理士は、沖山税理士から告発状を書くように言われていた。しかし、まだ書いてはいなかった。事実の詳細を確認していなかったためである。しかし、山上総務課長と野中統括官の権力者の開き直りともとれる言動に、告発状の必要性を感じていたのだった。

 

 しかし、一抹の不安がないでもなかった。小石川夫妻は、確かに所得税の売上を過少に申告していたし、帳簿の改ざんも行っていた。どうも、事の重要性を認識していない幼稚な発想からのようであった。

 

 そして、郵便局の定額貯金については全く知らされていなかったのであるから、小石川夫妻の人となりについて、疑問を感じていることも事実であった。そして、税務署員に個室で怒鳴られ机を叩いて脅された可哀想な夫妻でもあった。

 

 また、怒鳴った事実を認めながら、謝罪する意思など微塵も見せず、敵意の表情で返す税務署員。

 

 更に、見込み調査も第三者情報を税理士に開示することも合法だと言い切る税務署員。

 

 公務員という一見正直そうな顔の下に、権力者としての硬く冷たい仮面を垣間見た多田税理士は、自分達のメンツの為には一歩も引かない官のしたたかさを強烈に感じたのであった。

 

 尾戸巣税務署の二人は、税務調査の日程を後日連絡すると言って帰って行った。自分達の言いたいことを言ってさっさと帰ってしまったのだ。

 

「税務署員は、あんなに怒鳴っておきながら、謝りもしないんですね。」と、小石川昭夫。

 

「ホント。ふざけてますね。あの法律解釈には唖然としてしまいましたね。あそこまで開き直るとは、予想を越えていましたね。」と、首をゆっくり横に振りながら多田税理士が応えた。

 

 多田税理士は、この日はすぐに帰った。後は、税務調査の日程の連絡を待つ他なかった。

 

 多田税理士は、HPの実名報道の読者から来たメールに対する返事をHPに書こうと考えていた。しかし、気になって仕方がないことも多田税理士の前に立ちはだかっていたのだ。それは・・・・ 

 


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