タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第7話『こいつら取調室だな』20

 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜)

 

(多田税理士は、正月気分もそこそこに、違法な税務調査による更正処分は取り消されるという画期的な名古屋高裁の判例をHPに掲載したのだった。)

 

 多田税理士は、小石川宅の応接間にいた。今日は平成15年1月8日。尾戸巣税務署の山上総務課長が訪問してくる日であったのだ。

 

「先生、今日は調査があるんでしょうかね。」と、小石川昭夫は言った。

 

「いや〜。今日は、調査はないでしょう。山上総務課長も話しがあると言っていたんで、調査はないと思いますよ。」と、多田税理士。

 

「山上総務課長がどう出てくるのか、私も分からないんですよ。謝ってくるのか、調査を止めると言うのか、ちょっと分からないですね。まあ、今日のところは相手の出方を見てみましょうよ。」

 

 小石川夫妻は、不安そうな顔をしていた。

 

 午前10時。小石川宅の呼び鈴が鳴った。山上総務課長の登場である。

 

 小石川彩子が出迎えに立った。応接室には二人の男が入ってきた。

 ニコニコ顔の男と緊張した面持ちのメガネの男だ。二人とも50才前半と思われる。二人の男が名刺を差し出した。

 

 ニコニコ顔の男が山上総務課長であった。メガネの生真面目そうな男は、個人課税二部門の野中統括官であった。

 

 山上総務課長がまず口を開いた。ニヤニヤ、ニコニコしている。正座をして妙にかしこまった感じだ。多田税理士は、もしかしたら謝ってくるのかな、と一瞬感じた。

 

「えー、まず。質問書のことについて回答をさせてもらいたいので、まずは、こちらの話しを聞いてほしいのですが、よろしいでしょうか。」と、山上総務課長は、話し出すと同時に緊張した顔に変わった。

 

 多田税理士は、「はい、分かりました。どうぞ。」と言った。

 

「えーまず、会議室の件ですけれども、本人に聞きましたところ、ご主人から明確な回答を得られなかったので正義感から、ついつい声が大きくなり机を叩いてしまったのは事実です、と言っています。しかし、今回の件では、質問検査権を逸脱したものとは考えておりませんし、脅したなどとは心外です。」と言うと、山上総務課長の顔が強ばってきた。

 

「まあ、しかし、今回の件は、尾戸巣税務署としましても誠に遺憾であります。担当職員にも今後気をつけるようにと注意しました。」と、山上総務課長の顔は敵意に満ちた顔に変化を遂げていた。多田税理士を睨みつけているとさえ見える。隣に座った野中第二統括官は、山上総務課長とは対照的に無表情であった。

 

 多田税理士は、あっけにとられていた。予想したいずれの回答とも違った回答であったので拍子抜けしてしまったのだ。開き直ってくることまでは予想していなかったのだ。

 

「じゃあ、謝罪の意思はないのですか。」と、尋ねた。

 

「ですから、遺憾です。」と、山上総務課長が怒りに満ち満ちた表情で多田税理士に返答した。

 

 つい今しがた応接間に入って来た時は、ヘラヘラとニヤついた顔をしておきながら、税務署の見解を述べるや否や、本性が表情に現れたのであった。権力者としての民を見下す本性を丸出しにした山上総務課長であった。

 

 彼にとっては無理からぬことであろう。自分がしでかしたことではないのに、多くの納税者から電話で問いただされて、平謝りに謝らざるを得なくなった張本人の多田税理士が目の前にいるのだから。

 

「この若造。てめぇ−のお陰で俺はひどい目にあったんだ。脱税した納税者なんか怒鳴りつけて十分だ。俺だったらもっと締め上げてるぞ。あれくらいで済んでありがたいと思え。俺達は特別なんだ。」そう腹の中で思っているであろう表情の山上総務課長であった。

 

 多田税理士は、気が抜けてしまっていた。開いた口がふさがらないという表情をしている。怒鳴ってきたら怒鳴り返す心構えであったのが、謝りもしない、質問検査権も逸脱していないと開き直り、憎しみの眼差しを返してきた事は、全くの予想外の出来事であった。

 

 怒りのエネルギーを燃え上らせるつもりの多田税理士であったが、すっかり呆れてしまった。

 

「あれが、大きな声だって」と、呆れかえってしまった多田昭夫が彩子に向かって小声で話していた。

 

 多田税理士が、呆れてボーっとしていると、野中統括官が話しだした。

 

「それでは、3つの質問ですので整理しますと。まず、相続税の質問対象者の件、次に納税者の小石川さんの奥さん名義の預金の調査の件、そして、小石川さんの奥さんの預金を税理士に聞くことは守秘義務違反ではないのかという件の3件についてお答えします。」と、野中統括官は極めて事務的に無表情で話し出した。少々緊張した面持ちであった。

 

 多田税理士は、税法解釈の話しに移って来たので、思考モードは理論解釈の方に切り替わってしまった。山上総務課長の税務調査に関する返答に、怒りをぶつけるチャンスを逃してしまったのだ。

 

沈黙した応接間で、野中統括官の喉が「ゴクリ」と言った。

 

「相続税法60条の質問検査権による対象者は、一般論として、相続や遺贈(遺言で財産を相続した人)で財産を取得した人ということになります。」

 

「それは、通常、法定相続人のことですよね。」

 

「そうです。」

 

 野中統括官は、1番目の質問に対する答えを、一般論で片付けてしまった。多田税理士は、相続税での質問や財産の検査の対象になるのは、今回の場合、法定相続人なのに、法定相続人でない彩子名義の預金を検査できないのではないのかと質問していたのだ。

 

 今回の相続税の調査の場合、事前に家族名義の預金全てを調べてきていたのであった。納税者以外の人や機関に調査に赴くことを反面調査というが、この反面調査は、本人調査で内容が把握できない相当な理由がある場合に限られるとする多数の判例がある。

 

 従って、本人調査の前に、本人の承諾もなく反面調査をすることは、多くの判例に照らして違法なのである。しかし、税務署員は、そんな判例など無視をして、本人の承諾もなしに勝手に国民の財産を調べまくっているのが実状なのである。違法な反面調査が、堂々とまかり通っているのである。

 

「次に、小石川さんの奥さん名義の預金を調査することについてですが、調査は、申告内容が確かなのかを調査しますので、職員が必要があると判断すれば、家族名義の預金も調査します。」と、野中統括は話す。

 

 多田税理士は、税法の解釈論に移ったので、違法な点は認めるのではないのかと期待していた。事前の反面調査などあってはならないことは判例上明らかなのだから。しかし、調査対象者でない家族の預金も調べるし、事前の反面調査もする、と野中統括官は公言したのだった。

 

 更に、呆れかえってしまう返答が、野中統括官から返ってきたのだった。その返答とは・・・・・。


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