タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第6話『公務員の常識は非常識』第6章

 (〜訴えてやる〜)

前回5章のあらすじ

(糸山調査官は、多田税理士から守秘義務違反をしていると指摘を受け困惑してしまった。)

 糸山調査官は、多田税理士が佐々木良子の定期預金の出所を調べて来たと思っていたのに、守秘義務違反だと言われ、どう対処していいのか分からず、困った様子である。

「多田先生、いったい何が守秘義務違反なんでしょうかね。私達は、従来から、被相続人の近辺の方の財産状況を調べることはあるんですよ。もちろん、当方で必要だと判断した場合に限ってのことですけどね。」

 多田税理士は、何も分かっていない糸山調査官にイラ立ちを覚えた。

「あなたは、守秘義務違反をしたことがまだ分からないんですか。従来から、そんな調査をやっていたということは、従来からずーーっと、守秘義務違反をやっていたことになるんですよ。これは、大変なことですよ。」

 条文を出し、相続税法60条を指して、税務署員の質問検査権の範囲の説明をする多田税理士。

「いいですか、相続税法60条の質問検査権にはね。」


「納税義務者又は納税義務があると認められる者の財産に関する検査をすることができる、と書いてあるんですよ。当然、客観的な必要性がある場合に限られますからね。今回の場合の納税義務者は、近藤さんの奥さんと息子さんの二人だけですよ。近藤さんの妹さんは、法定相続人でもないのに、納税義務者になる訳がないじゃないですか。」

「いや、必要性があったから妹さんの預金を調べたんですよ。我々は、これぐらいの範囲のことは調べることがあるんですよ。」と、糸山調査官。

「だからそれが間違いだと言っているんですよ。」少々語気が荒くなってきた多田税理士であった。

 糸山調査官は、自分では反論できないと考えたのか、上司に相談すると言って応接室を出ていった。

 数分後、糸山調査官は上司の杉山統括官と一緒に応接室に戻ってきた。

「多田先生、はじめまして。統括官の杉山です。先生何か勘違いか誤解をされているようですね。彼は、非常に仕事熱心で、署内でも高く評価しているんですよ。間違った調査はしていないですよ。」

「あなたも全く自分立ちの間違いを分かっていないんですね。いいですか、今回の近藤氏の相続税の調査では、納税義務者は母親と息子だけであって、妹さんは関係ないんですよ。」

「なのに、何故なのかは知りませんが、近藤氏の妹さんの定期預金を調べて、その個人情報を、妹さんとは何の関係もない私に見せたということは、公務員の守秘義務違反になると言っているんです。」

多田税理士は、杉山統括官にも同じことを説明することにウンザリしていた。

「あらかたの状況は、糸山から聞いて内容は把握しています。我々は、通常の範囲内で調査をしています。何ら問題はないと考えています。」と、杉山統括官。

 多田税理士は、怒った。

「何を言ってるんですか。あなた達は。自分達の行き過ぎが分からないんですか。」と、杉山統括官に向かって身を乗り出して話す多田税理士であった。

 杉山調査官の応援で元気になった糸山調査官は、条文を開き、話し出した。

「多田先生。先生の相続税法60条の解釈は間違ってますよ。条文には、『次の各号に掲げる者に質問し、又は検査できる』とありますが、正しくは『次の各号に掲げる者に、質問し又は検査できる』と解釈しますから、金融機関の調査はできるんですよ。」

 多田税理士は、唖然として、目を丸くして口を開けたまま閉じることを、しばし忘れてしまった。まったく呆れ返ってしまったのだ。

 つまり、糸山調査官は、条文の『、』の位置がおかしいのであって、本来の『、』の位置はズレテいる。だから、自分達の調査は問題ないと言いたかったのだ。

 これは、条文が間違っているということを意味するのであり、『、』の位置がズレタだけで条文の意味が変わってしまうこともあるのに、条文が間違っているなどとは、理屈や理論もない、その場しのぎの、いいかげんな話である。


あなたね、条文が間違っているとは、いいかげんな事を言うんじゃないよ。あんたは、国会議員か!『、』があるとなしでは、天と地ほど違うんよ。自分達の勝手な解釈で、条文を変えるんじゃないよ。あんたの言うように、ここに『、』があったとしても、妹の定期預金を調べて良いことにはならないんだよ。」

 多田税理士は、今回ほど呆れ返ったことはなかった。自分達が正しいと主張するのに、条文が違っているなどとは、通常の常識では考えられないことであった。

糸山調査官の発言は、幼稚極まりないものであった。

「分かった。あんた達がそこまで理屈にもならないことを言うんなら、当方としては、あなたを国家公務員法100条違反で、検察庁に刑事告発するからね。いいね。相続税法72条には、秘密漏洩の罪は、2年以下の懲役又は3万円以下の罰金に処するとあるからね。

「う・・訴えるって言うことですか」と、糸山調査官はビックリしてしまった。

 おそらく、彼ら税務署員は、自分達が今までやってきた調査方法が違法であり、訴えられると聞いて驚いたのだ。

あー。訴えてやる。」と、多田税理士。

多田税理士も、糸山調査官をいじめたかったのだ。お見合いパーティーの意中の女性に、振られてしまったことが、今の、多田税理士の原動力となっていた。多田税理士の心中も正常さを欠いていた。しかし、違法な税務調査にも憤慨していたのであった。

 杉山統括官も、あわててしまった。

「多田先生、何もそこまでしなくていいじゃないですか。我々も一生懸命仕事してるんですから。」

だから、あんた達の常識は、実は、非常識だってことなんだよ。」と、多田税理士。

「分かりました先生。今回の件については、誤まります。我々も行き過ぎがありました。近藤さんの妹さんにも謝罪に行きます。近藤さんの調査も問題ないようですので、今回で終了にします。」

 杉山調査官の発言の後に、糸山調査官も謝ったのであった。

 素直に誤まられると、多田税理士もハット我に返った様子であった。じっくり考え込んでいる。

「多田先生、糸山君も将来のある身ですからなんとか今回は・・」との杉山統括官の部下を思う態度に、多田税理士は決心し、訴えることは止めることにした。彼女を悲しませたくないと思ったのだ。


次回第7話は、『こいつら取調室だな』

 〜ウソ言ってんじゃないよ!〜


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