タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第6話『公務員の常識は非常識』第5章

 (〜訴えてやる〜)

前回4章のあらすじ

(糸山調査官は、亡くなった質屋の主人の妹の定期預金の出所を、多田税理士に調査依頼して帰ったのだった。不信に思った多田税理士は、沖山税理士に相談したのだが、訴えてもいいぐらいだ、との返事にびっくりしたのだった。やはり、とんでもないことが起こってしまったのか。)

 多田税理士は、近藤家のトイレから沖山税理士に電話をしていたのだった。

 やはり、玲子の前で、他の税理士に質問している姿は見せたくはなかったのだ。

「エー!沖山先生、税務署員を訴えるなんてことができるんですか。」

「そうだよ。私達税理士だって守秘義務があるやろ。ねっ。公務員にも当然に守秘義務があるんだよ。だから、守秘義務に違反したら訴えることだってできるんだよ。」と沖山税理士。

「沖山先生。今回の場合は、どうして守秘義務違反になるんですか。確かに、亡くなったご主人の妹さんは、今回の税務調査とは関係ないですよね。相続人は、奥さんと子供さんがいますから、妹さんは法定相続人ではないですよね。」と考える多田税理士。


「それに、亡くなったご主人の奥さんは、もしかしたら、ご主人が母親から相続した財産が申告されていなかも知れないと言ってたんですね。もし、そうだとすると、ご主人の妹さんは、母親の法定相続人になる訳ですから、母親の相続財産が申告漏れだとすると、妹さんも当事者になるんじゃないでしょうか。」と疑問をぶつける多田税理士だった。

「いいや、そうじゃなくて。母親の相続財産の申告漏れがあろうがなかろうが、守秘義務違反は存在してるじゃないね。だって、あんたと妹さんは何の関係もない訳やろう。妹さんの定期預金の情報を何の関係もない、あんたに見せたのが守秘義務違反じゃろう。そうは思わんね。」

 沖山税理士の説明にハット気がついた多田税理士であった。

「あっ。沖山先生分かりました。そうですね。私は妹さんと会ったこともありませんし、仕事の依頼を受けたこともありません。私に妹さんの個人情報を漏らしたことになるんですね。」とやっと気が付いた多田税理士であった。

「そうだよ。国家公務員法の100条1項に『職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。』と書いてあるよ、それに、109条には『1年以上の懲役又は3万円以下の罰金に処する。』と罰則規定まであるよ。その、調査官はちょっとやり過ぎじゃないね。」

 沖山税理士の説明に、「そんなこともあるのか」とすっかり感心してしまった多田税理士であった。

 トイレを出た多田税理士は、応接室に向かった。

 玲子は、ニヤニヤする多田税理士を不思議がって尋ねるのであった。

「多田先生。どうかしたんですか。なんか嬉しそうですね。ニヤニヤされて。」

「いや、そんなことはありませんが、先ほどトイレでさっきの調査官のことを考えてて、あることに気がついたんですよ。」と、さも自分で考えついたような顔で沖山税理士の守秘義務違反の話をするのであった。

「へー。そんなことになるんですか。でも、言われてみればそうですよね。税務署員が知り得た個人情報を税理士とはいえ、第三者に漏らした訳ですからね。これから、税務調査はどうなるんですか。」と、今後のことと守秘義務違反のことがピンとこない様子であった。

「まあ、こちらとの税務調査には直接関係はないですが、税務署は、自分達が不利な立場になりそうなときは、税務調査を止めてしまうこともありますから。守秘義務違反を突っ込めば、もしかしたら税務調査も終わってしまうかも分かりませんよ。」と多田税理士。

玲子は、どんな形であれ、税務調査が終わってしまえばそれで良いよ考えていたので、今後の対応を多田税理士に任せることにしたのだった。

 一般の人は、税務署員が間違ったことを言ったりするとは思っていない。税務署員が言うことは、いつも正しいものだと思い込んでいる人も少なくはない。しかし、税務署員は、税金を取ることしか考えていない。真面目な税務署員であればあるほど、税金を取る理屈がうまいし、よく調査にも精を出している。

今回の糸山調査官も、真面目で優秀な調査官である。


 だからこそ、自分の犯した間違いにまったく気がついていないのだ。

 調査官自身も、税務調査の限界や限度に関する教育を、さほど受けていないようである。

 多田税理士は、糸山調査官に個人的は嫉妬心を抱いていた。お見合いパーティーとはいえ、意中の女性を奪われた40過ぎの独身男の嫉妬は普通ではなかった。

 多田税理士は、糸山調査官を攻撃する又とない大義名分を手にしたのだった。

 多田税理士は、博多税務署の糸山調査官に電話をかけるのであった。

「もしもし、糸山さんですか。税理士の多田ですけども、先日の近藤さんの妹さんの件でお話したいことがありますので、お時間を取ってもらえませんか。」

 糸山調査官は、亡くなった近藤氏の妹の佐々木良子の定期預金の出所を調べて来たのだろうと思い、明るい声で返答するのであった。

「ああ。多田先生。わざわざすみませんね。私の方から出向いてもいいんですが、よろしければ署でゆっくりお話できればと思うんですが、いかがでしょう。」

「いいですよ。私が署に行きましょう。そうした方がかえって良いかもしれませんね。」と多田税理士は、気さくに答えるのだった。

 博多税務署に訪問する日程を打ち合わせて、電話でのやりとりは終わった。

 数日後、博多税務署に多田税理士が現れた。

 糸山調査官に面会を申し込んでいると伝えると、本人がすぐにやって来た。

「いやー。多田先生。ご苦労様です。ささ、こちらの部屋にどうぞ。」と、糸山調査官は、応接室に多田税理士を案内するのであった。

「多田先生。さっそくですが、佐々木良子さんの定期預金の出所は分かりましたか。」と、ニコニコ顔で切り出す糸山調査官。

「糸山さん。あなたはとんでもないことをしているんですよ。佐々木良子さんの定期預金の情報は、個人情報でしょう。私と佐々木さんは、まったくの他人で仕事上の委任関係もないんですよ。その、まったくの他人である私に、調査で知り得た秘密を漏らしたんですよ、あなたは。これは、明かに公務員の守秘義務違反ではないですか。あなたは、分かっているんですか。

 多田税理士は、しっかりと糸山調査官を見据えているのだった。

 糸山調査官の顔から見る見る血の気が引いていった。落胆の表情が、彼の顔に映し出されたのだった。

 この後、糸山調査官はいったいどうなってしまうのかー!


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