〜 タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

第5話 『呪われた飲食店』第6章

 (〜病気になったのはなぜ〜)

 前回5章のあらすじ

(『小料理ふじやま』の座敷では、静江が休んでいる。そして、夫の藤山一郎が看病をしているが、静江は、鬼仏神社の言い伝えがきになって仕方がない。つまり、願をかけたのにお参りを止めてしまったから、バチが当って呪われるんだと思い込んでいる。税務署が来たのも、自分が病気になったのも、鬼仏神社のタタリだと思っている。そして、やっとのことで、沖山税理士から多田税理士に電話がかかってきたのだった。)

 

「ハイ、多田です。」

 

「沖山です。さっき電話したのは、あんたやったよね。さっきまで、研修会で話してたから、しゃべられんかったんよ。なんか、あったんね。」

 

 沖山税理士は、実務に直接役に立つ話と、分かり易い講義内容が非常に好評で、九州のあちこちから講演依頼が舞い込むようになっており、以前のように、簡単には連絡が取れないようになっていたのだった。

 

 沖山税理士は、いつも、すぐに携帯電話に出てくれるので、今回もすぐに対応してもらえると思っていたが、さっきは電話で話してもらえなかったので、多田税理士は意気消沈していたが、やっと、沖山税理士から電話をもらって、ホットした。

 

 携帯電話を持って、外に出る多田税理士。

 

 


「先生、実は・・・・」

 多田税理士は、先ほどまでの堤調査官とのやり取りを細かく沖山税理士に報告していた。

 

「そうね、売上伝票をなくしたんだね。それで、売上伝票の記載内容はどんな風になってるの。そして、レジペーパーの打ち込み内容と、保存状況はどうなっとるの。それに、現金出納帳は書いてるのかね。」多田税理士に、状況の説明を求める沖山税理士であった。

 

「はい、売上伝票は普通のやつで、複写式ではなく、注文を一行づつ書いて、注文を届けたら、チェックマークを書いていくんですね。それで、清算の時に売上伝票を見ながら、レジを打ってお客さんにレジシートを渡すようにしています。お客さんから受け取った売上伝票は、通常はそのまま保存しています。そしてですね、レジペーパーも現金出納帳もちゃんと過去の分まで揃ってます。」と詳しく、説明する多田税理士であった。

 

「そうね。じゃあ、売上伝票には料理名しか書いてない単票式のやつだね。それじゃあ、売上伝票は単なるメモということになるね。確かに、売上の証拠の一つではあるけど、青色申告の記帳義務の対象にならないし、保存義務の対象にもならないよその売上伝票じゃあね。」と、沖山税理士は答えたが、多田税理士にとって、まったく意外な回答であった。

 

「沖山先生、売上伝票は、とっておかなくてもいいんですか。だって、売上の証拠じゃないですか。と、多田税理士は、混乱してしまった。

 

「そうよ。確かに、お客さんから注文をもらった証拠には成り得るけど、税法は、その売上伝票の記載を義務づけている訳でもないし、保存義務もないよ。

 

「単なるメモ。ということになるね。それと、レジペーパーは、相手に渡しているから、領収書になるので、写しがあるんだったら、保存する義務はあるね。もちろん、現金出納帳も書いたんだったら保存義務はあるよ。今回の場合は、レジペーパーの写しと現金出納帳が保存されていればいいんだよ。」と、納得いかない多田税理士に話す沖山税理士であった。

 

「沖山先生。それじゃあ、税務署は納得しないでしょう。やはり、売上伝票は、売上の証拠だと思うんですけど。」まだ、納得しない多田税理士。

 

「ああ、あんたこないだの授業に来てなかったよね。そうそう、前月の授業で、青色申告者の記帳義務と保存義務について講義したんだよ。」と、沖山税理士。

 

 多田税理士は、沖山税理士が主催する税法の勉強会の生徒であったが、最近、仕事が忙しくなって、講義をさぼっていたのであった。

 

 「先月の講義でやったんですか?欠席が続くとロクナコトはありませんね。」と、後悔する多田税理士。

 

「つまりね、売上伝票は確かに、売上の証拠とも言えるけど、青色申告の記帳義務のある資料は、仕訳帳・総勘定元帳・決算書・棚卸票なんだよ。それ以外の帳簿は、作成したら保存義務が発生するものもあるにはあるけどね。売上伝票は帳簿ではないよね。」

 

「それに、相手からもらった注文書や領収書は保存義務があるけど、この売上伝票は、お店で書いているから、お客さんからもらった注文書ということにもならないから、保存義務もないんだよ。」

 


 多田税理士は、次から次へと帳簿や記録の作成義務や保存義務の話が飛び出てきて、全く面食らうと同時に、自分の知らなさ加減に落ち込んでしまっている。

 

 しかし、沖山税理士は続ける。

 

「それにね、注文書・領収書を自分で作成して、写しがあれば、その写しは保存義務があるんだよ。今回の場合、レジペーパーに「領収しました」というような文章が入っていれば、領収書になるので保存義務はあることになるよね。分かった?」と、沖山税理士。

 

「はい、先生よく分かりました。今回の売上伝票は、作成義務も保存義務もないものなので、紛失してても何も問題がないんですね。青色申告を取り消されることもないんですね。」と、多田税理士は、ひとまず安心したが、まだ、納得していない。

 

 つまり、今の説明で、あの堤調査官が納得するか、自信がないのである。

 

一方、静江は、自分が病気になったのは、鬼仏神社にお参りに行かなくなったバチだと考えていた。

 

 病気になると人間気が弱くなるものである。また、落ち込んでしまうと、なんでも自分が悪いんだと思い込んでしまうものである。

 

 静江は、「自分たちは脱税なんか絶対にしていない。あの500万円の二口の預金は、主人と一生懸命貯めたお金なのに」と、思ってはみても、気弱になっている今日は、あきらめ気分が出てきてしまっている。今、自分の体を心配してくれている夫に対しても、申し訳ない気持ちで一杯なのだ。

 

 

こんな税務調査なんか、一日も早く終わってほしいわ。ホントは脱税なんかしてないけど、犯罪者を見るような目つきで見られるのは耐えられないわ。お金はまた貯めればいいし、税務署員の言うことを認めてしまおうかしら。楽になるんだったら仕方ないわよね。

などと、考え始めた静江であった。

 

 多田税理士は、売上の証拠がなくなってしまったということが、気になって仕方がなかった。あの、堤調査官を説得するには、どうしたら良いのか、しつこく沖山税理士に質問するのであった。

 

 そして、多田税理士は、急に明るい顔に変わってしまった。沖山税理士の説明に十分納得したのだ。

 

 さあ、多田税理士は、どんな作戦で反撃にでるのだろうか。

 

 はたまた、反撃も空しく、静江は、身に覚えのない申告洩れを認めてしまうのか。

 

 このあと、一体どうなってしまうのか・・・

次号をお楽しみに。


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