タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 8

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けた。沖山税理士に対策を伝授された。税務調査は続く。そして、自力で対応する多田税理士。)

 

「偽り、その他不正の行為によるものについてですね、更正や決定についての除斥期間を法定申告期限から7年を経過する日までと改正された国会においてですね、附帯決議がなされているんですよ。衆議院と参議院で微妙に言い回しが違ってますが、おおむね同じような附帯決議がされているんですよ。」と、蒲原上席調査官と隆に交互に目線を向けながら夢中で話す多田税理士であった。

 千夏は、沖山税理士の顔を微笑みながらもマジマジと見つめていた。沖山税理士は、自身が持ってきた「税務調査必携」なる資料集をめくり、あるところで手を止めた。附帯決議の資料を見つけたのだった。

 

「え〜っといいですか。ああここだ。言いますよ。『今回の改正により延長された更正・決定等の制限期間における調査に当っては、高額かつ悪質な脱税者に重点をおき、中小企業者を苦しめるようなことのないような特段の配慮をすること』って書いてあるんですよ。前々期に退去した2社の敷金返還不要部分の金額は約50万円でしたよねえ。これくらいの金額で高額と言えますかねえ。私は高額だなんて言えないと思いますよ。それに、単純な振替漏れですし、なんら経理操作や隠蔽もない訳ですから、悪質とも言えないですよ。なので、通常の5年の除斥期間を経過したと考えます。」

 

「ふっ附帯決議ですかあ。はあ〜。」と、タメ息を漏らす蒲原上席調査官。

「確かにですねえ、附帯決議は法律文書ではありませんから条文には出てきませんよねえ。でも、法律制定の背景を考慮して附されている訳ですから、むしろですねえ、わざわざ附帯決議にまでして残すことで、法律そのものの立法趣旨を誤って解釈適用しないように再確認するためにあるものだと重要視すべきではないでしょうか。それにですね、平成135月にですね、熊本地裁においてですね、『らい予防法』における違憲国家賠償請求事件においてですね、国の敗訴の原因の一つにですね、行政府がですね、昭和28年法制定の際の附帯決議を遵守しなかったことも含まれているんですよ。条文に書かれてなくても、立法趣旨を表現する附帯決議は裁判でも効力を発揮したんですよ。それくらい重要なんですよ附帯決議とはね。」と、いっきに思いをぶつけた多田税理士であった。

 

「わっ分かりました、多田先生。その50万円の件につきましては今ここで増額更正しませんとは言えませんが、上司と相談しまして先生のご意見に従う方向で検討させて頂きますので、よろしいでしょうか。」

「どっちの50万円のことでしょうか。6年前の収入計上漏れの件でしたら、もう5年の除斥期間を経過していると言いました。前々期の50万円分の過剰な所得に対する法人税の減額更正だけををしっかりしてもらわなくちゃいけませんよねえ。」と、語気が強くなった多田税理士。

「そっ、そんな困ります減額だなんて。と、兎に角、上司と相談をさせてください。あっあのう敷金返還不要の50万円分についてはですねえ、入居時も退去時も問題はなかったということで、今回の調査は終了ということではいかがでしょうか。最終決定は、上司の許可をもらわないといけないんですが、きっとそのようになると思いますので・・」

 

「私は50万円分の過剰所得分の減額更正だけでいいと思うんですけどねえ。秋山さんはどうお考えですか。今までの我々のやり取りを聞かれて、どう思われますか。」と、隆の意見を聞く多田税理士であった。

「そっ、そうですねえ。多田先生の言われる減額更正ですか。つまり、税金が戻ってくるってやつですけど、なんか税金戻ってきても、今度は6年前の税金を払いなさいなんてことになると面倒ですし、その退去した2社について問題がないのであればそれはそれで構いません。税務調査がこのまま終わる方がいいですね。」

 

「そうですか。秋山さんがこのまま税務調査終了を選択されるのでしたら税理士としては何も申しません。」

「ああ、そうですか。じゃあっ調査はこれで終了と言うことにさせてください。最終のご連絡は多田先生にお電話しますので、よろしくお願いします。それでは、これで失礼します。」と、蒲原上席調査官は帰った。

 

「あ〜緊張したあ〜〜。」と、隆。

「お疲れ様でした、秋山さん。初体験は緊張するもんですよねえ。」と、微笑む多田税理士。

「いやあ。こんなに緊張するもんだとは思いませんでしたよ。金額はねえ、そんなに高額じゃなかったんですけどねえ、お金を払わされるのか、それとも守れるのかってドキドキしますよね。それに、多田先生がどう応答されるのか心配なような頼もしいような複雑な心境にもなりましたし。はあ〜疲れました、ホント。」ソファアで足を伸ばしバンザイの格好をし強ばった体をほぐす隆。

「あら、あなた。頑張っていただいたのは多田先生でしょ。まず、お礼が先じゃないですか。パン。」と、隆の肩を軽く叩く千夏。

「おお、そうだったね。いやあ、多田先生お見事でした。知識もしかり、問答のやり取りも立派でありました。助かりました。ありがとうございました。」

 

「いえいえ。今回は、入居時に敷金の返金不要などという賃貸借契約書は初めてでしたので、ちょっと面くらいましたけど、除斥期間の考え方もしっかり整理できましたのでね、当方としましてもいい勉強になりました。」

「それにしてもカッコ良かったですよ、多田先生。なんかこう白馬に乗った王子様が来たって感じでとても素敵です。ありがとうございました。」と、多田税理士の手の平を掴んでお礼をする千夏。

「これこれ、そんなことするんじゃありません。」と、千夏の行動をたしなめる隆。

「なによ変態。多田先生にお礼を言っているだけじゃない。変に私に指図しないでくれる。」と、急に怒り出した千夏。

 

「まあまあ、穏やかにいきましょう。せっかく税務調査が終わったばかりなんですから。」と、雲行きが怪しくなってきた雰囲気を和ませる多田税理士。

「そっ、そんなこと言わなくてもいいじゃないか。多田先生に失礼だと思ったから言ったんだよ。ごめんごめん。千夏のしたいようにすればいいよ。」と、千夏をなだめる隆。

「うん。千夏の好きなようにしていいよって言ったのはあなたですからね。手を握ってお礼を言ったっていいじゃない。だって本当に嬉しいんだもん。」

「じゃあ私はそろそろ失礼します。税務署から最終連絡がありましたらお電話しますので。」

「あらあ、多田先生。今からケーキを用意しますので、コーヒーでも飲んでってくださいよ。ねっ。」と、ウィンクする千夏。

「そうですよ。コーヒーぐらい飲んでいってくださいよ。私は、緊張したせいかトイレに行きたくなりましたので、ちょと失礼します。あっ、私トイレは長いものですから、ここで失礼させて頂きます。今回は本当にありがとうございました。」と、隆。

 

 隆がトイレに入ることが分かった千夏は一人ほくそ笑んだ。

「それじゃあ、ケーキとコーヒーの用意をしますから、待っててくださいね。」と、言い残し千夏は出て行った。

事務所に一人残された多田税理士は、早く帰りたかったのだった。それは、千夏との不倫の事実があるとしたら、そして、それが隆に知れることになれば、損害賠償訴訟に巻き込まれる可能性があるからだった。千夏の自由奔放な性格を考えると、いつ態度を変えるかもしれない不安感を多田税理士は感じ取っていた。しばらくして、千夏はケーキとコーヒーを持って事務所に入ってきた。

「はい、多田先生どうぞ召し上がれ。」

「それじゃあ、遠慮なくいただきます。頂戴いたしましたらすぐに失礼しますので。」

「あらあ。多田先生ゆっくりしてくださっていいんですよ。主人のトイレ本当に長いのよ。しばらく戻ってこないからあ、ねえ、千夏に優しくして。ねえ、あの夜みたいにさあ。」と、隣に座った千夏が多田税理士に持たれかかってきた。

「ちょちょっと、千夏さん。困りますよ。ご主人が戻ってきたらどうするんですか。はっ、離れてくださいよ千夏さん。」と、千夏から体を遠ざける多田税理士。

「もお、私達はあ、もう不倫の関係なんですよってばあ。写真見せたでしょ。チュウしてたでしょ。千夏と仲良くしてくれないと大変なことになっちゃうかもしれないよ。そうなると大変だよ。」と、千夏。

 やはり、大人の関係があったのだと思った多田税理士の心は凍りついたのだった。


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