タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 7

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けたのだが、未経験の賃貸借契約書に戸惑う多田税理士。沖山税理士に助けを求め、対策を伝授された。税務調査は続く。)

 

「では、駅前の貸ビルなんですが、ここ数年間の動きは分かりますか。」と、蒲原上席調査官は落ち着いた口調で秋山隆に尋ねた。

「はい、確か前々期に2社退去されまして、前期に1社入居されました。これが、3社との賃貸借契約書です。」と、隆。

 差し出された契約を確認する蒲原上席調査官。手元の資料と契約書の内容を指差しで確認していた。おそらく、株式会社アキヤマの勘定科目内訳書の預り敷金の金額と契約書の預り敷金の内容を確認しているのだ。つまり、敷金20%の返還不要部分の金額が当初の敷金の金額から減額されているのか確認しているのだろう。

 

「前々期に2社退去されていますね。それに、前期は1社入居されていますね。う〜ん、前々期に退去された2社はやはり敷金の全額が預り敷金として計上されていたようですね。3期前の勘定科目内訳書にはっきり記載されていますねえ。そうしますと、この前々期に退去された2社については収入漏れの可能性がありますよねえ。あっ、そのう除斥期間が経過していなければということでしたねえ。」と、ちらりと多田税理士に視線を向ける蒲原上席調査官。

「そうですねえ。その前々期に退去された2社なんですが、いつ入居されたんでしょうか。」と、多田税理士。

 

「そうですね。え〜と、いつ入居されたのかなあ。ああ、2社とも6年前に入居されてますねえ。う〜ん微妙だなあ。」と、契約書を手につぶやく蒲原上席調査官。

「え〜、何が微妙なんですか。多田先生教えてもらえませんか。」と、隆。

「う〜ん、つまりですね。敷金の20%を契約時に収入に計上していなかった訳ですから、更正処分の対象にはなるんですが、除斥期間を5年とみるのか、それとも、7年とみるのかで違ってくるんですね。つまり、敷金返還不要部分の収入の計上漏れが、単純な申告漏れだと除斥期間は5年ですから更正処分の対象外なんですけれども、収入の計上漏れが偽り不正であると税務署が判断すると除斥期間は7年ということになって更正処分の対象になるんですよ。」と、多田税理士。

「え〜。偽り不正の行為なんですかねえ。だって、勘定科目内訳書には返還していない敷金の金額のまま記載している訳ですし、敷金の20%を減額してですね、その分の社長の借入金を増加させるなんて経理上の操作をしていれば偽り不正の行為と言われてもしょうがないんでしょうけどねえ。7年は納得できない感じなんですけどねえ。」と、隆。

 

「まあ、5年か7年かは署に持ち帰って上司と相談しますので。じゃあ、前々期の2件の契約書のコピーをとらせて下さいね。すみません、電源を貸して頂いてよろしいでしょうか。」

「はいどうぞ。後ろの壁にコンセントがありますからどうぞ。」と、千夏が素早く応えた。

契約書のコピーを終えた蒲原上席調査官は、前期に入居した会社との賃貸借契約書をめくり、手元の資料と照合した。

「あれえ。前期分はちゃんと敷金の20%の金額は減額されて記録されていますねえ。前期から、適正な経理処理がなされたんでしょうか。う〜ん、どうして変わっちゃったんでしょうかねえ。」

 

「ああもしかして、亡くなった税理士さんとこの職員さんが変わられたんですよ。確か2年くらい前だったと思うんですけど。暗くて感じの悪い方だったんですけど、長年税理士事務所に勤めておられた方で、結構税法にも詳しい職員さんだって父親が言ってたことを思い出しました。」

「じゃあ、総勘定元帳で確認してみましょうか。では、前期の元帳を見せて頂いてよろしいでしょうか。」

「はい、こちらです。」と、前期の元帳を差し出す隆。

 

 元帳に目をやった多田税理士は、何か違和感のようなものを感じ取った。まだ、自分でも何に気付いたのかもはっきりしないが、元帳に何かがあると感じたのだった。

「ああ、前期の入居に関しては、ちゃんと敷金返還不要の20%の金額は収入金額に計上されていますね。前期に関しては問題ないですね。」と、蒲原上席調査官。

「ん。じゃああ、先ほどご指摘された、前々期の退去時の経理処理はどうなっているんでしょうか。ちょっと確認しておきたいと思ったものですから。」と、多田税理士。

「ああ、それもそうですね。じゃあ、前々期の元帳を拝見させてください。勘定科目内訳書の確認だけじゃあ不十分ですよね。先生のご指摘どおり元帳で確認をさせてください。」

 

 隆より差し出された前々期の元帳をめくる蒲原上席調査官の手が止まった。そして、腕組みをして天井を仰いだのだった。

「ど、どうしたんですか。」と、尋ねる多田税理士に前々期の元帳を差し出して指をさして経理処理の場所を教えるのだった。

「ええ、敷金20%返還不要の金額分は雑収入に振替ているんですか。そうですか。6年前にすべき益金処理を前々期にしているんですかあ。」と、多田税理士。

 

沈黙の時間が流れた。そして、隆が発した。

「いったい何がどうしたんですか。何か間違っていたんでしょうか。やっぱり、除斥期間7年が確定したんですか。追徴ですか。いや〜まいったな。」と、よほどすっぱいものを食べたように顔をしかめる隆。

 千夏は、隆の悔しがる表情を見て声を出さずに横目で見て笑った。

「いやあ、逆ですよ。逆。税金を返してもらえるかもしれませんよ。よくあるんですけどね。これってズラカシの法則って僕らは言っているんですよ。まず、敷金返還不要部分の金額を収入に計上しなければならないことは今までの話でご承知だと思います。では、いつの収入にすべきかですが、当然、賃貸借契約書を作成した時の収入にすべきだったんです。今回は、それをしていなかった。ですので、更正処分の対象になるんですが、単純な収入の申告漏れだと、除斥期間は5年ですから、更正処分の対象外となります。そうしますと、前々期に退去した2社の分の敷金返還不要部分約50万円を雑収入に計上したままにしておくことは、正しい前々期の所得金額ではなく、過剰な所得金額となってしまっているんですね。それで、税務署は申告内容に間違いがあれば、増額も減額も更正処分しなくちゃならないので、前々期の申告については減額更正の対象になるんですよ。そして、減額更正の除斥期間は5年ですから、前々期は5年以内ですので、減額更正の除斥期間は経過していないことになるんです。」と、一気に説明する多田税理士。

 

「いやあ〜。でもですね、収入の漏れは偽り不正の可能性が濃厚ですからねえ。」と、か細い声の蒲原上席調査官。

「じゃあ、ですね。6年前の増額更正も実行し、前々期の減額更正も両方されるんですね。増額更正だけされるんじゃないでしょうねえ。後で、減額しないってことないでしょうねえ。」と、多田税理士。

 

「いやあ。そうですねえ。この雑収入にされた件も含めて一旦署に持ち帰って検討させてください。結論は、多田先生にご連絡しますので。じゃあ、今日のところは調査終了としますので。どうも、ご協力ありがとうございました。」

 

帰ろうとする調査官に一言付け加える必要があると考えた多田税理士は、自分の資料集の「税務調査必携」を取り出した。そして、ページを素早くめくり該当のページを見つけるや内容を確認し大きく頷いた。

「あのですね、中小企業に対して偽り不正で除斥期間が7年だとか気軽に言ってほしくありませんね。なぜ、偽り不正の場合の除斥期間が2年延びたのか知ってますか。それはねえ、当時は大きく世間を騒がせたロッキード事件がきっかけなんですよ。つまり、悪質かつ巨額な脱税事件だったにも拘らず、当時の国税通則法では5年しか追徴課税できなかったことを受けてですね、また、当時の世論の後押しもあって、高額で悪質な偽り不正の行為に対して追徴課税できる期間を7年に引き伸ばしたんですよ。しかしねえ、中小企業に対しては特に配慮することになっているんですよ。」と、一気にまくしたてる多田税理士。

「うう。そそんな。どこにそんなことが書いてあるんですか。条文には、そんなことは書いてないと思うんですけど。」と、蒲原上席調査官。

「あなたも国税調査官なら知っているんじゃないですか。いや、当然知ってなきゃいけないですよ。今から読み上げますから秋山さんも聞いててくださいね。それはですね・・・・」


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