タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 6

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けたのだが、未経験の賃貸借契約書に戸惑う多田税理士。沖山税理士に助けを求め、対策を伝授された。)

 

「ちっ千夏さん。腕を放してくれませんか。二人とも一緒にいなくなって、旦那さんに変だと思われたらどうするんですか。」

「私は気にしないんだけどな。」

「わっ私が気にしますよ。じゃあ、私は事務所に戻りますので。」

 

 多田税理士は、沖山税理士の助言を確認しながら、調査官と秋山隆が待つ事務所に戻っていった。そして、秋山千夏も多田税理士のすぐ後から事務所に入って来たのだった。

 

「千夏、お前随分戻ってこなかったじゃないか。いったい何していたんだ。」と、隆。

「うん。ごねんね。料理の途中だったから、片付けに台所に行ってたの。」と、言った千夏は、隆に分からないように多田税理士にウィンクしたのだった。多田税理士はしかめっ面で応えたのだった。

「うをっほん。お待たせしました。10年前の20%の敷金の返還不要による収入の漏れですが、やはり、除斥期間が経過していますので、修正申告には応じられません。また、例え修正申告したとしても、それはただの紙切れですし、納税したとしても10年前の修正申告の納税は誤納となってしまうはずです。」

 

「へえ~。やっぱり10年前の収入漏れは修正申告しなくていいんですね。」と、感心する隆。

「そうなんです。更正処分があるまでは修正申告ができると規定されているんです。できる規定なんです。だから、修正申告するかしないかは任意なんです。そして、国には『税金を課税するぞ』という賦課権という権利が有るんですけれど、この賦課権には除斥期間という制度がありまして、除斥期間を経過しますと課税処分することが出来なくなってしまうんです。そして、選択制ではなく自動的に課税処分が出来なくなるんです。除斥期間とはですね、この期間を経過してしまうと自動的に課税することを除き退けますよ、と法律で決めていることなんですよ。なので、除斥期間が経過して更正処分されることがないのに、わざわざ修正申告する必要性も義務もないんですよ。」と、隆に説明する多田税理士。

 

「へえ~。じゃあ、10年前の収入の漏れを修正申告してしまって、税金も納めたらどうなるんでしょうかねえ。税務署さんは更正処分ができないから修正申告したらって言われているんじゃないんですか。」と、隆。

「修正申告は、更正処分できる期限内に納税者が自ら税金を払いますよと行動することができると規定してるのであって、除斥期間の経過した事業年度の修正申告書は賦課権に基づかないものなのでただの紙切れと思っていいんですよ。またね、『税金を課税するぞ』という賦課権が確定しますと、次は『税金を払いなさい』という徴収権が発生しますけど、通常は5年、脱税の場合でも7年で消滅時効となりますから、徴収権がなくなると納税は納税ではなく誤納ですので、税務署としては戻さなきゃならいことになるんですよ。つまり、徴収権の消滅時効は、時効だから払いませんと宣言するような時効の援用の必要はないし、また、消滅時効による利益は放棄することができないんですよ。国税通則法第72条に規定されているんですよ。」

 

 

 多田税理士は、沖山税理士から教えてもらった国税通則法の条文を開いて、隆に第72条の条文を指差しして教えたのだった。

 

「結局ですね。法定納期限から5年や7年を経過してしまうと、徴収権が絶対的に消滅することになるので、納税申告書の提出はなんらの利益ももたないですよねえ。だから、10年前の収入漏れによる修正申告書の提出と納税があっても、その納税額は返却しなければならなくなるんですよ。ねえそうでしょう、蒲原さん。」

「はい。概ね多田先生のおっしゃる通りだと思います。ですので、10年前の事業年度ではなく前期の事業年度の収入の漏れとして修正申告して頂ければ、除斥期間の問題もなくなる訳でして、それで、前期の修正申告でいいですよ、と申し上げている次第なんですよ。」と、あくまで前期の修正申告を譲らない蒲原上席調査官。

 

「え~10年前の事業年度に発生した収入の漏れを、除斥期間の経過によって10年前の事業年度の修正申告さえしなくていいのに、どうしてなんの関係もない前期の収入として修正申告しなくちゃならないんですか。おかしいでしょう。収入の漏れがあったら、その漏れがあった事業年度の修正申告かどうかを考えるべきでしょう。前期は10年前とは全く関係ないじゃないですか。」と、激しく反論する多田税理士。

「まあ、そう杓子定規にお考えにならないで下さい。こちらは、収入の漏れがあったのに納税できなかったことを後悔されていると思って、前期の収入漏れとして扱ってあげましょうとしているんですよ。やはり、過少申告では後ろめたいとお考えの納税者や税理士さんも多くいらっしゃるでしょうからねえ。ねえ、そうですよね秋山さん。」

「えっええ~。どちらのお話を信用すればいいのか分からなくなってしまいました。多田先生、どうしたらいいんでしょうか」と、隆。

 

「別に、わざわざ納税したいのであれば前期の収入漏れとして修正申告書を提出して納税してもいいかもしれませんが、それは、税法の正しい適用とは異なることになるので私はお薦めしません。秋山さんは、そんなに納税したいんですか。」

「いえいえ、節税したいですよ。払わなきゃいけないものは払いますけど、そんな税法の正しい適用を超えてまで納税するつもりはありませんよ。」

「分かりました。じゃあ、10年前の敷金の返還不要による収入漏れの件は何もしないこととします。当方の主張は以上です。何か不都合があれば、何なりと処分されればよろしいでしょう。」と、多田税理士はキッパリと主張した。

「そうですか。そう主張されるのなら仕方ないですなあ。こちらは善意で申し上げたことなんですけどねえ。結構皆さん応じられるんですけどねえ。後ろめたくないようにと工夫しているんですけどけどねえ。」と、残念そうな蒲原上席調査官。

 

 いつの間にか、千夏は多田税理士の横にピッタリと身を寄せて座っていた。異常な接近振りに蒲原上席調査官の目が千夏に釘付けとなった。千夏の接近にやっと気付いた多田税理士は急に立ち上がった。

「のっ喉が乾いたなあ。奥さんすみませんが、水を一杯もらえませんか。なんかこう、頭グルグルで考えていたら、やたらと喉が渇いてしまって。すみません。」

「はい、わかりました。すぐにお持ちしますね。」と、『あらやっと気付いたのね』とでも言っているかのよな無邪気な笑顔の千夏。

「あっ急に立ってしまってすみません。」と、千夏に一礼する多田税理士。

「多田先生大丈夫ですか。トイレに行かれたり、急に立ち上がったりされてますけど、どこか具合でも悪いんじゃないですか。何なら今日の調査はこれまでにしてもらいましょうか。」と、心配そうな隆。

 

「いやいや。もう少し申告内容の確認をさせてもらえないでしょうか。まだ、最近の敷金返還不要契約の分も残っていますし。」と、驚いた様子の蒲原上席調査官。

「だっ大丈夫です。ちょっと緊張しているだけですから。まだお昼には時間がありますので、もう少し続けましょう。」と、千夏の接近と税務調査の対応に混乱する多田税理士であった。

 

「ああそれで、10年前の敷金返還不要分については、会社としてはどのようにすればいいんでしょうか。」と、今後のことが気になる隆の質問だった。

「はい、まず敷金の20%部分の金額を前期損益修正益として収益計上して、同額の預り敷金の金額を減額させます。このままですと、当期利益に含まれてしまいますので、当期の法人税の申告書で同額を減額します。これで、10年前の敷金返還不要部分の金額を当期の所得金額に影響を与えずに済む訳です。」

「あっそうなんですか。収益計上したのに申告書で減額するなんてちょっと変な感じもしますね。だけど、当期に前期損益修正益に加えたままだと、当期の所得に含まれてしまって、まるで、当期に修正申告していることになっちゃうんですね。う~ん、深いんですね税法って。」と、感心しきりの隆。

「まあ、税理士の私が言うのもなんですが、厄介なんですよ税法は。まあ、10年前の敷金返還不要問題は解決しましたが、最近の敷金返還不要に関しては、5年以内ですし、除斥期間も経過していないので、修正申告もやむを得ないでしょうねえ。う~ん。」と、唸る多田税理士であった。


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