タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 5

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けたのだが、未経験の賃貸借契約書に戸惑う多田税理士。沖山税理士に助けを求めた。)

 

「なんね。10年前の収入を前期の修正申告で済ませろときたね。なんねその調査官は自分で法律を作ってしまっとるやないねえ。あんたの言うとおり、除斥期間が経過しとるやないね。課税も徴収もできないことは明々白々やないね。もっと自分の知識に自信をもたんね、多田さん。そんな、絶対に前期の修正申告なんかしちゃいかんよ。わかっとろうもんね。」と、激しい口調の沖山税理士。

「はっはい。分かりました。やっぱり除斥期間を経過していたんですね。自信がつきました。でも、なぜ前期の修正申告で済ませろなどと言ってきたんでしょうか。しかも、調査官は自信たっぷりだったもんで、つい何か特別な法律かなんかがあるのかなと思ってしまったんです。」と、ほっとした多田税理士。

「そんな最長でも7年間の除斥期間しかないよ税法にはね。いくら巨額な脱税でも除斥期間の免除なんてないんよ。除斥とはね、ある法律関係を確定させるためにね、一定の期間が経過することによって権利を消滅させる制度のことなんよ。税法なら、課税できる期間のことでね、この期間を経過すれば更正とか決定とかすることを除き退けることにしますってことなんよ。民法の条文には明文規定はないんだけどね、国税通則法に規定してあるんよ。でね、税務署が課税しますよっていうことを賦課権っていうんよ。」

 

「あっ、わ分かりました。除斥期間って消滅時効みたいなものなんですね。」

「いやいや賦課権の期間制限を除斥期間といってね、この期間を経過してしまうとね、もう自動的に課税できませんよと法律で決められているんよ。文字通り課税することを除き退けますってことなんよ。時効はね、途中期間の経過を止めてしまうような中断の考え方もなくね、またね、時効がきたから払いませんよとかね、時効がきた効果を享受しますっていう援用の必要もないんよ。」

「そうですか。じゃあ、法人税の場合は5年で、偽りその他不正の行為があった場合でも7年で、税務署が課税できる期間が自動的に経過してしまう訳なんですね。そうかあ、じゃあ、今回の調査官が10年前の法人税の修正申告を出してくれと言ってきて、それで、実際に修正申告書を提出した場合にはどうなるんでしょうか。やはり、修正申告による増差税額を払うことになるんでしょうねえ。」と、新たな疑問が頭をよぎった多田税理士であった。

「いやいや。もう除斥期間を経過してしまったから税務署から課税されないのだから、自ら修正申告などする必要なんかないんよ。仮にね、除斥期間を経過してしまった事業年度の法人税の修正申告書を提出して、その増差税額を払ったとした場合にはね、修正申告書はただの白紙の紙切れと同様のものだし、税務署に払った増差税額は法人税ではなく、間違えて国庫に払ったお金だから税務署は返金しなくちゃならないことになるね。実際に、返金してくるかどうかは、何とも言えんがね。実際に、やったことがないんでね。ワツハツハツハハ。」と、豪快に笑う沖山税理士であった。

「えっ、修正申告書は白紙同然の紙切れですか。でも、修正申告は更正があるまではすることができる、っていう規定ですよねえ。だから、更正がないのならばいつまでも修正申告できてしまうのかなって思ったんですけど・・・」

 

「そう、更正があるまでは修正申告できるのであって、更正できる期間内であれば修正申告できると規定してあると私は考えるね。それにね、国税の徴収権の消滅時効は通常で5年、脱税の場合は時効不進行2年を加えて7年だから、法定納期限から5年7年経過してしまうと、徴収権が絶対的に消滅することになるから、納税申告書の提出はなんら意味のないものになるんよ。従ってね、徴収する権利がない納税は、納税ではなくて誤納なのであって、国は返金しなくちゃならないことになるんよ。徴収権は消滅時効なんよ。」

「はあ~、そうなんですか。賦課権は除斥期間で、徴収権は消滅時効ですか。そうしますと、申告でも更正でも一旦租税債務が確定しますと、5年で消滅時効になるのなら、その間税金を払わないと免除されるなんてことはないですよねえ。ヘヘヘ。」

「ワハハ。それは当然にないよね。徴収する権利は時効じゃから、期間の経過を中断して、つまり、租税債務確定の時に再び戻って新たな時効期間が進むことになるから、納税を引き伸ばしても、5年で徴収権が消滅なんかしないで延々と徴収権が継続することになるんよ。じゃから、最初の賦課権の除斥期間は意味が大きいんよ。もし、賦課権が消滅時効で、税務署は調査を中断要件にすれば、何年かにちょっと納税者の事業所に顔をだせば、永久に賦課権を行使できる訳だし、一生追加課税の恐怖に脅えなきゃいけなくなるでしょ。いくらなんでも、そこまで国はアコギなことを国民に押し付けている訳じゃないってことなんよ。」あくまで、相手の疑問に淡々と答える沖山税理士。

「コンコン」と、トイレのドア。

「多田さん大丈夫。何か、一人でブツブツ話しているようだけど。どこか身体の具合でも悪いの。」と、千夏。

「あっ、沖山先生。ちょっちょっと待ってもらっていいですか。」と、慌てる多田税理士。

「ああ、千夏さん。大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしてましてね。それで、ブツブツとしゃべったんです。」

 

「あら、そおお。だったらいいんだけど。何か調子が悪かったら千夏に遠慮なく言ってね。私、多田さんの役に立ちたいの。ねっ、困ったことがあったら言ってちょうだいね。」

「わっ分かりました。ありがとうございます。あっあのう、もう少しかかりますんでもうしばらくここを使わせてくださいね。」

「あら、そうよね。多田さんが気になったもんだからはしたないことしちゃったわ。どうぞ、ごゆっくり。もう行きますから。」

「すみません先生。失礼しました。いや〜、除斥期間と消滅時効のお話ありがとうございました。じゃあ、10年前の収入漏れの件は修正申告しないことを調査官に話します。それで、ここ最近も敷金の20%を返金しない契約もあったようなんです。やはり、5年以内に契約した分については修正申告なんでしょうねえ。」

「うんそうじゃね。契約で入居したときに敷金の返還不要を合意している訳じゃから、敷金20%分の金額を収入に計上していなければ5年間分は修正申告になるじゃろうね。敷金返還不要分の収入の漏れは、偽りその他不正な行為じゃあないと思うけど、10年前の収入もれは、絶対に修正申告なんかしちゃあいかんよ。」

「はっはい。わかりました。先生どうもありがとうございました。」

「はいはい。じゃ。」

 多田税理士は、見たことのない不動産賃貸契約書にとまどい、除斥期間のことも自信が持てなくなってしまっていた。それにしても、蒲原上席調査官の自信に満ちた言動に戸惑う納税者や税理士も多いことだろう。そして、「おかしいなあ。でも、税務署の方が言っているからそうなんだろう。」とか、「まあこんなもんで帰ってくれるんなら税務署の言うとおりの修正申告をしておこうか。」とか、「おみやげをあげないと帰らないだろうから言うとおりしておくか。」と、思ってしまう納税者や税理士もいるようだ。

 

トイレのドアを開けた多田税理士は、驚いた。目の前には千夏が立っていたのだ。

「多田さん、携帯電話で誰かさんとお話してたんだ。会社の電話使ってもよかったのに。」と、多田税理士の二の腕にしがみつく千夏。

「ちょちょっつと。千夏さん。離れて離れてくださいよお。ひどいなあ。盗み聞きしてたんですね。」

「フフ。私結構ねえ、税務調査って気に入っているんだ。話の中身はさっぱりわかんないけど、税務署の人とのやりとりがさあ、こうなんか緊張感があって、この先のどうなるのかなって興奮しちゃうの。それに、うちの旦那お金に執着心が強くってねえ。そんな旦那がどんな顔してお金を守ろうとするのか興味津々ってところなんで、多田さんの動きも気になるって訳なのよ。トイレでボソボソ話すなんて変でしょ。だから、聞いちゃった。へへへ。」と、笑う千夏。

「そうですよ。僕の先生に教えてもらってたんですよ。だって、税務署員の目の前で携帯電話出して、『今税務調査なんですけど、税務署員がこう言ってるんですけど、どうしたらいいんでしょうか。』なんて言えないでしょう。それに、先生の税理士に聞かないと答えられないなんてちょっと格好悪いじゃないですか。なんで、トイレを借りて携帯電話を使った訳なんです。お蔭様で何とか対処方法が分かって来たので、これから税務署員に反論しようと思っているんです。ですから、腕を掴むのは止めてくれませんか。旦那さんが見たらどうするんですか〜。」

「え〜、これから反論するんだ〜。なんか格好良いなあ。ますます、多田さんが好きになっちゃうなあ。」


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