タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 3

 

(居酒屋で知り合った若い女性と自宅のマンションに戻った多田税理士は、一部記憶を失っていた。そして、不倫訴訟を避けるべく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けたのだった。)

 

「多田さん。あんた人妻にちょっかい出したんね。あんた一人もんじゃから思いっきり遊びまくっていいんじゃろうけど気をつけんといかんよ、人妻はね。」と、多田自身が不倫相手になっていることを隠して質問してきたと勘ぐる沖山税理士。

「ああっ。いいえ、別に私は何もしてないはずなんですけど・・。でも記憶がないといいますか。ハハハ。あくまで知り合いからの質問でして。ハハハ。」と、はぐらかす多田税理士。

「そうね。まあ大人じゃから自己責任を覚悟せんとね。民法709条にはね、自分の行為が他人に損害を及ぼすことを知っていながら、あえて違法の行為をして、他人の権利や利益を侵し損害を与えた者は、その損害を賠償しなくてはならないと規定してあってね、不注意や過失であっても同様だと規定してるんよ。でね、民法752条にはね、夫婦の同居・協力・扶助義務を規定しててね、貞操義務も含むと考えられているんよ。でね、不倫は損害賠償できる不法行為と考えることができるんよ。でね、民法710条にはね、不法行為により損害賠償する者はね、財産上の損害ばかりじゃなくてね、精神上の損害も賠償しなくちゃならないって規定してあるからねえ。じゃから、貞操権侵害による精神的苦痛の慰謝料の請求ができるんよ。妻と不倫相手両方にも請求できるし、片方のみに請求することもできるんよ。ここまでが私の知見の限界じゃね。」

 

「いえいえ。先生、大変為になりました。知り合いには、先生のおっしゃった民法の条文を見せて説明してやります。変な質問で申し訳ありませんでした。ありがとうございました。では、失礼します。」と、携帯電話を切る多田税理士であった。

 

『そうかあ。人妻だと知って大人の関係になったら、貞操権の侵害になるのかあ。でも、証拠とかないと証明できないような気もするがなあ。あっ、でも千夏さんとキスしている写真が存在するんだよなあ。う〜ん。訴訟好きの旦那かあ。何か気が重いよなあ。』

 

 水曜日の朝9時。多田税理士は、秋山隆の自宅兼事務所の駐車場にいた。秋山家は、豪華な日本家屋の2階建てであった。玄関のインターホーンを押すと、すぐにドアが開いて千夏が現れた。

「いらっしゃ〜い。多田センセ。会いたかったわあ。」と、多田税理士の右腕を掴み体を摺り寄せウィンクする千夏。

「ちょちょっと。千夏さん。」

「ふふっ。今主人はね、トイレなの。だから大丈夫なの。こっちが事務所なの。」と、上がり口の廊下には進まず、土間の右側のドアを開けて中に入る千夏。事務所は、10畳ほどで応接セットに事務机。書棚が壁一面に並んでおり、様々なファイルや書籍が収まっていた。十分事務所として活用していることが多田税理士には見て取れた。『なかなかの勉強家だなあ。』

 

「多田先センセ。ソファーに座って待っててね。もうじき主人も来るでしょうし。あたしはお茶入れてくるからね。」

1分も待たない間に、事務所のドアが開いた。秋山隆が事務所に入ってきたのだ。小柄で、髪は耳が完全に隠れるほどの長さである。子顔で色は白くなめらな肌で、40代の割には随分若く見れる。

 

「おはようございます。秋山隆と申します。急な依頼を致しまして申し訳ありませんでした。また、すぐにお引き受け下さってありがとうございます。税務署には多田先生が調査に立ち会われることを伝えまして了解を得ております。」

「おはようございます。多田でございます。顧問税理士さんがお亡くなりになったとかで、お困りと思いお引き受け致しました。何分御社のことを何も知りませんでどこまでお役にたてますか不安なことではあります。」

1年半前までは、亡くなった父親が社長をやっておりましたが、以前より会社のことは私が取り仕切っていたようなものですから、税金のことも大体は分かるのですが、税務調査の経験はないもので。やはり、税理士さんがいないと不安と申しますか。はい。それで、家内が素晴らしい税理士さんがいると言うものですから。じゃあ、お願いできないかと家内に申しましたら、すぐにお引き受け下さり感謝しております。」

「いえいえ。できるだけ頑張りますので、よろしくお願いします。」

 ノックの音がして千夏が事務所に入ってきた。隆は、多田税理士と対面してソファーに座り、千夏は二人にお茶を出し、隆の隣のソファーに座った。

「玄関に株式会社アキヤマの看板がありましたが・・」

「そうです。ここが会社の本店所在地です。不動産賃貸業です。これから、税務署が来るまで当社のことをご説明したいと思いますがよろしいでしょうか。」と、隆は応接テーブルに積み上げた書類の山から定款・登記簿謄本・議事録集・各種届出書を取り出し、会社の内容を説明し始めた。書類の山は、申告書・領収書・総勘定元帳・不動産賃貸契約書の別に積み上げられてあった。用意周到で緻密な準備で待っていた隆であった。種類別の書類の山を見た多田税理士は、隆のキッチリした性格を読み取っていた。『なかなか行き届いた仕事をする人だなあ。裁判でもそうなのかなあ・・』

 

「まあ不動産賃貸業ですから、そんなに難しいことはないと思いますけど。必要な書類関係は全部用意したつもりですが何か不足があればおっしゃっていただけませんでしょか。」

「いやいや。もうこれで十分ですよ。よくこれだけ事前に揃えられてますねえ。よく分かっていらっしゃることがよく分かります。ははは。」と、きめ細やかな説明をする隆に好感を抱く多田税理士であった。

 

 3人で談笑していると、玄関のチャイムがなった。税務署員の到着だ。千夏が出迎えに出て、税務署員を事務所の中に誘導してきたのだった。黒縁メガネの40代の男の税務署員だ。

「坂税務署の法人課税第一部門の蒲原と申します。」と、身分証を見せて軽い会釈をした。

「税理士の多田でございます。」と、税理士証票を税務署員に見せた。

「こちらが秋山隆さんで、奥さんの千夏さんです。まあ、どうぞお掛けください。」と、沖山税理士。

隆と千夏を自分と同じ方向のソファーに誘導し、税務署員を3人の正面のソファーに座らせた。

「上席調査官でらっしゃるいんですね。ほとんど一人で回られているんですか。」と、多田税理士。

「そうですねえ。だいたい一人で回ってますね。時々新人を同行させることもありますけどね。」と、蒲原上席調査官はにこやかに応じるのであった。

 税務署員は、命から二番目に大事なお金を持っていくかもしれない存在なので恐い存在なのかも知れないが、税務調査では以外とにこやかな応対なのだ。しかし、これは一つの作戦なのだ。心理的に安心させてから、誘導的な質問に入ったりするものなのだ。

「いやあもうこんなに書類を用意されているんですね。申し訳ありません。お手数かけてしまって。折角用意して頂いていますので、さっそく拝見させてもらってもよろしいでしょうか。」

 

「はいどうぞ。」と、多田税理士。今回の上席調査官は黙々と仕事をするタイプのようだ。

 不動産賃貸契約書をパラパラとめくり出した蒲原上席調査官は、筆記用具を入れた袋から付箋をとり出して、不動産賃貸契約書のある所に貼ったのだった。何通かの不動産賃貸契約書に付箋が貼られた状態になったのであった。

「駅前の貸ビルの賃貸借契約書なんですけど、この条文なんですが、これは入居した当初より敷金の20%は返還しない契約になっていますけど。そうなんですか。」

「はいそうです。駅前の貸ビルは、事務所ばかりでして、以前からそういう契約内容になっています。これは、弁護士からのアドバイスでそうしたんですけど。それがどうしましたか。」と、隆。

「そうしますと、これは10年前に入居されたA株式会社との契約書ですけれど、この預り敷金は100%そのまま預かったままですよね。この科目内訳書の金額と、当初の敷金の金額と同額ですよね。当初より返還不要の敷金の20%部分を収入にしていない訳ですから、これは前期の収入として修正申告しないといけないんじゃないですか。」と、蒲原上席調査官。

「えっ、A株式会社はず〜と入居しているんで敷金のことなんか気にしてなかったですねえ。でもなんで親父の頃は、敷金の20%を収入にしていなかったのかなあ。やっぱり、前期の収入にしないといけないんでしょうかねえ。多田先生。」

「えっ、ちょちょっと待って下さい。」今までに経験のない不動産賃貸借契約書の内容に混乱する一方の多田税理士であった。

 


2章へ戻る
4章へ