タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 2

 

(居酒屋で知り合った若い女性と自宅のマンションに戻った多田税理士は、一部記憶を失っていた。彼女と税務調査の立会いの約束があったようだ。そして、彼女と楽しいこともしたようだが。)

 

「あらあ。ほんとに憶えてないないのお。ちゃんと指きりまでして約束したのにぃ。じゃあねえ、これから携帯で撮った写真を送るからね。それ見て思い出してね。昨日アドレス交換したから多田さんの携帯アドレス知っているんだ。フフフ。」

「あっ、はっはい。」

 

数分後、多田税理士の携帯電話が震えた。メールの着信だ。秋山千夏からのメールだ。多田税理士は、彼女からのメールに添付された写真を見て驚いた。なんと彼女とキスをしている写真があるではないか。しかも多田税理士の上半身は裸ではないか。慌てる多田税理士だが、やはり、昨夜の自宅マンションでの記憶が甦ることはなかったのであった。そして、千夏からの電話が多田の携帯にかかってきた。

 

「もしもし。千夏です。写真見てなんか思い出したぁ。ねえ。楽しいことしたの思い出したかなぁ。ねえ、多田さんってばぁ。」

「あっ、いえ何も。思い出せないんです。本当に・・・。たっ楽しいことって。もしかして、私は裸だったし、枕にはあなたの匂いが残ってて。もしかして、その大人のその関係とかでしょうか。え〜まさか、人妻とそんなことするわけがないですよねえ。」と、おどおどする多田税理士。

 

「あのねえ、若い女の子に恥ずかしいこと言わせないでよねえ。あったに決まってるでしょう。もう、覚えていないなんて信じられないわ。先に多田さん寝ちゃったからあ、私がマンションの鍵をかけてからね、外から郵便受けに鍵を戻して帰ったのよ。やさしかったわよ多田さん。」

「えっ。そうなんですか。記憶がねえ・・。」と、多田は驚くが悪い気もしてはいなかった。若くてなまめかしい千夏となら、何度大人の関係になってもいいとも思っていた。

 

「ねえねえ。多田さん。人妻と大人の関係になるとさあ、それって不倫になるんだよねえ。フフ。多田さんさあ、昨日深屋でさあ私のこと人妻だって知ったよねえ。人妻って知った上でさあ、大人の関係になるってことはさあ。あれ、あのテイソウがどうのでさあ、慰謝料の請求があるんだってねえ。フフ。知ってた。」

「ええ、テイソウ。慰謝料の請求。なっなんのことなんでしょうか。ち千夏さん。」

「あたしの旦那さあ。あたしにゾッコンなんだあ。でさあ、こないだねカラオケスナックで知り合った妻子持ちのおじ様と大人の関係になっちゃてさあ。何ヶ月か付き合ったんだけどお。旦那にばれちゃってねえ。離婚されるのかなって思ってたらねえ、あたしには何も言えないのよ。んでね、相手のおじ様をそのテイソウのなんだかで慰謝料の請求の裁判を起こしたのよ。それでね、人妻と大人の関係って裁判になるんだって知ったのよ。フフ。」

 

 多田税理士は、二日酔いの頭で千夏の言うテイソウやら慰謝料の請求やらを考えるのだが、はっきりと事情を飲み込めないでいた。ただ、人妻と大人の関係になったとして、それが、旦那に発覚した場合には、ただ事では済まないことは易々と想像することができるのであった。

 

「フフ。多田さん。そんな昨日のことはあたしの旦那には言わないから安心してよ。そんなあたしのお父さんに似ている多田さんを困らせたりしないわよお。それよりさあ、あたしの旦那の会社にね来週なんだけど税務調査があるんだけど、旦那のお父様の頃から付き合いのあった税理士さんが先月亡くなってね。税理士さん探してたとこだったのよ。それでさあ、深屋でバッタリ多田さんに出会ってねえ。税理士さんって言うじゃない。もう決めたって思ったの。だって、多田さんが顧問税理士になってくれたら、しょっちゅう会えるし、嬉しいなって思ったの。それで、税務調査のお話したら、気持ちよく引き受けるって言ってくれたじゃない。ねえ、もういい加減思い出した。ねっ、多田さんってばぁ。」

「そっ、そう言われてもですねえ。結婚されているってことは憶えているんですが。税務調査ですか・・。」

「ううんん。もう旦那にも話しちゃったし、千夏が薦める税理士さんだったら文句はないって言ってたのよよお。それに、顧問税理士さんだったらこれからも会えるしねえ。あれえ、まさか多田さん。千夏と会いたくないのお。」

「あっいえその。会いたいとか会いたくないとかの問題じゃなくてですねえ・・・。」

「ええ。もう千夏と会いたくないんだったら、昨日のこと旦那にバラしちゃおうっかなあ。そんなに冷たくするんじゃね。あたしの旦那ってねえ裁判とか訴訟が好きなのよ。子供のころから弁護士さんに憧れててね。自分じゃ弁護士になれなかったもんだから。やたらと弁護士に仕事の依頼をしたがる変な癖があるのよ。弁護士さんて、大人のケンカ代理人なんでしょう。弁護士とどうやって相手をいじめようか作戦を練るのが面白いんだって。」

「えっ、裁判、訴訟、弁護士、旦那にバラス・・・ですか。」予想もしない展開に思考停止状態の多田税理士であった。

 

「ねえ多田さんってばあ。顧問税理士にならなくてもいいからさあ。来週の税務調査の立会いだけでもお願いできないかしら。旦那も困ってるし、もう多田さんのこと話しちゃったし。ねえ。千夏のお願い聞いて。」

「わっ分かりました。とっ兎に角、ぜっ税務調査の件は承諾しました。はっはい。ぜっ税務署にはそちらから税理士が立ち会う旨を伝えておいてくださいね。当日、税務代理権限証書を提出することにしますので。その旨、税務署によろしく連絡しておいてください。」

「あら、引き受けてくださるのね。ありがとう多田さん。税務調査はねえ、来週の水曜日の午前10時からだから、それまでには税務署に連絡できるでしょっ。旦那に伝えておきますね。ウフフ。また、多田さんに会えるなんて嬉しいわあ。」

「ははあ。事前に千夏さんの旦那さんの会社のこと何にも知らないんで、お役に立つのかどうか分からないですけど、やれるだけのことはします。はい。」

「あら良かった。会社の事務所はね、自宅の中に作っているのね。だから、これから言う住所の自宅まで来て下さいね。駐車場は何台でも停めれるからお車でどうぞ。」

「はっはい。じゃあ、当日の午前9時にお邪魔しますのでよろしくお願いします。」

 

 多田税理士は、何が起きたのかまだよく実感できていなかったが、人妻との不倫をしてしまったのかも知れない状況で、千夏の言うことを聞いておいた方が無難だと判断したのだ。その内、千夏と出会った夜のことを思い出すかも知れないし、裁判とか訴訟とかの危険性を排除しておこうと考えたのだった。しかし、テイソウと慰謝料の請求については、まったく知識がなかった多田税理士は困ってしまった。そして、困った時の助け神である沖山税理士に電話で尋ねることにしたのだった。税法の生き字引ではあるが、テイソウと慰謝料について何か分かるのだろうか。

 

「もしもし、沖山先生。坂の税理士の多田です。今お話できますか。」

「ああ、あんたね。いいよ。なんね。」と、何時もの沖山税理士の渋い声だ。

「あっ、あのう。実は、知り合いから質問されたんですが。税法ではないんですけれども。あのですね。人妻と知り合った男がですね、大人の関係を持ってですね。そのことが人妻の旦那の知るところとなった場合にですね。そのうテイソウとか損害賠償とかの問題とか裁判とかですね。何か関連があるんでしょうか。」

「そうねえ。詳しい経緯や状況がよく分からんけどね。それは、貞操権侵害による精神的苦痛の慰謝料として損害賠償を請求できるんよ。つまりね、夫婦の一方が異性の愛人と不貞行為(浮気・不倫)をした場合にね、損害を被った配偶者は、貞操義務に違反した配偶者とね、その異性の愛人に対してね、慰謝料の請求をね、できるんよ。民法の規定やね。」

「そっそうなんですか。貞操義務違反による精神的苦痛の慰謝料の請求ですか。はあ。そうですかあ。で、その不倫をした配偶者とその不倫相手の愛人は両方とも慰謝料の請求をされるんでしょうか。」

「まあ、両方に請求できるっちゅうことだから、配偶者にだけ請求できるやろうし、相手の愛人だけに請求することもできるやろうねえ。ただ、愛人への請求はねえ、もし配偶者が結婚していることを知ることができなかった場合やね、配偶者が愛人に対して一方的に誘惑していた場合なんかは難しくなると思うなあ。まあ、ここ位までしか分からんよ。後は、弁護士さんの世界やねえ。」

 


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