タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 1

 

多田税理士は、知り合いの居酒屋で憂さ晴らしに一人で飲んでいた。居酒屋の名は『深屋』という。友人に何度か連れて行かれたのだが、マスターと気が合って一人で飲みにくるようになったのだ。ここ、深屋は、一人で飲みに来る客が多いのだ。マスターは、一人客同士を気軽に紹介して、自分が料理を作っている間に客同士が退屈しないように工夫しているのだ。カウンター席が10席と、座敷にテーブル二つのこじんまりした居酒屋である。客同士が自然に話しが出来るにはうってつけの狭さなのだ。

 

「マスターこんばんは。」

「やあ、ちなっちゃん。今日もいい洋服着ているねえ。また、だんなさんに買ってもらったのかい。」

「うん。うちの人さあ、お洋服やバッグやねえ、小物もなんでも買ってくれるよ。そういう点は結婚して良かったんだけどさあ。あの趣味はちょっとねえ・・。」

「えっだんなさんなんか趣味なんてあったっけ。お酒も飲まないし、グルメでもないし。お金を貯めることが趣味かと思ってたけどなあ。」

 

 ピンクのスーツを着た若い彼女は、以前この深屋でアルバイトをしていた。名を秋山千夏という。23歳である。去年20歳年上の中山隆と結婚したのだった。夫の隆が若い千夏に猛烈なアタックをしたのだった。隆は、若い千夏に夢中なのだ。彼女のわがままを喜んでいるのだろう。好きなだけ洋服も買わせていたし、夜彼女一人で飲みにでることも許していた。隆は、貸ビルを数棟経営する実業家なのだ。

 

「ねえマスター。料理おまかせでお願いね。」

「あいよっと。」

深屋にはメニューがない。マスターは若い頃東京の日本料理店やレストラン、喫茶店などで働いて3年前にふるさとの坂市に戻ってきたのだった。料理は和洋中なんでもこなす。その日に仕入れた食材と客の顔を見てその日に料理が決まるのだ。

 

 千夏がマスターに小声で話しかけた。

「ねえねえ。マスターあの奥の人あたしのおとうさんに雰囲気似てるのよねえ〜。前からのお客さんなの。」

「いや、最近のおなじみさんでねえ。田崎さんの友達でさあ、税理士さんなんだって。ちょっと暗いけどねえ。まあお酒の癖も悪くないし、俺の料理気に入ってくれてるしねえ。いいお客さんだよ。」

「ふ〜ん。ねえちょっと話しかけてみてもいいかなあ。ここってよくお客さん同士でお友達になるじゃない。何回かここ来てるんだったらねえ。ここの雰囲気知ってるだろうからね。」

「ああいいよ。そうだ、じゃあこのサラダを多田さんに渡してくれないかなあ。」

「うん分かった。」

 

マスターから料理を受け取った千夏は、カウンターの奥へと進む。派手なスーツ姿で香水の匂いをぷんぷんさせた若い女性が隣に座って、料理を差し出してもらい驚く多田税理士は、箸を持ったまま千夏の顔をじっと眺めたのだった。パッチリした目に、肉厚の唇がなまめかしい千夏がいきなり近づいてきたのだが、心のなかでは『若くてかわいいなあ。』と感じていたのだ。

 

「はい、これマスターに頼まれたの。どうぞ。」と、器を差し出した千夏は、多田税理士の隣に座って話しかけるのであった。

「ごめんななさい。でもほんと似てるなあ。」

 

「えっ、どうかしたんですか。」と、次の言葉が思いつかない多田税理士。

「あのねえ、私のおとうさんに似ているなあって思ったの。私、秋山千夏っていうの。以前ここでバイトしてたんで、ちょくちょく遊びにくるの。マスターともお友達だしね。」

「ああそうですか。あっサラダありがとうございます。」店の常連客と知って安心した多田税理士。

「ここでバイトしてたんだったら、マスターの料理たくさん知ってるよね。ここは、いろんな家庭料理が出てくるんでほんと飽きないよねえ。」

「うんそうそう。マスターの料理ってちょっと変わっててね。あたしも大好きなんだ。ねえ、隣で飲んでもいいかなあ。」

「あっ、どうぞどうぞ。わたくし多田と申します。お嬢さんみたいにお若い方と飲む機会もないので、話があうのかどうか分かりませんが。ハハハ。」と、満面の笑顔になる多田税理士であった。

「ねえマスター。私も多田さんと同じ料理出してね。あ、それに私も芋焼酎飲んじゃおっかなあ。」

「芋焼酎なら私のボトルでよかったらどうぞ。水割りですか、それともお湯割ですか。」

「じゃあ、多田さんと同じお湯割にしよおっかな。ウフフ。」

「なんか親子みたいな、恋人みたいな、援助交際みたいな不思議な雰囲気だねえ。」と、笑う深屋のマスター。

 

「私ね去年結婚したんだけど、旦那と気が合わないのかなって感じてたけど、お洋服とかバッグとか沢山買ってくれるし、夜飲みに出るのも許してくれるんで、たまにマスターのとこ来てお食事して、調子に乗ったりするとスナックにも行くの。カラオケガンガン歌っちゃうの。」

「へえ、若いのにもう結婚しているんだ。僕は43歳でまだ独身なんですよ。」と、笑う多田税理士。

 

「へえ、独身なんだ。もう結婚してるように見えるんだけどなあ。」

「なかなかいい出会いがなかったんですよ。もう仕方ないって諦めていますよ。ハハハ。」

「あらあら。そんな全然諦めなくていいと思うなあ。私みたいなおじさん好きも沢山いるよ。多田さんなら私オッケーしちゃうかも。ハハハ。」

 

 深屋のマスターも多田と千夏の話に加わり、おおいに盛り上がったのだった。店にはワインがないので、多田税理士の自宅で飲み直すことになった。深屋のマスターは飲みすぎで店を閉めて帰ってしまった。多田税理士と千夏も相当な酒量を平らげたのだった。

 

 翌日の土曜日の朝。多田税理士は自宅で目覚めた。激しい頭痛と胃袋から込み上げてくるものを抑えきれず、ベッドの横にあるチリ箱に胃の中のものを戻してしまったのだ。何度も何度も込み上げる度に嗚咽を漏らすのだった。激しい二日酔いだ。ティッシュペーパーで口の汚れをふき取りチリ箱に捨てた時、多田税理士は自分が裸になっていることに気がついた。

 

『うう、ななんで裸なんだ。あ痛っ。あそうだ、昨日はめちゃくちゃ飲んだもんな。あそうそう、あの若い子と深屋で散々飲んで、そうか家にワイン飲みに来たんだ。え〜っとその後どうなったんだっけ。憶えていないなあ。なんで裸なんだ。えっあの子と何かあったかあ。ああ、この枕の匂いは彼女の匂いだ。』

 

 多田税理士は、よたよたとマンションのドアの施錠を確かめに行くと、ドアの内側の郵便受けにマンションの鍵が入っていた。ドアの鍵はキチンと閉めてあった。誰かが部屋を出て、外から鍵を掛けて郵便受けに鍵を入れたのだった。ドアチャーンはかかっていなかったのだから、そう想像する他はないのだ。

 

『うう。痛い。こんな酷い二日酔いなんて久しぶりだなあ。それにしても、家に戻ってからの記憶がないよなあ。あの娘、千夏とか言ってたよなあ。まさか何かあったんかなあ。それはそれでいいのかも知れないけど。そうだったら、今後も期待できるのかなあ。いやいや、その前に思い出さなくちゃなあ。ああ、若い頃さんざん飲んで、どうやって帰宅したか分からんこともあったよなあ。酔っ払ってる時は、憶えているんだけどなあ。そうかあ、あの時も手を怪我してたけど、なんで怪我したんか思い出せなかったもんなあ。なんかあったのかなあ。まさかなあ。あっそうだなんかあったらティッシュペーパー使うよなあ。ゴミ箱見ればなんか分かるかも。って、ああさっきゴミ箱の中身を捨てて洗ったんだ。あちゃ〜。』と、昨日の自宅での出来事を思い出そうとする二日酔いの多田税理士。

 

 午後になり、多田税理士の携帯電話が鳴った。

「もしもし。起きましたか。千夏ですよ。」

「あっ千夏さん。ここんにちは。」

「ねえ多田さん。昨日話してた私の旦那の貸ビル業の税務調査なんだけどね。旦那に話したらね、是非、多田先生にお願いしたいって言うの。」

「えっ、税務調査。そんな話しましたっけ。」

「ええ。憶えていないの。昨日は、税務調査の立会い引き受けてくれるって言ってたのにぃ。じゃあ、もしかして私達の楽しかったことも憶えてないって言うんじゃないでしょうねえ。写真も一杯撮ったのにぃ、。」

「ええっ。楽しいこと・・。写真・・・。」激しい頭痛に襲われた頭に記憶を訊ねる多田税理士だが、一向に千夏の話すシーンは甦らなかった。


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