タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 13

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けた。そして、法人税の税務調査は終了したが、今度は相続税の税務調査が始まった。みなし贈与の対象になるとの調査官の指摘に対応できない多田税理士。)

 

「あっあのう。ちょっと分からないことがあるのでお聞きしてもよろしいかしら。」と、山形上席調査官に話しかける千夏。

「あっはいどうぞ。」と、ニコリとする山形上席調査官。

「相続税法第何条とか、通達がどうのとおっしゃっていたけど、いったいなにがどう違うのかしら。法律なら第何条っていうのは分かる気もするんですけど。教えてくださいますか。」と、ニコリと笑顔を返す千夏。

「はい、分かりました。私の知る限りのことをお話しますとですね。私達税務署員は、法律に基づいて国の税務行政を執行しているんですね。つまり、相続税法などの法律に従って納税者の方が正しく申告されているのか調査をしたりするのですが、いったいいくらの税金を申告すればいいのかということは、法律に書いてあるんです。通常は、納税者の方も我々税務署の職員も同じ法律に従って税金を計算するんですけど、細かなところで判断に迷うことがあるんですね。つまり。法律は大事なこととかを大雑把に書いてあるだけで、細かなところは、内閣が作成する施行令や、各省大臣が作成する施行規則があるんですけれど、それでも解釈に迷うことがあるんですね。それで、国税庁長官が国税庁内部で発するもので、法令の解釈や税務行政上の指針を『通達』として発表しているんですね。私達税務署員にとって『通達』とは、上司の命令そのものなんです。」

 

「へえ〜。『通達』って上司の命令ですの。分かりやすい解説ですね。じゃあ、その『通達』に書いてあるそのものの贈与が主人に行われたということですのね。」

「そうなんです。奥さんは分かりが早いですね。『通達』は税務行政の統一性を図るために重要な存在なんですね。」と、山形上席調査官。

「へえ〜。じゃあ、今回の主人のようなケースではみなさんが修正申告なさっていらっしゃるのかしら。」

「そりゃそうですよ。みなさん修正申告されていますよ。はい。」

「あなたやっぱり『通達』に書いてある通りのみなし贈与があったんだから、お父様の相続税の修正申告しなきゃいけないわよ。私はそう思うわよ。」

「そそんな。おまえ。簡単に言うなよ。」

「私、税務署の方がおっしゃることが正しいと思うのよ。多田先生も何も反論なさらないし。」と、腕組みして考え込む多田税理士の顔を覗き込む千夏。

「うっ、はっ反論ですか。そそれがですね。今ちょっと思案中でして、その・・」と、返事に困り口ごもる多田税理士。

「あっ、分かった。多田先生トイレに行きたいんでしょう。ねっ、そうなんでしょう。それで、誰かさんに電話をかけて助け舟をだしてもらいたいんでしょう。こないだみたいにね。でしょ。でも、なんか格好悪いわね。」と、不機嫌な千夏。

「そそんな電話なんて・・。でも、丁度良かった、ちょっと本当にトイレ貸してください。すすぐ戻ってきますから。すみません。」と、言い残し多田はトイレに入った。そして、沖山税理士の携帯に電話をかけるのであった。

「はい、沖山です。」

「あっ、坂の税理士の多田です。ちょっとよろしいでしょうか。今、こないだご相談した不動産賃貸業の会社の社長さんの相続税の税務調査なんですけど、みなし贈与になって相続税の修正って言われまして。」

 

「ん。何ね今度は相続税の調査ね。いきなりみなし贈与で修正申告って言われても分からんよ。順番に話してみらんね。」

「あっ、失礼しました。なるべく早く戻ろうと思って焦りました。あのですね、父親と息子が折半で株主になっている会社がですね、父親の土地にビルを建設したんですね。それで、完成してから半年ほどで父親が亡くなって、その自社株の相続税の評価には、その会社所有の建物に係る借地権を加えて評価をしていたんですね。地代は父親に支払われていないけれども、法人税では無償返還の届出が出ていなければ、実質的な賃貸借契約が成立していると考えていいんですよね。そして、借地権は法人に無償で移転する。あとは、借地時に権利金の支払をする慣行のない地域では、会社に対し借地権の移転による益金の認定課税は行われない訳ですよね。」

「うん。地主が個人で借地人が法人の場合は、あなたの説明の通りでいいと思うけど。みなし贈与なんか関係ないと思うけどなあ。」

「そそれがですね。みなし贈与って言うんですよ。つまりですね、相続税法基本通達9-2の適用があって、借地権を無償で会社に提供したので、父親から他の株主である息子にみなし贈与が行われているので、相続開始から3年以内の贈与になるので、そうすると父親の相続税に取り込まれてしまうので、相続税の修正申告をしてくださいとのことなんですね。」

「う〜ん。みなし贈与ねえ。初めて聞く話やねえ。う〜ん、確かに相続税法基本通達9-2の規定からすれば、株式の価額が、会社に対して無償で財産の提供があって増加した場合、その財産を提供したした者から、その株主の株式の価額のうちその増加した部分の金額を贈与したものとして取り扱うものとする、と規定してあるには規定してあるんだがね。つまり、移転した借地権の内、父親の持分は相続財産として申告済みで、息子の持分が増加した分が贈与になると言う訳ね。」

 

「そっそうなんです。息子の持分が増加したことをみなし贈与と言っているんです。」と、繰り返す多田税理士だが、やっと、内容が分かりかけたのだった。

「何々、確かに『通達』の文面どおりに読むとみなし贈与のように読めるけど、なんか変やねえ。会社に無償で移転した借地権だが、父親持分の株式の増加額は自分から自分への贈与になって、父親持分の株式は相続税の対象になって申告済みである。しかし、息子持分の株式の増加額は父親から息子への贈与とみなされるので、贈与税の申告はしていないけれども、3年以内の贈与には間違いないのだから、父親の相続税の申告財産に加えて修正申告しなさいと言っているっちゅう訳やね。ふ〜ん。」

「そっそうなんです。わっ私も『通達』の規定だけを読むと税務署員の主張が正しいような気がして反論できないでいるんです。」

「ん。じゃがね多田さん。なんか変な感じがしないね。『通達』じゃろう。『通達』は、あくまでも国税庁や国税局そして税務署内での指針に過ぎない訳やろう。もちろん『通達』を完全に無視していいという訳じゃないが、このみなし贈与『通達』の規定があるから贈与税の申告をしなさいということはないはずやね。だって、『通達』のようなことがあると課税庁は贈与とみなして課税しますよ。という意味じゃからね。」

「ななるほど。でも今回は贈与税の申告をしろと言っている訳ではないんです。」

「うん。わかっとるよ。つまり、課税庁が相続開始前3年以内にみなし贈与があったと認識し、父親の相続税の申告財産の洩れがあったと解釈しているのなら、課税庁が課税処分することであって、納税者が修正申告することではないんじゃないの。」

「あっそうか。課税庁サイドで贈与とみなして取り扱いなさいということは、課税庁サイドの指針であって、必ず、『通達』に従わなければならない訳ではないんですね。分かりました。でも、課税処分されるのでは・・」

 

「うん、絶対にないとは言えないが、相手が勝手にすることは避けられないけど、自ら進んで修正申告するのもいかがなものかと思うよ。だって、他の株主から贈与を受けたことと同様に、会社へ債務免除した場合も『通達』ではみなし贈与だし、時価より著しく低い価額で会社に財産を売った場合だって『通達』ではみなし贈与になるけど、そんなことはいつも行われていることじゃない。ねえ。じゃあ、そんな僅かなみなし贈与でもその都度株価を計算して贈与税の申告をしろって言うのもおおよそ不可能じゃない。それに、贈与税は自主申告ですよ。納税者は、みなし贈与の『通達』で会社の財産が増えた都度自ら調べて申告しろというのも現実的ではないでしょう。いったいいくらの贈与から申告しろというのかねえ。例え100円でも増加すれば、贈与税の申告をせんといかんのかねえ。『通達』に書いてあるからといって、それをそのまま実行することは現実的に不可能なことになるでしょう。それに、借地権の設定なんか、そこらじゅうにある経済行為でしょう。じゃあそこらじゅうで、借地権の無償移転が行われたからといって今回のように他の株主が贈与税の申告をしてますか。借地権の認定課税だって九州ではほとんど行われていない状況では、借地権の無償移転について自社株の評価に加えること以上のことは納税者がすることじゃあないと思うよ。みなし贈与の『通達』はね、財産移転のみを目的としているような特別な場合に限定されるべきだし、通常の経済行為について適用すべきじゃないと思うし、そして、適用するのは納税者の方ではなくて課税庁の方なんよ。課税庁が特別な課税逃れを贈与とみなすということやからね。」


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