タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 11

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けた。そして、法人税の税務調査は終了したが、今度は相続税の税務調査が始まった。多田税理士は余裕でスタートしたのだが。)

 

「いやあ、鋭いご指摘ですねえ。ワリショーは確かに無記名ですから我々の関心を引く財産ですねえ。我々は、事前調査は行っておりませんから、そこらへんも含めて調査させていただきたいと考えておりますので、金融機関の反面調査に関しましてもよろしくご承諾を頂ければ助かります。」

「はい、金融機関は相続税の反面調査の対象者ですので、存分に調査して頂いて結構ですよ。我々としましては、何か申告財産が出てくれば、その分財産が増える訳ですから、大歓迎ですよ。ハッハッハ。」と、余裕の対応をする多田税理士であった。

 つまり、自分が担当した相続税の調査であれば、「財産評価に何かミスがないか」「納税者に何か説明不足はなかったか」「多額の申告漏れが出たらどうしよう」などなど、心配事も後を絶たないが、今回の秋山家の相続税の税務調査は、多田税理士が担当したものではないので、心配事も少なく安心感一杯で臨める数少ない税務調査であった。

「秋山さん。お話をお伺いしたいのですけれど、よろしいでしょうか。」と、柔らかい口調の山形上席調査官。

「はい、どうそ。」と、神妙な隆。千夏は、これからどんなドラマが見れるのか興味津々の笑顔であった。

 

「株式会社アキヤマで不動産賃貸業をされていますが、お父さんが設立された法人なんでしょうか。株主はお父さんと隆さんのお二人のようですが。」

「設立の手続きは父親がしましたけど、資本金の半分の500万円は、設立当時父親から贈与してもらいました。残り半分の500万円は父が出資しまして、資本金は1,000万円でスタートしました。私が贈与してもらった500万円はきちんと贈与税の申告をしてますよ。調べてもらえば分かりますから。」と、隆。

「ああなるほど、隆さんの資本金はどうなされたのかなあと思いましてね。いえ、きちんと申告されていれば問題ありません。ご回答ありがとうございます。」

「いえ、どうも。」と、隆は何を聞かれるのか不安であった。

千夏は、隆を横目で眺めて表情の変化を見て、楽しんでいるようであった。

 「はい。では、株式会社アキヤマでは、2棟ビルを所有されていますね。1棟目のアキヤマ1は10年以上前に完成してますね。そして、2棟目のアキヤマ2は2年前に完成していますね。土地はいずれのビルもお父さんの雄三さんが所有されていたんですよねえ。」と、手元の資料を眺めながら質問する山形上席調査官であった。

「はい、いずれも父所有の土地に会社所有の貸ビルを建設しましたけど、なにか問題があるんでしょうか。」

「そうですねえ、どうしてお父さんは地代を受け取っておられないのでしょうか。何か、理由があってのことなのでしょうか。」

「いやあ。父からは何も聞いていませんよ。当時の税理士さんと相談して決めたんじゃないでしょうかねえ。十分な役員報酬をもらっていたからなんじゃないでしょうかねえ。詳しくは知りません。」

 多田税理士は、何の目的の質問か考えるのだが、何も思い当たらない状態であった。単なる確認事項なのか、それとも問題点が潜んでいるのか。

 

「秋山さん。借地権をご存知でしょうか。」

「いやあ、言葉は聞いたことがありますが、そんなに詳しくは知りません。土地を借りる権利のようなものじゃないでしょうか。」と、隆。

「そうなんです、その通りなんです。会社所有の2棟のビルとも借地権を無償で手に入れた状態になるんです。借地権の無償返還の届出も出ていませんから、会社が建物の建設に着手した瞬間に借地権、つまり土地を利用する権利を無償で取得したことになるんです。そのことを良く理解されていたので、雄三さんの相続税の申告の際に、株式会社アキヤマの自社株の評価については借地権を加えて評価していただいていますので、問題はありません。」と、相続税の申告内容について説明する山形調査官。

 多田税理士は、山形上席調査官の説明を聞いて、以前寿司屋で経験した借地権のことを思い出していた。『そうだ、他人に建物所有目的で土地の賃貸借を行った場合に認められる借地借家法の強力な借地人の権利である借地権は、地代無償の場合には使用貸借となり、借地借家法では借地権は認められないが、法人税の世界では、借地権の無償返還の届出をしていない場合には、使用貸借を認めずに、賃貸借の偽装と考えて地代の支払が行われていると考えて、税法独自の借地権が存在するんだったんだよなあ。』

「株式会社アキヤマさんは、お父さんに地代を払われておりませんが、税法では、法人から借地権の無償返還の届出が出ていない場合には、使用貸借を認めていないんですね。ですので、地主のお父さんと建物の所有者である会社との間には、実質的な賃貸借契約が成立しているんですね。税法ではです。ここら辺までは、よろしいですよね多田先生。」

「はっはい。それで、よろしいかと思います。詳しいとこまで確認されるんですねえ。」と、突然のご指名を受け慌てる多田税理士であった。

「多田先生が借地権をご理解されていて助かります。」

 

「いやあ、それ程でもありませんよ。」

「それでは、会社所有の建物の建設に着手した段階で、借地権が会社に無償で移動したことについても、問題はないですよねえ。」と、多田税理士に語りかける山形上席調査官であった。

「はい、理解できますよ。ただし、会社の建物所有目的の土地の賃貸借契約をしてもですよ、その地域に権利金を収受する慣行がなければ、会社に借地権の認定課税はできないんですよねえ。少なくとも九州には、借地時に権利金を収受する慣行はありませんからねえ。なんなら、資料をコピーしてきましょうか。」と、経験のあることに関しては余裕のある態度の多田税理士であった。

「分かってます。そのことを言いたい訳ではないんです。法人における借地権の認定課税の問題ではありません。」と、山形上席調査官。

 多田税理士は、いつもの借地権の認定課税の問題を持ち出すのかと思ったら、そうではないことに疑問を感じていた。

「あのう〜〜。そのなんとかの認定課税ってなんのことなんでしょうか。聞いててさっぱりわからないんですが。」と、隆。

「つまりですね、個人が会社所有の建物を建設することを承知の上で土地を貸す場合、地代が0円でも税法では土地の賃貸借が行われていると考えるんですね。すると、借地権を無償で返還する届出をしていないと、土地を永遠に借り続けられる権利である借地権が無償で会社に移転してしまうことになって、ある財産が移転したと考えるんですね。それで、個人地主から会社に借地権という財産が贈与されたと考えるんですね。それで、借地権の発生した時に、借地権相当額の雑収入を収益に計上しなければならないんです。このことを借地権の認定課税っていうんですけど、地域条件があるんですよ。つまり、東京のど真ん中のでは、借地権設定時に権利金を支払うのが当たり前なんです。」

 

「なるほど、個人から会社に財産の移転があったので、タダで手に入れた借地権について、他人間では権利金を支払うのに親族の会社に借地権が移転した場合には、財産の贈与が無償で行われたんで、そのことに課税するぞってことなんですよね。ふむ、会社はタダで財産を手に入れたんでその分課税されても仕方がないのは分かるような気がしますね。それで、当社の場合は、認定課税は関係ないのはなぜなんでしょうか。」

「借地権の認定課税、つまり、会社が無償で取得した借地権を雑収入に計上しない場合に、税務調査で、認定課税されるのは、借地時に権利金を収受する慣行のある地域だけなんです。そして、この慣行は、経済人であれば誰でも知っているということなので、九州のような田舎では、慣行と呼べるほど、借地時における権利金の収受の取引は少ないんですよ。つまり、認定課税が行われる余地はないと解釈できるんですよ。それで、調査官の方もそのことは了解されているようなので、私としても、何がどう問題なのかピンときていないんですよ。」と、多田税理士は解説するのだった。

「そんな多田先生にピンと来ないものが、私にピンと来るわけないですよね。アハハ。」と、隆。

「ほんとだ、アハハ。」と、千夏も笑う。

 多田税理士もつられて笑い、緊張した空気が一瞬和んだのだが、山形上席調査官は笑わない。

「では、株式会社アキヤマの自社株の評価に際して、2棟分の借地権を計上されてますが、2棟目の建物のアキヤマbQの借地権について、お考え頂きたいと考えていることがあるんです。それは、建設に着手された時期なんです。」

 


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