タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

11話『貸ビル屋の弱み』

 (私もなんです!) 10

 

(多田税理士が居酒屋で知り合った若い女性は、不倫関係があったことを匂わせる。仕方なく、彼女の夫の貸ビル会社の税務調査の立会いを引き受けた。そして、法人税の税務調査は終了したが、今度は相続税の税務調査が始まった。)

 

「え〜、相続財産の種類で税務調査があるかどうか分かるんですか。へえ〜、で何がどうなっているんでしょうか。何か申告内容に間違いがあるんでしょか。」と、税務調査の原因を指摘する多田税理士に質問する隆であった。

「まあまあ、絶対じゃないんですけど、以前に税務調査に来た税務署員の方が言ってたんですけどね、商工中金の割引債のワリショーを持っている方の申告内容に結構漏れがあるそうなんで、ワリショーを持っておられる納税者の方は税務調査が多いそうなんですよ。

何故だかわかりますか、隆さん。」

「え〜〜、なんででしょうか。昔は大蔵省で今は財務省が認めた金融商品でしょう。割引して発行して、1年経ったら額面で換金可能な商品でしょう。父は、ワリショーは現金と変わりないから大切に保管しとけよって言ってましたが。う〜ん。」と、腕組みうなる隆。

「そうなんです。現金と同じなんです。つまり、無記名なのですよ、ワリショーは。誰でも、ワリショーを商工中金に持参すれば現金を渡してくれるんですよ。今は、200万円を超える換金は本人確認の必要があるんですが、昔は確か3,000万円を超えると本人確認作業があったようなんです。正に現金なんです。しかも、その管理方法に秘密があるんですよ。」

 

「へえー、何ですかその秘密って。」と、隆。

「ワリショーは表向き無記名なので、証書にも名前は記載されていないんですけど、番号は記載されているんですね。お札の番号みたいなもんですね。それで、ワリショーは無記名なんですけど、商工中金では証書の番号で所有者の管理をしているんですよ。そうすると、誰がいつワリショーを買って、買い換えたり換金したりしても、番号で連続して管理しているので、買い換えていても、最初の預け入れは誰がいつしたのか分かるんですよ。」

「へえー、裏ではそんな風に管理されていたんですね。で、どうしてワリショー持っている納税者に申告漏れが多いんでしょうか。多田先生。」と、隆。

「つまりですね。ワリショーは無記名でしょう。なので、誰もその存在を知らないと納税者は思い込んでいるので、一部若しくは大部分を申告していないことがあるそうなんですよ。でも、番号で管理されていますから、まだ現金化されていないワリショーがあって、それが被相続人が管理していたと商工中金に管理されていたとしましょう。それで、税務調査で被相続人が預け入れたとされるワリショーについて未償還のものがこれだけありますが、今回の申告財産に含まれていませんが心当たりありませんか、なんて質問される訳ですよ。すると、納税者は分かるはずのないワリショーの金額と番号が示される訳ですから、申告漏れを認めてしまう結果になるんでしょうね。」と、ワリショーの申告漏れについて解説する多田税理士。

「ええ〜、じゃあ父の申告財産にワリショーが入っていたから、そんな無記名の金融商品を持っているヤツは、きっと何か下心があるに違いない。きっと、申告内容も漏れがあるに違いないということで調査に来るんですか。へえ〜、なんかだまし討ちみたいな感じですねえ。国が無記名のワリショーを認めながら、商工中金に管理状況を監視させ、納税者には申告漏れを誘惑させて、結果、税務調査で税金持っていくとは。」

 

「そうなんです。今は200万円を超える現金の受け入れ、または、払い出しに係る取引には本人確認が必要になりましたから、ワリショーによる多額の申告漏れは考えにくいでしょうが、過去に発行されたワリショーをまだ現金化していない場合も考えられるので、税務署はワリショーに神経質になっているんでしょうし、相続税の税務調査の重点項目になっているんでしょうねえ。なんとも厄介な金融商品ですねえワリショーは。」と、軽くタメ息をつく多田税理士であった。

「そうですか。多田先生のお話を聞いてみますと、税務調査に来る意味が分かるような気もしますねえ。」

「ええ〜、じゃあ申告漏れがあるんですかワリショーのヤツで。」

「いやいや、心配いりませんよ。ワリショーは確か額面100万円のヤツ一つしかありませんよ。それは、間違いありません。父の相続税の申告はキチンと税理士さんの言う通りしましたので、申告漏れや財産隠しなんかもありませんよ。安心してください多田先生。」

「そっそうですか。税理士には事前に何でも話しておいてください。もし、申告漏れがあるならあるで言ってください。もし申告漏れがあれば税務調査の初日にこういう申告漏れがありますので、この件についてはすぐにでも修正申告しますと言いますので。私達は、納税者をかばう立場にあるのではありません。あくまで、真実の上に立って、適正な税法の解釈を納税者の立場で考えますのでね。当然、納税者の適法な権利を守ることも私達税理士の仕事です。ですので、当初のお話と後日の事実関係が違うようなことになれば、納税者の声を信じられなくなりますので、そうなれば信頼関係はなくなりますので、委任関係を解消させてもらうことになります。」厳しい表情の多田税理士。

「あらあ。渋いお顔もカッコいいわあ。多田先生って。」と、千夏。

「おいおい。多田先生に失礼なことを言うんじゃんない、千夏。」と、軽く怒鳴る隆。

 

「何よお。ちょっと緊張した雰囲気を和ませただけじゃないの。何よ変態。」と、ふくれっつらの千夏。

「ああ、ごめんごめん。こっちも相続税の調査だなんて初めてだからさ、分からないことばかりで緊張していたんだ。怒鳴ってごめんよお。千夏。」と、両手を合わせて千夏を拝む隆であった。

「まあまあ。少々私も堅い話をしてしまいました。これまでの短いお付き合いですけど、隆さんがまじめでいらっしゃることは分かっておりますので、申告内容に問題ないとのことでしたから、私も安心して相続税の調査に立ち会うことができます。」

「あっありがとうございます。」と、隆。

「ああよかった。じゃあ、コーヒー持ってくるから待っててね多田せんせ。」と、すっかり笑顔に戻った千夏は、スキップして事務所を出て行った。

「いやあ、奥さんのご機嫌が直って良かったですねえ。」と、多田税理士。

「はい、お口添えありがとうございます。急に機嫌が変わるんですよお。やっぱり、年の差なんでしょうかねえ。まあ今回はシャネルのスーツ1着をせがまれるんでしょうねえ。仕方ないんですよ。彼女の機嫌が直ればいいんです。それに、彼女に弱み握られてますからねえ。フー。」と、一息吐く隆。

『そっそうなんです。私も彼女に弱みを握られているんです。だから当面彼女の言うことを聞くしかないんです。隆さん、私もあなたの気持ちが分かります。彼女って、人の弱みを握ってその人を自分の思う通りに動かす天才かも知れませんね。』と、多田税理士は心の中で隆に共感したのだった。

 来週の月曜日朝10時から、坂税務署の相続税の調査を受けることを確認し、坂税務署へは多田税理士から連絡する旨を話し合い、多田税理士は秋山家を後にした。今回は、秋山千夏の誘惑に会わずにホット退散する多田税理士だった。『それにしても隆さんの弱みってなんだろう。』との疑問は残る。

 

 翌週月曜日の朝10時。秋山家の事務所には、3人が揃っていた。そして、チャイムが鳴り、税務署員が一人事務所に入ってきた。

「おはようございます。坂税務署の資産課税部門の山形と申します。」

「おはようございます。税理士の多田でございます。」と、税理士証票を見せる多田税理士。

 隆と多田税理士に名刺を差し出す山形上席調査官は、30代後半だろうか、柔らかい口調だが、落ち着いた立ち居振る舞いであった。

「今日は、秋山雄三さんの相続税の調査にお伺いしました。確認事項も多いと思いますが、よろしくご協力の程をお願いします。」と、山形上席調査官は、3人に順番に頭を下げた。非常に謙虚な姿勢であった。

「こちらこそ、お手柔らかにお願いします。任意調査とはいえ、こちらは受任義務がりますから、ちゃんと対応をしますよ。でも、あくまで納税者の承諾を前提にした任意調査ですから、法的限界もご理解くださいね。あくまで、質問検査権の範囲内でお願いしますね。」と、多田税理士も紳士的な口調で話す。

「もちろんです。私どもも法的限界は承知しております。どうぞよろしくお願いします。」と、再び深々と頭を下げる山形上席調査官。

「お茶でもどうぞ。」と、千夏。

「山形さん。こちらにはワリショーが申告財産に入ってたんで調査に来られたんでしょう。」と、余裕で先制攻撃を仕掛けたつもりであったが、この後、山形上席調査官に難問を突きつけられ、苦悩することになる多田税理士であった。


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