タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 8

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士の税務調査に立ち会う。予想外の展開に困惑する多田税理士であった。)

 

 多田税理士の反論に沈黙していた北沢上席調査官だが、緊張した表情で口を開くのだった。

 

「そんなこと言われましても、今まで私達はこのやり方で課税してきたんです。」

 

「ええ〜。どうしてそんな税法解釈で課税できるんですか。明らかにおかしいでしょう。そんな、司法書士だって我々税理士だって無報酬で仕事することはありますよ。それを、まるで法人の業務のように、業務報酬相当額の売上げをあげろとは、まったくもって暴論ですよ。どうぞ、どうぞ更正したいのなら更正してくださいよ。」と、一歩も引かない多田税理士。

 

 険悪な雰囲気につつまれ、一瞬シーンと静まるが、苦悶の表情の北沢上席調査官が身を乗り出して多田税理士に顔を近づけた。

 

「ん〜ん。その件についてはですね、もう少し詳しく検討するべき事項だろうと判断できますので、今ここでの結論は言えませんが、でもですね、更正は正直大変なんですよ。仮に、更正処分をするとなったらですね、我々としても反面調査に行かなきゃならんのですよ。そうなれば、北村司法書士さんのお客さんに迷惑がかかるんじゃないですか。それでもいいんですか。」

 

「ええっ。私の顧客のところに調査に行かれるんですか。ええ〜。いろんな顧客がいますからねえ。個人もいれば会社や銀行さんだって顧客ですからねえ。迷惑と言えば迷惑になるんじゃないかなあ。う〜ん。どうしたもんかなあ。ねえ、多田先生どうしたらいいんでしょうねえ。できたら、反面調査っていうやつはしてほしくないんですけどねえ。」と、眉間にシワを寄せる北村司法書士。

 

「そんな。今回のケースでなんで反面調査に行かなきゃならないんですか。必要性なんてまったくないじゃないですか。業務に使用したコピー用紙が何枚か分かっているじゃないですか。反面調査に行って何を調べるんですか。」と、口を尖らせ精一杯の抵抗をする多田税理士。

 

「そんな。一般論の話をしているのであって、必ず反面調査に行くと言っている訳じゃあありませんよ。我々も上司からの命令で動きますので、今回、こちらで修正申告されなかった場合のことを心配してですね、申し上げてる訳でしてね。司法書士さんも客商売ですからね。評判が悪くなるとお困りでしょう。そうですよねえ。心配してのことなんですよ。」と、両手を前に出して、北村司法書士と多田税理士をなだめるように話す北沢上席調査官。

 

「何度も言いますが、こちらとしましてはご指摘の件で修正申告することはありませんし、更正されるのだったらどうぞ、ということです。そして、理由のない反面調査をされると言われるのなら、それは行過ぎた行為だと思いますから、問題にします。どうするかは、その時に検討しましょう。」

 

「わっ分かりました。まあ落ちついてお話しましょう。で、やっぱり修正申告はされませんか。」

 

「はい。当方はそのつもりはありません。」と、キッパリと修正申告を断る多田税理士であった。

 

「ん〜ん。そうですか。まあその件は後でということで、すみませんが元帳を見せてくれませんか。それと、支払った領収書もいいですか。」と、修正申告の承諾を得られなかった北沢上席調査官は、更なる、税務調査を続行したのであった。

 

 税務調査の様子を眺めていた北村司法書士の妻が、3年分の総勘定元帳を応接テーブルの上に置いた。北沢上席調査官は、元帳を静かにめくりだした。そして、何箇所か付箋を貼るのであった。

 

北村さん。新聞ですがね、日経新聞と坂新聞を取っておられますねえ。坂新聞は地元の記事が多いですから、個人的な新聞購入ということになりませんかねえ。それとですね、継続して週刊誌を2誌購入されていますが、これは個人的な趣味で購入されているのではありませんかねえ。必要経費を公私混同されているんじゃあないですかねえ。」

 

「えっええ〜。坂新聞が必要経費じゃないというんですか。競馬新聞を取っている訳じゃありませんし、地元紙からの地元情報も知っておかないと、お客さんが記事に取り上げられているのを知らないで声もかけられないと失礼じゃないですか。それに、お客さんの待ち時間に読んでもらう目的もありますしねえ。週刊誌もゴルフ雑誌だとか趣味的なものじゃなくて、一般的な時事に関する記事が中心の雑誌ですからねえ。雑学や時事ネタを使って、たとえ話で事件や登記の話をしてあげることもありますし、お客さんも読まれますしねえ。そんな必要経費の公私混同なんかじゃないと思うんですが、多田先生いかがなものでしょうか。坂新聞と週刊誌なんですけども・・・」

 

 あまりに細かい必要経費の追求に反論を静かに考えていた多田税理士は、以前の沖山税理士の研修会での税務調査の事例で似たようなケースのことを思い出していた。それは、自宅兼店舗で営業している個人事業主の税務調査の一件だった。家賃や水道光熱費・火災保険料などを按分して必要経費と家事費とに区分して、事業に関連する部分を抜き出して必要経費とし、残りの家事費部分は必要経費に算入していなかったのだが、その事業用の割合が多すぎるのではないかとの税務調査での指摘だったのである。事業用割合を6割から4割に下げろとのことであった。

 

『あっ、そうだ。あの家事関連費の事業用割合が多いのではないかとか細かな指摘に対して、沖山先生は何て応えてたっけ。う〜んと。あっ、そうそう税務職員の現物給与の話を持ち出したんだったよなあ。』と、細かすぎる指摘に対する対処方法を思い出した多田税理士は、半信半疑ではあるが調査官に反論するのであった。

 

「随分細かなご指摘ですが、北村司法書士さん自らが事業性を主張されていますしねえ。確かに家事部分が何割かはあるのかも知れませんが、それは極々僅かなものでしょう。ご指摘が細かすぎると思うんですよね。そう言えば、税務署さんだって現物給与の問題があるんじゃありませんか。例えば、公用車ですよ。運転手さんもついている場合もありますよねえ。駅が税務署から遠い場合には、公用車で送ってあげることもあるでしょう。立派な現物給与じゃあないですか。公用車の運転手の給料・車の減価償却費・ガソリン代等の公用車での移動の料金の内何割か現物給与として課税すべきじゃあないですか。ちゃんと計算して、署長や幹部の給与計算に反映していることを調べてきてくださいよ。あなたも、署から私用の電話をかけたこともあるでしょう。電話代の給与課税は受けてますかね。」

 

 多田税理士は、過去の沖山税理士の研修内容を必死に思い出して、反論するのであった。北沢上席調査官は沈黙だ。

 

「それにねえ。税務署で販売した本の手数料が入っているでしょう。そのお金で飲食しているんじゃないですか。その分は、キチンと給与計算に反映しているんですかね。どんな資料でもいいですから、課税対象になっているのか資料として提示してくれませんか。そうでもしないと、そんな新聞や週刊誌の家事割合なんて出せませんよ。立派に事業所において、営業時間内に事業主や従業員やお客さんが見ている訳ですし、床屋さんだって待ち時間に呼んでもらう雑誌は沢山ありますよ。それに、北村さんがおっしゃるように、特定の趣味の新聞や雑誌じゃあないじゃないですか。問題ありませんよ。」と、多田税理士は我ながら自分の言葉に酔っていた。うまく応答できたと思ったからだ。沖山先生だったらどんな風に話すのかをイメージしての対応だったのだ。

 

「わっ分かりました。別に私は公私混同的な経費の支出がないかお尋ねしただけですよ。」と、北沢上席調査官は応答し、以後は黙って元帳に目を落として調査を続けたのだった。そして、元帳のページをめくる手が止まったのであった。

 

「すみません。この委託費なんですが、有限会社ケーケーに業務委託費を払われていますねえ。」と、北沢上席調査官の目が光ったのだった。

 


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