タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 5

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士の税務調査に立ち会う多田税理士。調査官の反論に返答が見つからない。)

 

 多田税理士は、困り果てていた。頼りの沖山税理士から、「司法書士に棚卸資産なんかない」と、指摘されて、そう思い込んでいたのだが、条文を確認してみると、事務用消耗品である白紙のコピー用紙は棚卸資産に該当すると理解するに至ったのだ。そうすれば、北沢上席調査官の指摘するように、無報酬の業務相当額の自家消費となって売上計上しなければならなかったのだろうか。しばらく思案していた多田税理士だが、重い口を開けて声をだすのであった。

 

「あっ、そうだ。忘れてた。今日は、大事な用事があったんだ。急な税務調査の立会いですっかり忘れていました。申し訳ない、北沢さん。今日の所は、私の用事を優先させてくれませんか。すみません。」と、頭を深々と下げる多田税理士。

 

「え〜。これで中止ですか。困ったなあ。じゃあ、修正申告に応じられるということでよろしいでしょうか。私の方としましても、もうそろそろ上司に報告せねばなりませんし。」

 

「ええ。いやあ。修正申告の件は、まだもう少し調べさせて下さい。棚卸資産の件は理解できますけれども、自家消費売上につきましては、どうもしっくりこないんですよ。もうちょっとだけ時間を下さいよ。」

 

「ええ〜。まだ時間が必要なんですか。いままでも十分日数と時間をかけているじゃないですか。もう、結論を出していただかないと、私どもとしましても調査はこちらだけじゃありませんしねえ。困ったなあ〜。」

 

「本当に申し訳ないです。昨日急に本日の調査立会を承諾してしまったものですから、本来の用事のことを忘れてしまいました。来週、もう一日時間をとってもらえませんか。来週でしたら、そちらのスケジュールに合わせますので。北村さんも来週のスケジュールは調査を優先させて頂いてよろしいでしょうか。」

 

「えっええ。私はいいですけど。」と、呆れ顔の北村司法書士。

 

「分かりました。多田先生。じゃあ、署に戻りまして、スケジュールの確認をしまして、先生にお電話しますので。先生の方から北村さんの方へ連絡して頂いてよろしいでしょうか。はあ〜。」と、北沢上席調査官は言い残し帰っていった。

 

「多田先生。先約があるのに私どもの調査を優先してくださってたんですね。ありがとうございます。それで、大事な用事の方は大丈夫でしょうか。ご連絡とかされなくて大丈夫ですか。」と、北村司法書士の妻。

 

「あっ。はい、大丈夫です。これから先方まで出向きますので。それにしても、突然にすみません。驚かせてしまって。いかんですなあ。まあ、兎に角今日の午後か来週には税務署から電話があるでしょうから、私が日程を聞いてからこちらにお電話しますので、その時ご都合を教えてくださいね。」

 

 多田税理士が条文をカバンに入れて、ソファーから立とうとした時、北村司法書士が話し出す。

 

「もうお時間はないでしょうが、いかがなもんでしょうか調査の件は。やはり、修正申告になるんでしょかねえ。なんか、多田先生も納得されていたようにお見受けしたんですけれども。」

 

「あっ、いえいえ。修正申告に納得した訳ではないんですけれども、ちょっと引っかかるところもありまして、もう少し検討させてください。結論はどうであろうとも税務調査には立ち会いますので。」

 

「いや、お忙しいところすみませんでした。なんかこう税務署の方は自信満々でしたから、これはもうダメかなとも思ってましたので安心しました。是非、よろしくご検討くださいますようお願いします。」と、ソファーから立ち上がり一礼する北村司法書士。

 

「いえいえ。なんとか検討してみますので。すみません今日のところはこれで失礼します。」

 

 多田税理士に別に用事などなかった。時間稼ぎのための狂言であった。その場で、北沢上席調査官に反論することができなかったのだ。事務用消耗品という棚卸を私的に使用してしまったということは理解できる気にもなっていたが、自家消費売上の計上は納得できなかったが、反論もできなかったのだ。事務所に戻った多田税理士は、昼食の後、沖山税理士に再び電話するのであった。

 

「はい、沖山です。」

 

「多田です。午前中はありがとうございました。ところがですね。それが、白紙のコピー用紙は事務用消耗品であって棚卸ししなければならない資産だから立派な棚卸資産であって、それを私的に使用して無報酬の業務をしたから自家消費だというんですよ。」

 

「ずい分細かいことまで言う調査官やねえ。そりゃああ、白紙のコピー用紙は事務用消耗品であってねえ、棚卸資産になる訳だけれどもね。そもそもね、所得税法基本通達37-303にね、事務用消耗品は実際に消費した年分の必要経費とするのが本来であるが、毎年一定数量を取得して、かつ、経常的に消費するものについてはね、継続適用を要件にね取得した年の必要経費と認めるとしていてね、棚卸しなくていいことになっているんよ。まあ、それくらい少額のものは無視しましょうと規定しているようなもんよ。分かる。」

 

「はい、分かります。私達税理士も、白紙のコピー用紙なんか貯蔵品として棚卸なんかしませんし、定期的に消費してますから、在庫が極端に増えるようなこともありませんし、司法書士だって同じ状況だと思います。はい、ここまでは分かります。」

 

「そうね。ここまでは分かってくれたね。これからも、分かってほしいっちゃけどね。アハハ。でね、棚卸もしないでいいような事務用消耗品を私的に消費したからといって自家消費売上にしなさいというのは極端に納税者に事務負担をかけることになるし、そもそも経常的に使用する事務用品を全額取得時の必要経費に認めると規定した通達の考えに逆行する指摘だよね。」

 

「はあ、そうですね。通達では、毎年経常的に消費している事務用消耗品については、だいたい毎年同額程度の在庫状態だし、金額的にも多額にならないだろうから、継続して購入時に全額必要経費にしているならば認めましょうということですよね。」

 

「うん、分かってくれたようじゃね。アハハ。それにね、棚卸資産を家事のために消費したと認めたとしてもね、その金額に問題があるよね。確か、無報酬の業務相当額を自家消費売上だと言ったんやろう。」

 

「はい、そのように聞いてます。」と、沖山税理士の話を聞き漏らすまいと真剣な多田税理士は、電話の受話器を力いっぱい掴んでいたのだった。

 

「うちでね、500枚入ったA4のコピー用紙はね1個400円くらいなんよね。180銭というところやね。5枚私的に使って4円の自家消費売上ということになるんよね。正確にはね。わずかな金額やろ。そんなもん更正したけりゃしてみろってゆうちゃらんね。端数切捨ての金額やろうもん。それにね、司法書士業務は、役務の提供だから、この場合の事業所得の総収入金額に算入すべき金額は、その年において収入すべき金額だから、別段の定めがあるものを除き、相手方と契約した金額やから、無報酬で契約したら総収入金額は0円になるやろう。それで、終り。棚卸資産を自家消費した場合には別段の定めがあって所得税法39条に自家消費売上げを上げなさいと規定されてるやろう。」

 

「なるほど、そうですよね。別段の定めがない場合には、その年において収入すべき金額が総収入金額に算入すべき金額なんですよねえ。」と、頷く多田税理士。

 

「またね、棚卸資産を他人に贈与した場合にはね、相手方との契約金額は0円やから、総収入金額も0円と思いたいんやけど、この場合には別段の定めがあってね、所得税法40条に棚卸資産の贈与や著しく低い価額の対価による譲渡の場合、棚卸資産の時価までの金額を総収入金額に算入しなさいと規定してあるんよ。」


4章へ戻る
6章へ