タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 4

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士の税務調査に立ち会う多田税理士だが、沖山税理士に助けを求めるのだった。)

 

「先生、実は今調査先からなんですが、質問してよろしいでしょうか。」

「はい、どうぞ。」

「実は、司法書士さんの事業所得の件なんですけど、司法書士の家事消費の売上の件なんですけど、司法書士にとって登記申請書は棚卸資産と同じだから、無報酬で仕事をした場合でもその仕事の時価相当額を売上に計上しなければいけないものなんでしょうか。」と、税務調査で指摘された概要を話し多田税理士。

 

「ん何。司法書士さんに棚卸資産。ん。家事消費。ん何で。無報酬の仕事で時価相当額を売上に計上。ん。あんた何言っとるのかちんぷんかんぷんなんじゃけどね。」と、あっけにとられる沖山税理士であった。

 

「えっ、変ですか。先ほど、所得税法第39条の条文を見てたんですけども・・」

「ああ、棚卸資産等の自家消費の場合の総収入金額算入の条文のことね。じゃあ、司法書士さんは小売業ね、卸売業ね。役務の提供をするサービス業やろも。買ってきた商品を仕入れて売る商売でも、自分で製品を作って売る商売でもないやろう。所得税法第2条第16号に棚卸資産の定義が規定してあってね。事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産で、たな卸をすべきものとして。」

 

「政令で定めるものをいう、って規定してあるんよ。政令までは見らんけど、サービス業の司法書士に棚卸資産なんかないって分かるやろう。我々税理士だって役務の提供をやって報酬をもらっているサービス業やから同じなんよ。多田さん、税理士業でなんか商品を仕入れて売ることなんてあるんね。うん、どうね。」

 

「はあ。そうですね。司法書士さんだって我々税理士だって、ものを仕入れて販売している訳ではないですよね。そうかあ、サービスを棚卸資産と同様に考えてはいけないんですね。それと、家事のために消費した場合とは、家事消費じゃなくって自家消費っていうんですね。」と、静かにうなづく多田税理士。

 

「まあ、条文には自家消費って書いてあるね。またね、海で泳いでいる魚やけどね、私達が釣って食べたとするよね。私達は趣味で釣りをする訳だから、事業所得を生ずべき事業に係る資産、つまり、棚卸資産にはならないよね。でもね、これが漁師さんの場合にはね、本来売上になる魚を自分で食べてしまったらね、事業所得を生ずべき事業に係る資産になるよね。すると、漁師さんの場合は自家消費になって、原則として、魚の時価相当額の総収入金額を追加せんといけないということになるんよ。分かる?」

 

「分かりました先生。司法書士や税理士には棚卸資産なんかないと主張すればいいんですね。ありがとうございます。先生、また質問することがあったら電話させて頂きますのでよろしくお願いします。」

 

「はいはい。自家消費だと税務署が指摘しているのなら、司法書士さんには棚卸資産はありませんと答えればいいんよ。また、何かあったら何時でもいいから電話してください。お待ちしてますよ。ハハハ。」と、気さくに笑う沖山税理士であった。

 

 気分を取り戻した多田税理士は、応接セットまで戻ってきた。

 

「すみません。お待たせしました。何とか、お腹の方も落ち着きまして。では、修正申告の件なんですけれども、私としては、司法書士さんは、役務の提供をしているのであって、つまり、サービスの提供をしているのであって、ものを仕入れて販売している訳ではないので、棚卸資産はないのであって、従って、棚卸資産を家事のために消費できないのであって、だから、自家消費としての売上の計上の必要はないものと考えます。従って、ご指摘の修正申告は必要ないと思っております。」と、自信満々の多田税理士。

 

「ほう、そうなんですか。私達司法書士は、サービスの提供をしているのであって、ものの販売、つまり、棚卸資産の販売をしているのではないので、従って、棚卸資産を家事のために消費しようがないという理屈なんですね。それなら、分かりますよ。肝心の棚卸資産がないんですね。」と、北村司法書士の表情は明るい。

 

 一方、一瞬暗い表情になった北沢上席調査官は、下を向いて何か反論を考えているようであった。

 

「いや、やはり自家消費のように売上の計上が必要ですよ。それに、私の記憶が正しければ、印刷された登記申請書であれ、白紙のコピー用紙であれ、事務用の消耗品は棚卸しなければならないはずですよ。だって、まだ使っていない在庫分は貯蔵品として必要経費から控除すべきです。ですから、こちらの事業で使われる棚卸資産はある訳です。その用紙を友人の方に無報酬で使用した場合には、自分で自分のために使ったことになりますから、事業に係る棚卸資産を家事のために消費したことになるので、その登記申請の業務報酬相当額を自家消費売上にすべきなんです。」

 

「え〜。コピー用紙が棚卸資産になるんですか。でも、コピー用紙を販売している訳ではありませんよ。多田さん、我々司法書士には棚卸資産はないと言われてたじゃないですか。いったい、どっちの言い分を信じればいいんですか。」と、多田税理士に食って掛かる北村司法書士。

 

「いえいえ。私達、税務署員のことを信じてください。わざわざ修正申告のお願いにまで参上している訳ですから。多田先生、条文をお持ちでしたら、今、お調べになったらいかがでしょうか。少々お待ちしても当方は構いませんよ。」と、自信満々の北沢上席調査官。

 

 多田税理士は困った。沖山税理士の見解と税務署員の見解が真っ向から対立してしまったのだ。こうも自信満々に修正申告を慫慂するには、やはり、税務署員の主張が正しいのだろうかと悩み始めたのだ。しかし、ここは自分で対処しようと考えた多田税理士は、自分自身で棚卸資産について条文を開いて確かめることにしたのだった。

 

「え〜とですね。棚卸資産は、所得税法第2条の定義規定に書いてあるので、見てみますね。え〜と。ああ、これこれ。第16号ですね、たな卸資産 事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。と、規定されてますね。ここまでですと、白紙のコピー用紙は棚卸資産には含まれませんよね。でも、政令で定めるものは、所得税法施行令第3条に規定してあるんですか。では、そこに行きましょうか。」と、条文のページをめくる多田税理士の手がかすかに震えていたのだった。

 

「確か、その政令の方に規定してあったと思いますよ。」と、笑顔の北沢上席調査官。

 

「では、第3条を見てみますと、商品又は製品で補助原材料までは所得税法第2条と同じですね。ああ、第6号には消耗品で貯蔵中のもの。7号は前各号に掲げる資産に準ずるもの。とありますね。」と、つぶやく多田税理士。

 

「そうそう、それですよ。消耗品で貯蔵中のものですよ。白紙のコピー用紙は事務用消耗品そのものではないですか。それに、司法書士さんは、在庫として保管されているし、年間相当量のコピー用紙を使用して業務をされていますから、立派に事業所得を生ずべき事業に係る資産で棚卸しをすべき資産ではないですか。どうですか、分かって頂けましたか。多田先生。」

 

多田税理士の胸中は、『え〜、どうなっているんだい。確かにコピー用紙は事務用消耗品だし、それこそ大量に使用されているだろうし、理屈としては、未使用で在庫として貯蔵中のものは棚卸しをして、その分を必要経費から除外しないといけないだろうなあ。正しいよなあ。う〜ん。どうしよう。登記申請の用紙やプリンターで印刷するコピー用紙は、商品ではないけれども、消耗品で貯蔵中のもので、司法書士の事業上の棚卸資産であることは間違いないし、それを事業で使用しないで、家事で使用したら、棚卸資産を自家消費したことだしねえ。そしたら、そのコピー用紙を印刷して行った無報酬の業務については、そのコピー用紙を個人的に家事で使用したことになってしまうのかあ。すると、棚卸資産の自家消費をした無報酬の業務相当額の売上げを計上せねばならいという理屈かあ。う〜ん。反論の余地がないような気が・・。』であった。


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