タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 3

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士と電話で話し、明日の税務調査に立ち会うことになった多田税理士。)

 

 翌日午前9時。多田税理士は、北村司法書士の事務所を訪問するのであった。ガラスのドアを開け、中に入ると男女2名が同時に立ち上がった。男性から声が発せられた。

 

「多田先生ですね。おはようございます。北村です。本日はよろしくお願いします。ささ、こちらへどうぞ。」と、事務所の中へ入るように片手を広げて案内する北村司法書士。

 

「あっ。税理士の多田です。じゃあおじゃまします。」と、発し案内される方に進み、応接セットのソファーに座る多田税理士。お互いに名刺交換を終えると、女性がお茶を出してくれたのだった。

 

北村の妻でございます。本日は、ありがとうございます。主人も法律で仕事をしてますのに、税法は弱いんですの。どうか、よろしくお助けいただけますようにお願いします。」と、北村司法書士の妻が頭を下げた。

 

「ああ。多田でございます。どこまでお力になれるのか分かりませんが、できるところまでは対処しようと思いますが。どこまで通用するのかは、ちょっと分かりませんがなんとか頑張ってみようと思います。」と、頭を下げる多田税理士であった。

 

「さっそくなんですが、今日の9時過ぎには調査官が来ることになっているんですね。それで、修正申告の返事をしなくちゃならないんですが。そのう、無報酬で仕事をした場合でも売上をあげなきゃいけないんでしょうか。なんとも変な話だと思うんですけど。」と、早口でまくし立てる北村司法書士。

 

「まあ、ちょっと待ってください。もう、すぐ調査官が来るわけですね。でしたら、ここに税務代理権限証書がありますので、書名して頂けますか。まあ、委任状ですね。」

 

「あはい。わかりました。」

 

 北村司法書士が署名している最中、多田税理士は冴えない顔をしている。昨日の山谷真美との会食後、そのまま眠ってしまって、今日の税務調査の事前調べができていなかったのだ。確たる、条文番号なども調べてはいなかったのだ。不安でたまらないし、課税される理由が今いちピントきていない多田税理士であった。

 

「そうですねえ。無報酬で仕事をしてもいいとは思うんですけれど。何を根拠に課税されると言っているのかが分からないんですよ。我々税理士も無報酬で仕事をすることはありますしねえ。今まで、無報酬で仕事をしたらいけないねんて聞いたこともありませんしねえ。なんとも、税務署員の主張を聞いてみないことにはなんとも反論のしようがないですねえ。」

 

「そうなんですよねえ。私も慣れない所得税法の条文を眺めたんですけども、該当するところが分からないんですよ。」と、腕を組み考え込む北村司法書士。

 

多田税理士は、会計全書をカバンから取り出し、無造作にページをめくり、所得税法を探すのであった。

 

 程なく、メガネをかけた四十代くらいのスーツ姿の男性税務署員が訪問してきた。北村司法書士の妻が二人の所へ案内してきた。税務署員は怪訝な表情で多田税理士を見ている。

 

「あっあのう。税理士の多田さんです。どうも私だけでは理解できないこともあるのではないかと思って、調査の立会いをお願いしたんです。はい、これが、税務代理権限証書です。急なことで事前に連絡できなかったんですけど、いいんですよね。」

 

「わっ、分かりました。坂税務署の個人課税第一部門の北沢です。」と、身分証を見せる。上席国税調査官だ。

 

「急なことで恐縮です。依頼がありましたので、私が調査に立ち会うことになりました。よろしくお願いします。ところで、無報酬で仕事をした場合でも売上をあげなきゃあ行けないとの指摘を受けたと北村先生から聞いたのですが、やはり、そうなんでしょうか。」

 

「ああ。もうお話を聞かれているのでしたら話が早いですね。今日は、その件で修正申告をお願いしたいと思ってお伺いしたのです。」と、自信満々の北沢上席調査官だ。

 

「そこのところがピンとこないのですが、所得税法の第何条に該当するんでしょうか。」と、やんわり北沢上席調査官に尋ねる多田税理士であった。

 

「えっ、条文ですか。今は手元にないですが、ほら、棚卸資産を家事用に使ったら家事消費で収入金額を計上するじゃないですか。それですよ。今回は、登録免許税は本人が負担していますけど、登記の申請書は使っている訳だから。仕事をした訳ですよ、そしたらその業務の時価相当額で売上げの追加が必要なんです。」

 

「えっ、家事消費ですか・・・。登記申請書を使用して仕事をしたからですか・・・・。」と、絶句して返事が見つからない多田税理士。

 

「そうですよ。登記申請書を使用したじゃないですか。口頭ならいいんですよ。無料相談とかね。でも、登記申請書を使ったんですから、家事消費にするしかないじゃないですか。司法書士さんにとって登記申請書は棚卸資産と同じなんですよ。そこのところを理解して修正申告に同意して頂きたいですね。」

 

「ちょっと待ってくださいね。家事消費の条文は、どこだっけか。まずは、条文を見てみますからね。え〜っと、あったここですね。所得税法第39条かあ。ちょっと読んでみますのでちょっと待ってくださいね。」

と、条文を読み、北沢上席調査官の指摘を確認する多田税理士。

 

 所得税法第39条には、居住者つまり納税者が、棚卸資産やこれに準ずる資産を家事のために消費した場合には、その消費した時における、それらの資産の時価に相当する金額を、その納税者の事業の収入金額に算入せねばならないことになっている。自分の店の商品(棚卸資産)を自分で食べてしまったような場合に、自分で自分に代金を払っていない場合に、その商品(棚卸資産)の時価相当額を収入金額に加えて申告せねばならないことになっている。

 

「どうです多田先生。条文をご覧になって分かられたでしょう。私の言っていることが。」自信満々の北沢上席調査官。

 

『う〜ん。家事消費になるのかなあ。登記申請書は司法書士の棚卸資産かあ、棚卸資産に準ずる資産になるんだろうか。分からん。』

 

「多田先生。その所得税法の39条は、そんな解釈になるんでしょうか。」と、多田税理士が眺めている会計全書を覗き込む北村司法書士。

 

「他人のために無料で仕事をしたことは、家事消費と同じことになるんですよ。多田先生ご理解頂けましたでしょうか。」と、北沢上席調査官。

 

『棚卸資産は、売るための資産だし、登記申請書も売るための資産ではあるかあ。でもなんか違うよなあ。棚卸資産に準ずる資産になるのかなあ。分からんなあ。こんな時は沖山先生に質問できたら良いんだけど。今いらっしゃるかなあ。』と、考え込む多田税理士。何も発言できないまま、沈黙の時間が過ぎてゆく。

 

「すすすみません。急にお腹が痛くなって。北村先生トイレ貸してくれませんか。」と、多田税理士。

 

「あっはい。どうぞ、その突き当たりの右側がトイレです。」と、北村司法書士は突然トイレに行く多田税理士を不安げに眺めるのであった。

 

 さっそくトイレから沖山税理士の携帯電話に連絡する多田税理士。呼び出し音が鳴り続けている。なかなか電話にでないが、やっと沖山税理士が電話にでた。

 

「やあ、あんたね。なんかあったんね。」と、沖山税理士の渋い声が聞こえた。


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