10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 2

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女から連絡があり、再会するものの、昔の感情を思い出す多田税理士。そして、彼女の知り合いの司法書士が税務署ともめているらしかった。)

 

 山谷真美からのメールを見て、返事を考える多田税理士。『先輩の司法書士が税務署ともめてるのかあ。先輩って言ってたけど、本当は付き合っているんじゃないかあ。彼女に相談しているんだったら、彼女の手前協力してやらんといかんかなあ。調査対応をバッチシ決めれば見直して頼もしく感じてくれるかなあ。そんでもって、向こうから付き合ってくれって言ったらどうようかなあ・・』自分勝手な妄想を繰り広げる多田税理であった。

 

『まあ、会って話しを聞いてから返事するしかないよなあ。じゃあ、メールを返すことにするか。どこで会おうかなあ。やっぱ車で迎えに行った方がいいかなあ。まるで昔のデートみたいだなあ。う〜ん。なんか不思議な感じだなあ。』

 

「お疲れさん。居酒屋さんの件OK。どこにしようか。どこかリクエストがあれば、そこにしようか。それと、俺の借りてる駐車場は坂駅の近くだから、居酒屋さんが駅に近いんなら迎えに行こうか?あなたの自宅の近くに水産会社の事務所があったよねえ。その事務所前で待ってるね。時間はね、630分でどおお。んで、居酒屋さんは7時からスタートでどおかな。んで、今週の木曜日でどおかな?」

 

 1時間ほどで山谷真美からの返事のメールが届いた。「曜日、時間、水産会社事務所、OKです。居酒屋さんなんだけど、駅の近くに鱗(うろこ)っていうちょっといい感じのお店があるんで、そこをリクエストしま〜す。(^_^)

 

 木曜日、午後630分。多田税理士は、元の彼女の自宅近くの水産会社の事務所前に車を止めて山谷真美を待っていた。バックミラーを眺めながら彼女の姿を探す多田税理士は、昔のことを思い出さずにはいられなかった。しばらくして、昔と同じように小走りに髪をなびかせて車に近づく山谷真美であった。

 

「お待たせ。よくここ憶えてたわねえ。」

「ううん。昔ここで待ち合わせしてたよねえ。随分昔のことだよねえ。じゃあ、行くとしますか。」

「うん、お願いね。」

 

 車は、間もなく多田税理士の自宅マンションの近くの駐車場に着いた。二人は、車を降りて駐車場を出て居酒屋に向かうのであった。

 

「あのマンションの8階に住んでるんだ。ほれあそこね。上から2番目で左からも2番目のとこね。2LDKなんだ。一人じゃあ広いけどね。」

「あら、そおなのお。一人暮らしかあ。いいなあ。あたしお母さんとずーっと一緒だからさあ、なんか一人暮らしって憧れちゃうなあ。いつか、お部屋見に行こおっかなあ。ウフフ。」

「う、ううん。」と、山谷への返事に困る多田税理士であった。『う〜ん。帰りに部屋に寄りたいなんて言われたらどうしよう。断るのも変だしなあ。もしそおなったらどうしよう。泊まるってことなのかなあ。え、そんなの有りかなあ。う〜ん、まだ心の準備が出来てないけどなあ』と、妄想する多田税理士であった。

 

 鱗という居酒屋には、まだ客はいなかった。なかなかしゃれた雰囲気の店であった。二人は、注文を済ませ、ビールで乾杯をするのであった。

 

「かんぱ〜い。」「かんぱ〜い。」

「なかなかいい感じだねここ。」

「ねっ。そうでしょ。あたしのお気に入りなんだ。久しぶりだあ。居酒屋さんなんて。お勤めしてた頃は、よく職場の同僚と会食してたんだけどね。今は、プ〜さんだから、ほんと久しぶり。」

「そうかあ。プ〜さんってことは、今は求職中ってことなんだ。職安には行ってるんでしょ。」

「うん、行ってるけどなかなか良いのが見つからなくってね。司法書士の北村先輩にも相談しているんだけどさあ。なかなかなくってねえ。ああ〜、昔みたいにバリバリ仕事したいな。」

 

「こないだ言ってた先輩で司法書士さんて北村さんって言うんだ。あっ、そうそう。その北村さんだっけ、税務署ともめているんだって。いったいどういう風にもめてるのかなあ。内容を聞かないと、対応も検討できないんだけどさ。」と、税務調査の内容を聞く多田税理士。

「ううん。それがねえ。そのあたしが依頼した仕事でね、その報酬をもらっていないのがいけないらしいのよ。それくらいしかあたしは分からないのよ。でね、今から先輩に電話するからさあ、話を聞いてみてくれないかしら。ねえ、いいかなあ。」

「いっ今からかい。ここでかい。ま、まあいいけどさあ。」

「ごめんね。先輩も急いでるみたいだからさあ。じゃあ、今から先輩の携帯にかけてみるね。」

「もしもし、山谷ですけど。こんばんは。今電話大丈夫ですか。あのですね、こないだの友達の税理士なんですけど、今一緒に居酒屋にいるんです。」

 

 携帯電話で話す山谷真美を見ていると、昔と変わらないと感ずる自分と、すっかり中年の女性になったなあと感ずる自分の二面性に気付く多田税理士。揺れる、中年男の心模様であった。

 

「はい、それじゃあ電話かわりますね。」と、言い終わると自分の携帯電話を多田税理士に渡す山谷。

「もしもし。あっ、始めまして。税理士の多田です。何か、税務調査でもめているとか聞いたんですけど、いったいどんなことなんでしょうか。」

 

「すみません。司法書士の北村です。実はですね、無報酬で仕事をした場合にですね、通常の報酬の金額をですね、売上に上げないといけないということなんですよ。なんとなく変だなあと思うんですけど、どういう風に反論していいのか検討がつかなくて弱っているんですよ。それで、真美ちゃんの友達に優秀な税理士さんがいるって聞いていたもんですから、それで、ご相談できないかと真美ちゃんにお願いしたんです。税法の第何条のどこにこう書いてあって、こう解釈できるから売上なんて上げなくていいんだって、税務署に説明したいんですけど、いったい所得税の第何条にどう書いてあるんでしょうか。」と、早口でまくし立てる北村司法書士であった。

 

「いや〜。いまのお話だけで、所得税の第何条の話だなんて分かりませんし。いま、条文を持っていないですし。具体的に、税務署がどういっているのかもう少し詳しい内容がほしいところなんですけどねえ。」

 

「あの〜、そうですね。無報酬の仕事は真美ちゃんのだけじゃなくてもっとあるんですね。それも、何年分もあるんですね。それで、あしたが2度目の税務調査の日なんですね。今なんらかの手がかりがつかめないと、明日はどうなっちゃうのか不安なんですよ。」

 

「え〜明日ですか。そりゃあ、急すぎますよね。なんとも、今日はもう夜ですし、調べるにも少し時間がほしいですし。明日は何時から調査なんですか。」と、なんとか対応してあげようと多田税理士は考えるのだが、あまりにも時間がない状況に困惑気味だ。

 

「あしたは、午前10時から調査になっています。誠に申し訳ないんですが、調査の立会いをお願いできないでしょうか。確定申告は、なんとか自分でしているんですけど、税務調査は始めてなもので、どう対処したら良いのかさっぱりなんですよ。お願いします、多田先生。」と、北村司法書士。

 

「わ分かりました。これもご縁でしょうから、明日はそちらにお邪魔しましょう。事務所は・・ああそうですか。分かります。駐車場は、事務所の前ですね。はい、分かりました。ああそれと、当然トイレはありますよね。ハハ。」と、いざとなったら沖山税理士にトイレ電話することも念頭に置く多田税理士であった。

 

「へー明日税務調査なんだ。先輩のお願い聞いてくれてありがとうね多田君。なんか仕事の話している多田君ていかにも凄腕税理士さんみたいに見えてたよ。アハハ。」

「アハハ。でもいくらなんでも明日調査なんて急すぎるなあ。」と、タメ息をつく多田税理士。

 

 その後、昔話に花が咲いた二人だったが、11時にはお開きとなり、山谷真美はタクシーで帰っていった。見送る多田税理士は、「ふう」と一息つくのであった。


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