タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 第1章

 

多田税理士事務所の電話が鳴った。職員から「所長お電話ですよ。山谷さんとおっしゃっています。」との、声がかかった。

「んん。山谷。もしかしてあの山谷。」と、多田税理士の胸中が騒ぎ出す。

「山谷ですけど。」と、明るい女性の声だ。一言で多田税理士は気付いた。大学生の頃付き合っていた元の彼女だったのだ。

「や、やあ。久しぶり。」

「ほんと、久しぶりね。近くを通ったから、元気にしてるかなって思い出しちゃって電話してみたの。」

 

 山谷真美は、多田税理士の中学校3年生のクラスメートである。多田税理士の片思いであったが、高校生の頃からデートをするようになり、多田が東京の大学に進学するころから遠距離恋愛が始まるようになっていたのだ。山谷真美は、多田とは違う高校に通い、卒業後銀行に就職してキャリアウーマンとなっていた。やはり、遠距離恋愛は長続きしなかったのだった。多田は山谷に振られてしまったのだ。

 

 しかし、多田は山谷のことが忘れられずにいた。そして、断られるのを覚悟で再度交際を申し込むと山谷は承諾するのだった。そして、多田は振られてしまうことになるのだ。そして、山谷を忘れられない日々が続き、何とか気を紛らそうと税理士試験に没頭する3年間が過ぎるのだった。そして、税理士試験の合格を親や友人知人に電話で連絡していた時のこと、間違って山谷真美の家にも電話してしまったのだった。

 

そして、多田は坂市に帰ってから、また山谷に交際を申し込んで付き合いだしたのだった。しかし、間もなく、また多田は振られてしまったのだった。

 

 多田は、再び、山谷真美を忘れようと毎日遅くまで税法に取り組んでいたのだった。多田が25歳の時に別れてからもう18年の時が過ぎさっていた。そして、山谷真美は30歳の時に結婚したのだった。多田としても、もう、諦めるより他はなかったのだった。そして、山谷への思いも忘れてしまったであろう本日突然に電話がかかってきたのだから、多田は少々動揺していたのだった。

 

「あの〜、もしよかったら今度お昼ごはんでもどうかなって思っているんだけど、多田君忙しいのかな。」

「いや、昼ご飯は食べるから、今週の金曜日12時前に事務所の駐車場に来たらどうかなあ。近くのレストランに俺の車で行こうか。」

「うん、わかった。じゃあ、そうするね。じゃあ、金曜日ね。ばいば〜い。」

 

 多田は複雑な心境であった。以前は確かに好きだった。でも、相手も結婚したんだし、なんで今更電話かけてくるんだろうかと不思議に感じていたのだが。久しぶりに会ってみたい気もするし、会ってまた昔のように好きになってしまったらどうしようかとも考え込む多田であった。金曜日の12時前、多田税理士事務所の駐車場に1台の車が止まった。山谷真美の運転する車だ。多田税理士は、自分の車に乗り込んでいた。山谷真美が自分の車に近づいてくる姿を見て、昔のデートのワンシーンを思い出していた。「ああ、こんなこともあったなあ。」

 

「久しぶり。元気そうね。今日、どこ行く。私の行ってみたいレストランでいいかなあ。」

 

「あああ、いいよ。どこ。」

「以前から気になってたイタリアンのお店がおるんだけど、案内するから車出してくれる。」

「了解、了解。」

「福岡に住んでるってことだけは知ってたんだけど、そうなん。」

「いや。去年まで福岡に住んでたけど、今は坂市に住んでるよ。坂駅の近くのマンションに一人暮らしをしてるんだ。実家に戻るよりかは、一人暮らしが気楽だからね。」

「あはは。まだ、独身なんだ。あはは。昔となんにも変わってないねえ多田君は。」

 

 まるで、昔に帰ったように話が弾む二人だった。そして、レストランでも会話は弾むのだった。

「ねえ、お母さんは元気。そういえば、三人で花火を見に行ったこともあるよねえ。」

「うん、元気だけどねえ。ちょっと、痴呆が出てきてね。どんどん、忘れて行くみたいでね。今は、いろんなところに連れ出して刺激を与えるようにしてるのよ。多田君のご両親は。」

「お蔭様で、二人とも元気でね。介護保険も払うばっかりで介護認定も無理だろうね。」

「ふう〜ん。そうなんだ。よかったね。ところでさあ、多田君て税理士じゃない。でね、自分のお客さん以外の人の税務調査って引き受けないよねえ。」

「う〜ん。原則としてはねえ。自分の顧問先じゃないとどんな内容か分からないからねえ。う〜んん。よっぽどじゃないと受けないよねえ。えっ、あなたが税務調査受けることになったのかい。」

「ううん。私じゃないけど、私の高校時代の先輩の司法書士さんがいてね、こないだ会ったらなんか深刻な顔でさあ、税務署が来るんで面倒しいなあって言ってたから、もし、先輩が税務調査で困ったことになったら多田君を紹介してもいいのかなって思ったのよ。」

 

 多田はすっかり昔の彼女との会話に夢中になっていた。まるで、大学生の頃に戻ったような気分を味わっていたのだった。そして、昔の恋心がむくむくと起き上がってくる自分自身を不思議に感じていたのだった。少なくとも、彼女に対して好印象を与えたいという心境になっていたのだった。

 

「う〜ん。なんとも言えないよねえ。状況しだいだと思うしね。まあ、もしお役に立てるようであれば検討してみてもいいけどね。」

「うん。ありがとう、その時は相談するね。それとさあ、これからも食事とかしない。友達はみんな主婦やってるでしょ。なかなか時間が合わないのよね。」

「んん。あんたも主婦じゃないの。そうでしょう。」

「それがねえ、結婚は止めたのよ。もう3年位になるかなあ。母親が嫌っててね、まったく合わなかったのよ元亭主とね。」

 

 多田の心は動揺した。「そうか、独身になったのか。ということは、また、付き合うことも可能な訳かあ。う〜ん。でも、何度も振られているしなあ・・。」

 

「へえ〜。そうなんだ。結婚を止めたんじゃなくて、結婚に失敗したって言うんじゃないの。」

「あら、そうとも言うわね。ははは。人生勉強したのよ。そう思えば人生前向きに生きられるでしょう。」

「まあ、それはそうだよね。うん。」

 

 やはり、中学校のクラスメートであるし、かつては恋人として付き合っていた間柄の二人。話が合わないはずがなかった。もう午後2時になろうとしていた。

 

「あら、もう2時になっちゃうね。事務所に戻らないといけないでしょう。ねえちょっとさあ。携帯電話のメールアドレスの交換しない。いいかなあ。」

 

「あっああ。いいよ。でもどうするのかなあ。俺分からないけど。」

「あのねえ。赤外線受信てのがあってね、これで受信できるのよ。ちょっと携帯貸してね。多田君のをこうやって私のをこうやって。うん、できたできた。それで、今度は私のをこうやって、多田君のをこうやればいいんだよねって。ああ、できました。これからは、メールでも連絡できるから便利よね。」

 

 二人は、多田税理士の事務所駐車場で別れた。別れ際に、彼女に手を振る自分が、昔の自分と重なって感じられた多田であった。それから、数日後に山谷からメールが入った。「今、事務所の前を通ったよ。」なんということのないメールだが、多田は自分に気を遣ってくれるかつての彼女が気になりだしてきている自分に気がついていた。そして、また、中谷からのメールが着信した。

 

「お疲れ様。あのね、こないだ話した私の高校の先輩の司法書士さんのことなんだけど。なんか、税務署ともめてるみたいなのよ。よかったら、相談に乗ってくれないかしら。なんかね、私の自宅の前の道路を買った時にね先輩に登記してもらったんだけど、お金いらないって言ってくれてね、それで、登録免許税って言うのかしら、税金だけ払ったんだけど、どうもそれがいけないらしくって。先輩困っているみたいなんだ。それで、相談もあることだし、今度は、夜居酒屋さんで会わない。ねえ、どおお。」

 


2章へ