タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 11

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士の税務調査に立ち会う。妻の会社へ支払った業務委託費について沖山税理士に教えてもらう多田税理士。)

 

 沖山税理士からFAXしてもらった新聞記事を眺める多田税理士は、税務調査での主張を考えていた。

 

『う〜ん。そうかあ。業務委託費は、請負契約によるものだから、人材派遣契約とは異質の契約だから、そもそも比較の対象にすること自体が変な訳だし、合理性がないってことなんだなあ。なんだ。分かってしまえばどおってことないけど、論理的に説明するのって難しいなあ。』

 

「ねえちょっと。さっきから何ぶつぶつ言ってんのよお。」と、山谷真美。

 

 多田税理士は、居酒屋で山谷真美と食事中だったのだが、来週月曜日の税務調査が気になって仕方がなかったのだ。また、何としても彼女にいい格好を見せたい一心でもあった。

 

「いやあ。ごめんごめん。いやね、、北村司法書士さんの税務調査の対応を考えててね。何とかなりそうな感じなんだよ。この新聞記事がいい材料になりそうなんだ。フフフ。」と、新聞記事を真美に手渡してニッコリ笑顔の多田税理士。一方、新聞記事を眺めて、浮かぬ表情の真美。

 

「こんなの読んでも私分かんないわ。税理士さんの仕事って裁判の判決なんかも勉強しとかなきゃいけないのね。大変ねえ。」

 

「ううん。この広島高裁の事例が北村司法書士さんの事例と似ているんだよ。ね、北村さんとこも奥さんの経営する会社に業務を委託しているんだよ。その業務委託費が人材派遣会社の経費と比べて高いって税務調査で指摘されたんだよ。それでね、その新聞記事でなんとかなる訳さ。」と、満面の笑みの多田税理士。

 

「そうなんだ。ふ〜ん。あっそういえば、北村先輩のとこ、今度離婚するんだってねえ。聞いてた。」と、笑顔に変わる真美。

 

「うううん。そうらしいねえ。今月一杯で奥さんは今の業務委託の仕事を辞めるらしいんだよ。でも、よくそこまで知っているよねえ。」

 

「うんそれがね。その奥さんの後にね、私に業務委託したいらしいのよ。もちろん、今の奥さんのように何でもできる訳じゃないからさあ、ちょっとずつ業務を覚えて行けばいいんだって。それでね、報酬もすこしずつ上げていくんだって。それにね・・・・。」と、何かを言いかけてその言葉を飲み込む真美。

 

「へ〜そうなんだ。急な話なんだね。就職の話って北村司法書士さんのとこなんだ。ふ〜ん。あなただったら勉強しながら十分できると思うよ。頭よかったしね。弁論大会でも堂々と話してたから、接客なんかでも落ち着いてできると思うよ。ああ、それで、それにねって言いかけたけど、その後は何かあるの。」

 

「ううん。なんでもないわ。あら、もうこんな時間。私明日早いから帰るね。月曜日は頑張ってね。」

 

 山谷真美は、多田税理士を居酒屋に置いて、帰ってしまった。多田税理士は、真美の言いかけた言葉が気にかかっていた。『それにってなんだろうなあ・・』

 

 月曜日、午前10時。北村司法書士事務所では、北村司法書士と多田税理士が、北沢上席調査官と対峙して座っていた。税務調査の再開だ。

 

「多田先生。どうですか、業務委託と人材派遣との区別ができたでしょうか。本日は、業務委託費の平均データを持ってきてますから、高すぎる業務委託費を計算できますのでね、修正申告書を提出する準備が完成しましたよね。アハッハ。」と、上機嫌の北沢上席調査官だ。

 

「はい、ちゃんと区別できるようになりました。」と、落ち着いた態度の多田税理士。

 

「ん。と言いますと。何がどう違うというんでしょうかねえ。人材派遣の料金より断然高いですよ、こちらの業務委託費は。」と、緊張した表情に変わった北沢上席調査官。

 

「まず、ですね。契約形態がまるで違うではないですか。人材派遣契約は、その文字通り、人材派遣を要請する契約ですから、経理事務ですとか、工場の作業ですとか、パソコンの入力業務ですとか、派遣先の支持に従って業務をする契約ですね。でも、北村さんの奥さんの会社へは、人材派遣を依頼しているのではなくて、書類作成や情報処理などの作業の請負契約を結んでいるのであって、業務委託費を人材派遣契約の料金体系と比較すること自体まったく合理性がないと言わざるを得ません。また、奥さんの会社は、自分でパソコンも購入していますし、経理業務も請け負っていらっしゃるし、業務請負の実態ははっきりありますよ。」

 

「しっ、しかし。我々は今まで、このようなケースでは、人材派遣会社の料金と比較してですね、修正をとってきたんですよ。」と、北沢上席調査官。

 

「業務の請負ですから、単なる人材の派遣で簡単な作業の依頼をしている訳ではないのですよ。パソコンの操作や各種ソフトの選定から運営から業務の完成までを請け負っている訳ですから、人材派遣料金より高くて当たり前ではないですか。それに、この新聞記事を見てください。広島高裁で、司法書士の妻の会社に支払う委託費を、税務署が他の人材派遣会社の経費と比べた点を問題視してですね。妻の会社は、人材派遣契約ではなく、書類作成や情報処理など作業の請負契約であり、委託費を人材派遣会社の料金と比較する合理性がないって判決になっているでしょう。ほら、税務署の更正処分の取り消しを命じたと書いてあるでしょう。そりゃあ、今回更正処分できないことはないんでしょうけれどねえ。高裁で税務署の処分の違法性を認めた訳ですからねえ。裁判になっても御宅達負けるに決まっているじゃないですか。」と、多田税理士はいつになく雄弁だ。

 

「う〜ん。」と、多田から手渡された新聞記事に目を落としたまま考え込む北沢上席調査官。

 

「いいですよ。更正でも。当方は、修正申告には応じませんし、この判例がありますからね。トコトン争いますよ。」と、強気を見せる多田税理士。

 

「わ分かりました。このような判決があるのでしたら、我々も納得します。この判決での詳しい業務請負の内容を検討したいのですけてども、まあ、今回は指導ということで終了します。」と、北沢上席調査官。

 

「しっ指導とはなんですか。何を指導したんですか。」

 

「あっいえ。もう少々業務委託費を少なくされた方がよいのではないかと思いまして。」と、言い残し北沢上席調査官は帰ったのだった。

 

「いや〜。多田先生。ご立派な主張をして頂いて感謝感激です。いや〜。助かった。助かった。ありがとうございます。」と、満面の笑顔で握手を求める北村司法書士。

 

山谷真美が、北村司法書士の元で働くかも知れないと思うと複雑な心境になる多田税理士であったが求められた握手である。北村司法書士とがっちり握手をし、税務調査が無事終了したことを実感する多田税理士。

 

 税務調査終了の日の夕方、多田税理士の携帯電話に山谷真美からメールが届いた。

 

「多田君。税務調査無事終了おめでとう。また、ありがとう。多田君と再会できて嬉しかったし、いろいろ相談にのってくれてありがとう。実はね、独身になった私だし、多田君のお嫁さんってどうかなって考えてたけどね。やっぱり、税理士さんの仕事って、なんか税務署と争うこともある訳だし、特に、税務調査なんかドキドキもので、私奥さんでも耐えられそうにないって分かったの。それでね、司法書士の仕事は安心だし、北村先輩から頼まれた先輩の事務所での仕事を引き受けることにしたの。それでね、北村先輩との再婚も決めたの。もう主婦になるので連絡はしないわ。色々ありがとう。さようなら。真美」


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