タックスエンターテイメント小説 〜

「税務調査最前線」

10話『司法書士のタダ働き』

 (売上にすべき?) 10

 

(中学の同級生で、大学生の頃付き合っていた元の彼女の知り合いの司法書士の税務調査に立ち会う。妻の会社へ支払った業務委託費が問題となる。)

 

「多田先生。どう考えてみてもですね、妻の会社への業務委託費は、妥当な金額だと思うんですよ。パソコンだってパソコンのソフトだって妻の会社が購入していますし、パートさんですけど人も雇って私の司法書士業務を受託しているんですよ。それに、受付や経理業務まで引き受けてもらっているんですからねえ。業務内容とその報酬金額は、絶対に妥当だと思うんですよ。人材派遣の事務員の方の給料と比較するのはおかしい気がしてならないんですよ。」と、納得がいかない北村司法書士は一気に不満を多田税理士にぶつけた。

 

「はいはい。お気持ちは私も重々分かるつもりです。業務委託と人材派遣とでは仕事の負担や責任が違うと思います。でも、今の段階では、論理的にこうだぞって反論できる材料を持ち合わせていないのも現実なんですね。ですから、これから次回の税務調査までの間に私としても検討したいと考えているんですね。なんとか反論材料を見つけてきますので、今日のところは気を静めてくれませんか。すみません即答できなくて。」と、北村司法書士をなだめる多田税理士。

 

「わっわかりましたよ。多田先生。すみません。ちょっと自分を否定されたようで興奮してしまいました。」と、多田税理士に頭を下げ、そして、自分の妻を睨みつける北村司法書士。

 

「お前が社長の会社じゃないか。今までさんざん業務をしてきたんだから、委託業務の内容の難易度とか煩雑さとかをもっと積極的に税務署員に話しておけば、人材派遣の事務員と比較されるなんてことはなかったんだよ。まったく。」と、妻にあたる北村司法書士。

 

「なんで私があなたの税務調査の手助けをしなきゃならないのよ。もうあなたの仕事を手伝うのも辞めちゃう訳だし、あなたの妻も辞めちゃう訳だしね。私は、人を癒す仕事がしたいのよ。もう頭の中はリフレクソロジーで一杯なのよ。あなたに付き合ってる暇はないのよ。」と、元帳を片付ける北村司法書士の妻。

 

 離婚直前の夫婦の会話を聞く多田税理士は、視線をどこに持って行けばよいのか迷いに迷い、キョロキョロと意味もなく回りを見渡すのであった。

 

「もういいよ。多田先生がいらっしゃるんだから、色々言わなくていいじゃないか。」と、北村司法書士はしかめっ面を自分の妻に向けるのであった。

 

 多田税理士は、そうそうに北村司法書士事務所を退散したのだったが、その胸中は穏やかではなかった。『う〜ん。業務委託費と人材派遣料との比較かあ。やっぱこのへんになると沖山先生に頼るしかないなあ。』

 

 事務所に戻った多田税理士は、さっそく沖山税理士の携帯に電話をかけたのだった。

 

「もしもし、坂市の税理士の多田です。いつもお世話になっております。」

 

「うん。多田さんね。今度はなんね。」と、無駄な気候の挨拶もない、いつもの渋い沖山税理士の声が多田税理士の携帯電話に響いたのだった。

 

「実はですね。例の司法書士の所得税の税務調査の件でして。今度は、妻の会社に支払っている業務委託費が人材派遣の料金より高いから否認すると言ってきているんですね。文章作成のパソコンもソフトも妻の会社で負担しているんですね。業務委託契約書も作成してありますし、受付業務や経理業務も代行されている状況なんです。委託業務報酬は、業務の量によって上下するようにされていまして、その点合理的な報酬の取り決めだと思います。それで、何か明確に、業務委託と人材派遣の違いを明確に反論できないものかと思いまして電話したんです。何とからならいものでしょうか先生。」と、状況の説明をする多田税理士。

 

「何ね。そんなことね。そりゃあ請負契約と人材派遣契約では比較対象が合理的じゃないやないね。それに、2004年だったか広島で司法書士の妻が経営する別会社への委託費の一部を必要経費と認めなかったのは不当だとして、広島西税務署による更正処分と加算税賦課決定の取り消しなどを求めた訴訟の控訴審判決があったんよ。」と、スラスラと話す沖山税理士。

 

「へえ〜。広島でも似たようなケースがあるんですねえ。今回の調査とまったく同じではなくても、業務委託費の否認を裁判でひっくり返したんですねえ。でも、訴訟したということは、まずもって税務署は更正処分をしたってことですよねえ。そうすると、今回も税務署は更正処分をしてくる可能性はあるということですよねえ。う〜ん、困ったなあ。」と、唸る多田税理士。

 

「まあ、そう急ぎなさんな。広島高裁はね、訴えを棄却した一審判決を変更し、更正処分と加算税の賦課決定処分の取り消しを命じたんよ。つまり、高裁の裁判長は、妻の会社に払う委託費を、税務署が他の人材派遣会社の経費と比べた点を問題視したんよ。ね、分かるその違い。」

 

「いいえ。ぱっとは分かりません。」

 

「あはは、そうね。それでね、高裁はね、妻の会社は人材派遣契約ではなく、書類作成や情報処理など作業の請負を結んでおり、『委託費の比較対象として合理性がない』として税務署の処分の違法性を認めたんよ。つまりね、請負契約は業務が完了しないと料金を請求することはできないよねえ。それに、業務に不備があれば、委託先の会社には損害賠償の義務も出てくるよねえ。でも、人材派遣契約は、事務員なり作業員なりを派遣することで代金を請求できるよねえ。その事務員や作業員が覚えが悪かろうが、派遣してもらった時間や日数に応じて派遣料を支払う義務が発生するし、その派遣社員の業務に不備があったとしても直ちに人材派遣会社の責任になる訳でもないやろう。仕事の教え方が悪い場合もあるやろうからね。」と、ゆっくり多田税理士が理解しやすいように話す沖山税理士。

 

「なるほど。責任の度合いが全然違う訳ですね。責任重大な分報酬も高くても当然な訳ですね。分かりました。この広島高裁の更正処分取り消しの判決の件を税務調査で主張してみることにします。でもですね、先生。この広島高裁の判決ですが、そもそも税務署は、司法書士の妻の会社への業務委託料をですね、人材派遣会社の料金を超える部分をですね、必要経費と認めない処分をしているから裁判になった訳ですよね。また、裁判になったということは、国税不服審判所でも税務署の処分が違法だとはならなかったんですよね。そうしますと、今回の調査でも、否認してくる可能性は十分にある訳ですよねえ。そうしましと、今回の調査でも高裁まで行かないと処分の違法性をひっくり返すことができないかも知れないんですよねえ。う〜ん。裁判ですか・・・。自信ないなあ・・・。」

 

「アハハ、随分と心配性やねえ。多田さんは。ハハ。」

 

「すっすみません。この心配性なのは父親譲りでありまして。でも、この心配性だからこそ税理士業務をやってこられたと思ってます。長所が短所で、短所が長所だと思っております。アハハ。」

 

「アハハ。多田さんの言うことも一理ありやね。我々税理士の後には誰もいないからね。慎重の上にも慎重に仕事せにゃならんねえ。」と、愉快そうに笑う沖山税理士。

 

「それで、お願いなのですが、その広島高裁の判決の資料かなんかあればFAXしていただけないでしょうか。こう相手に見せられる資料があると心強いものですから。」

 

「うん、分かったよ。確か新聞記事のコピーを保存していたと思うから、見つけたらFAXするね。それでね、その新聞記事をその調査官に見せるといいね。確かに、司法書士の業務委託費を否認した税務署の処分を違法だと認めたその新聞記事を見せてもね、更正処分をしてくるかも知れないよ。でもね、先々高裁で処分を取り消されることが分かっててね、わざわざ負ける処分をしてくるかね。それに、異議申し立てをした場合にはね、また、同じ坂税務署の調査官が再調査に来てね、またその新聞記事を見てね、将来負けることが確実であろう処分をそのまま認めるだろうかねえ。私は、そんな無理な処分はしないと思うけどね。だって、強引すぎるからねえ。」


9章へ戻る
11章へ